第2話 配信者
――30分前。ダンジョン、4層。
「大丈夫か?あと少しで下りの階段が見えてくる。頑張れ......!」
「はあっ、はあ......は、はいっ!」
ゴツゴツとした岩肌に囲まれ、4時間。まるで果のない闇に光を照らしながら歩いているようなダンジョン内部は時折不気味な音を鳴らす。
「この、悲鳴みたいな音なんなんですか?」
「ん?ああ、これは洞窟に風が流れてきてるんだ。それがこの岩肌の突起なんかで掠れた叫び声みたいな音になる」
「なるほど......私、てっきり幽霊かと思っちゃいましたよ、あはは」
「幽霊か。まあ、いるかもしれないけどな」
「へ?」
「このダンジョンは今まで発見こそされなかったが、戦時中以前からあるらしい。だから、誰かしら迷い込んで出られず、そのまま死んでてもおかしくはないからな」
「......ま、まじですか」
俺は頷く。
「いや嘘。俺が今作った」
「おいっ!」
スパンと瞬時にツッコミを入れる彼女。アイドル系YouTuberだというがお笑いでもやっていけそうなくらいのキレをみせる。というか、ダンジョンを案内して今日で二日目だが彼女のトークスキルは中々のモノで、こんな岩肌ばかりの変化が無いダンジョン内でも楽しくて退屈せずにいられている。
彼女の名前は
髪は茶髪で短く、毛先がくるくるとおしゃれな感じになっている。アイドル系YouTuberを名乗るだけあって、整った容姿はそれだけでも食っていけるんじゃないかというほど美しいし、何より愛嬌があった。
「ぷっ、ふふ」
突然彼女が笑い出す。
「?、どうした?」
「いえ、何だかお母さんみたいだなって。ふふっ」
唐突に何を言い出したんだこいつは、と俺は目で訴えた。
「あはは、ごめんなさい。不知火さん優しくて面倒見が良いし、何処となく似ているなあって。今の冗談とかもお母さんみたいで。ふふ」
「娘を怖がらせて楽しむのか......」
「はい!」
「すげえな」
楽しそうに話す彼女の様子に、それが決して嫌な記憶ではないことがわかる。仲の良い親子なんだな。
「あのさ」
「はい?」
「なんでよりによってダンジョン配信なんだ?」
「え?」
「ダンジョンがどれだけ危険な場所かは知ってるだろ?一層から4層は迷路の様な洞窟......さっきの話じゃないが、もし迷えば出られずに野垂れ死ぬことも十分に考えられる」
ちなみにここは俺の所有している山にあるダンジョンで、公には知られていない。だから勝手に入ることは出来ないので遭難して亡くなってる人はいないはずだが。
もし俺とはぐれるようなことがあれば結構ヤバい。
「そしてここを抜けた先、5層以降の下の階は魔獣の生息域。5層出口付近の奴らはまだそこまで攻撃的では無いが、人を殺すくらい訳ないだろう」
ごくり、と彼女の喉が鳴る。
「金を稼ぐだけならもっと安全に、堅実に動画配信でもしたほうが良いんじゃないのか?ゲーム配信とか歌ってみただとか」
何だか責め立てるような物言いをしてしまい、言ったそばから俺はバツが悪くなった。仮にも俺にダンジョン案内を依頼してきてくれたお客様なのに。けど、命を失う可能性のある場所だ。
事前に同意書を書いてもらったし、こんな俺でも安全を保証できる所までだから案内してきたが、彼女の事を知れば知るほどに心配になり気遣ってしまう。こういう部分が世話を焼いているように見えるのだろうか。
「......確かに、そうですね」
ぽつり、彼女から笑みが消えた。思い詰めたような表情。
「.......訳ありか」
「ええ......まあ、はい」
「だが、命あっての人生だぞ」
彼女はこくりと頷く。
「その通りです。命あっての人生......けど、私がもたもたしていたらその命が失われてしまいかねなくて」
「?」
「私のお母さん病気で入院してるんです。それが難病とされている病で、お金がたくさん必要なんです」
「......リスキーだが稼げるダンジョン配信は入院しているお母さんの医療費だったって訳か」
「はい......私がふつーにやっても届きそうにもなくて、だから。危険なのは知ってます。事前に何度もダンジョン配信を見たりしてますから......でも、やらなきゃ」
なるほど。ただのくだらない承認欲求の為ではないってわけだな。誰かの為に、か。......うちの爺ちゃんが好きそうなタイプだ。まあ、死んじまったけど。
「理由はわかった。立ち入ったことを聞いて悪かったな......話したくなかっただろ」
「いえ。こんな話できる相手もいないんで。寧ろなんだか気が楽になったくらいですよ。聞いてくれてありがとうございます!」
「......そうか」
俺は指をさす。前方の大きな扉。
「ついたぞ」
「え?」
扉を押し開けながら言う。
「君のお目当ての場所だ」
重々しい音と共に開かられた扉。その向こうには青空、そして眼下には森林が広がっていた。
「お、5層も今日は快晴か。ラッキーだな」
「......すごい」
彼女は一言、そう言うと景色を眺める事に集中していた。肝心の配信もせず、5層の自然に魅了されている。
(いい顔してるな。この横顔を見れただけでも、報酬としては十分か......なんてな)
彼女は何処か思いを馳せているようで、目がすっと細まる。雲か或いは遠くに見えている大きな湖か。
「理由、医療費だけじゃないんです」
ぽつりと彼女は呟くように俺に語りだした。
「......そうなのか」
「はい......私、初めてYouTubeでダンジョンを記録した動画を見たとき思ったんです。こんな美しい世界を冒険してみたいって」
