第3話 強奪



「う、奪う......?」


冗談と取ればいいのか、よく分からずに浜辺は引きつった複雑な笑みを浮かべる。


「面白い冗談だな。とりあえず帰ろうか......もうすぐ日が暮れる。ここは危険だ」


「何言ってるんだ?だからここにいるんだろーが」


......マジで奪う気か。このダンジョンを。金髪の大峰は先程の態度とは打って変わって、挑発的な笑みを浮かべている。


俺は逃げられないかと視線だけを動かし辺りを確認する。


「余計なことしたら殺すから」


「!」


察知されたのか、大峰の横にいる女性が言う。その言葉にはそれが本気だとわかるほどの殺気が乗せられていた。おそらくこの女ともう一人の男もダンジョンシーカーであり、能力者。ギフターなのだろう。


「最近......ニュースで失踪、行方不明事件が多いと思ったけど、もしかして、お前らなのか?」


「え?ああ、まあな。いやあ、ダンジョンって死体みつけにくいだろ?しかもこの魔物が蔓延る5層であればやつらが遺体を食ってくれるから尚更死体処理も楽だし。殺しにはうってつけの場所だよな、ここ」


大峰はニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべ上機嫌に話す。


「そして更に更に!魔物を倒せるのはごく一部の鍛えられたシーカーだけだからな......ダンジョンには警察も容易に入っては来られない。絶対に殺しがバレねえ!」


ダンジョンでの遭難は山の比ではなく、その7倍は見つかりにくいと言われている。魔物こそ出ないが、この迷宮のような1〜4層に入るのにも熟練のシーカーがいなければ遭難のリスクが高く、警察の捜査の手も及びにくい。


(......つーか、こんなヤバい話をぺらぺら話たってことは)


「さてさて。手早く楽にいこーか......撮影もして帰りたいしな」


大峰はそう言うと腰に差してあった獲物を抜き取った。それはまるでナタのような巨大なナイフ。


(やっぱり、生きて帰らせねえって事だよな)


「......いままで殺してきた人たち」


「あ?」


「おまえ、罪悪感とかねえのかよ......」


大峰が俺の言葉に反応した。握るナイフの柄を震わせ、呼吸が荒くなる。


「......罪悪感。確かに、目の前で死んだ人の中には家族がいるから助けてとか、子供がいるとか......そんな奴らもいた。居たさ......けれど仕方なかったんだ」


こいつ......。


「ぷっ、ぶふ」


歪む口元、引き上がる口角。


「ぎゃははははっ!!」


腹を抱え大笑いする大峰。


「だって楽しいんだかさあ!救いを求めて泣きじゃくる奴らの面ときたらそこらの芸人よか遥かに笑えんだぜ?仕方ねえよな!?あんな面白いショー味わっちまったらもうやめらんねえよなあ!!」


「......」「......」


浜辺は恐怖心からか、それとも大人気YouTuberの実態が殺人鬼だったからか、いやその両方だろう。一言も喋れずにただ呆然と立ち尽くしていた。大峰は意気揚々と話を続ける。


「中にはさ、あまりの恐怖に自ら命を絶とうとしたやつもいたんだぜ?そんで、そんなかで一番のお気に入りはこれ!」


奴は携帯を操作し、こちらに向けある動画を再生した。そこには一人の女性が映されていて、その衣服は血と泥にまみれていた。


『ごめん、ごめんなさい、ゆるしてください......さよなら、アキラくん......こわい、こわいこわい、嫌だ死にたくない、死にたくな、ぐえっ』


横から現れた狼型の魔獣に噛みつかれる女性。首を噛まれ悲鳴も出せず倒れ込む。そして直ぐに他の魔獣が次々と女性にむらがり喰いあさりだした。


「ぎゃははは!!土壇場で怖くなって結局魔物に喰われるとか!!マジで草だよなあコイツ!!」


引きずり出される赤黒い臓物と、微かに映り動いている腕や脚。抵抗虚しくバラバラに解体される様は、今の俺と彼女の未来を映し出されている様で浜辺の脚ががくがくと震えだす。


「ははっ、怖いのか?でも安心しろよ。どっちかは殺さないでやる」


「......どっちかは、殺さない?」


「ああ。お前とそいつのどっちか一人だけ生かして連れ帰ってやる。......まあ、勿論条件つきだがな?」


「条件......?」


大峰は一つ頷くと、持っていたナイフを浜辺へ向けた。


「それは、お前だ」


ビクッとからだがはねる浜辺。大峰は彼女へとこう聞いた。


「おまえ、【魔女の魂】もってんだろ?」


「......は?浜辺が【魔女の魂】を......?」


【魔女の魂】それは圧縮された魔力の塊であり、これを使えば無限の魔力を引き出せる。しかし、デメリットもあり、その莫大なエネルギーはコントロールするのが難しく一度暴走すればその果てない魔力が身を侵食し持ち主の肉体を自壊させる。


別名、【魔女の呪い】とも呼ばれ、持ち主が絶命した際に側にいる人間へと魂が移り渡ると言われている。


そして極稀にこの力を授かった赤子が生まれてくる。この力を持つものは世界で7人しか存在しないらしい。



(浜辺は、【魔女の魂】持ちだったのか.......!!)


「お前らは知ってるかわからねえけど、【魔女の魂】は死者から生者へ移る。殺し合え。二人はめんどーだから、どっちか生き残ったやつを連れ帰ってやるよ」


生かしてやる.......おそらくこの場はって話だろ。【魔女の魂】持ちは確認されているだけで世界で4つ。噂では軍事利用されたり、原子炉エネルギーの代わりに使われたりといずれにしろ魂持ちの末路はろくなもんじゃない。


こいつらの言うことを聞いたとしても、おれと彼女がまともな生活はもう送ることはできない。国に引き渡されクリーンエネルギー化か、最悪外で誰かに魂を移される......つまり死だ。


(おそらく、殺し合えというのも、勝ち残った方も無事では済まず、抵抗する気力が無くなり扱いやすくなるから......か)


横目で浜辺をみれば同様の事を想像したのか青ざめている。


俺は小声で伝えた。


(あいつらのいう通りにすればどの道殺される。人を殺していると自ら告白したのがいい証拠だ......隙を見て逃げるぞ)


要は死ぬのが早いか遅いか、それだけだ。ダンジョンから連れ帰られ用が住めば殺される可能性は高い。


頷く浜辺は小刻みに体を震わせている。彼女も小声でこう返した。


(......私、まだ死ねない。死ねないよ。......信じる、ね、相棒......お願い......私、生きて帰らなきゃ......お母さん)




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