「......」
確かにダンジョンは国所有のものに入ろうとすれば、審査も厳しく費用も数千万円と飛んでいく。更には5層まで行くとなれば安全面を考慮した特別訓練も数年行われ、かなりの期間縛られてしまうからな......。
金を稼がなければならない、が、ダンジョンも好き。だからダンジョン配信か。
「はっ、撮らないと!」
やっと我に返り配信準備を始める彼女。背負っていた登山用リュックから小さな丸い玉を取り出した。あれは自動飛行型AIカメラ。予め設定した通りに映すべきものそうでないものを自動で撮影、保存してくれる。
「これ、かなり値が張ったんじゃないか?」
「はい!でもダンジョン配信に必須なので......あはは」
彼女がカメラのスイッチを入れると、カメラはふわりと浮いた。
5層へ通じる扉の前で撮影し始めて約十数分が経過した。
「あの」
「ん?」
「この森の先には行けないんですよね」
「ああ。無理だ......俺だけなら探索も出来るが、君を連れて行くことは出来ない。森あたりから本格的に魔物の生息域になってくるからな。命の保証が出来ない」
「そうですか。残念......でも、今ここで撮っている映像だけでも500万再生はいきそうですね」
「え......そんなに?」
「はい。だって初出のダンジョンなんて最低でも数百万はいってるし。これだけ綺麗な景色なら間違いなく......!」
「そ、そうなのか.......YouTube配信とかまったく知識がないからな」
俺がYouTubeでダンジョン配信なんてものがある事を知ったのは最近。そしてどこで知ったのか家まで訪ねてきたのがこの配信者で、彼女に聞いてはじめてそういうものがあるのだと知った。
「でもこんなに立派なダンジョンを所有してるなら不知火さんも配信者になれば良いのに」
「......YouTubeはよくわからんからな」
いわゆるブラック企業を辞め、この浜辺という配信者が訪ねてくるまではこの山のある田舎の祖父の家に引きこもっていた。ダンジョンに入り浸る毎日。俺もそれくらいこの場所が好きだ。だから、それが仕事になるなら願ってもない事だが......俺にはそんな知識も調べてやる気概もない。
「ま、やれたら楽しいんだろうけど、俺に配信者は難しいかな。何度もいうがYouTubeはよくわからない」
「......だったら、私と組みませんか?」
「君と?」
「そう。私は配信が出来るし、不知火さんはダンジョンの案内ができる。お互いに協力してこの世界を冒険し配信していく......それならできそうですよね?」
二人で、か。
「......まあ、考えとくよ」
「ホントですか!?やったー!!」
いや、大喜びしてるとこ悪いんだが考えるって言っただけなんだが。
......ここダンジョン5層からは魔物がいる。浜辺さんのギフトはおそらく【身体強化】。戦闘向きのギフトだが、この感じ戦闘訓練を一切していない事がうかがえる。おそらく、険しい自然の道中を進む為にしか活用してきてないんだろう.....動きを見ればわかる。
(......ここから先、5層全域を配信していくとなると、魔物との遭遇は避けられない)
そうなれば命を失う危険が常につきまとう。俺とは違い彼女には大切な家族がいる。だから、この誘いは断るべきだ。......けれど、今の俺は彼女に協力してやりたいとも思ってしまっている。
同じ価値観であり、俺とは違う家族思いの彼女に。
「なあ......今の」
俺が声をかけると彼女はこてんと首を傾げ「ん?」という顔をした。彼女は反応のひとつひとつが可愛らしい。
「あ、いやチームを組むという話なんだが。もし、その提案が本気なら......戦闘訓練をしてきてくれないか?」
「え?」
キョトンとする浜辺。
「その俺と組むという話......本気なら、魔獣と戦えるように......最低でも自分の身を守り逃げられるくらいには強くなってきてほしいんだ。俺には家族はいない。けれど君にはお母さんがいるだろ。だから、もし万一があっても一人でも逃げのびれるように」
「......そっか。なるほど」
「訓練の費用は俺が出す。......どうだ?」
複雑そうな表情を浮かべ、彼女は腕組をした。そして、暗い声で答えた。
「うーん、そーですねえ。......ちょっとそれは難しいかな」
難しい。そりゃそうか。戦闘訓練にはかなりの時間を要する。なら、その間に他の方法で治療費を稼いだほうがいい。
「......そうか。わかった」
俺と組むよりも、こうしてダンジョン所有者に案内してもらい配信を行う......初出のダンジョンでなくてもまだまだ人気のダンジョン配信だ。それなりに稼げるからな。
内心の落胆を見せないよう、俺は笑って見せた。しかし、彼女は人差し指をチッチッチ!と振りニヤリと笑った。
「提案は嬉しいし、オッケーです。でも、自分の身だけじゃなくて、不知火さんも守れるくらいに強くならないと、ね?」
「!」
「私達、これからはチームですからね。片方が欠けたら成り立たないです」
(そうか。俺の身を案じての......)
俺は首を振り笑い返した。
「いや。俺は大丈夫だよ」
「そうなんですか?」
「逃げる技術は一級品だからな」
聞いた彼女は思わず吹き出した。
「あっははは!それそんなドヤ顔で誇ること!?面白いなあ!」
いや、逃げるのは大切だぞ。命あっての冒険だからな。.......まあ、逃げてばかりの人生だったから無職なんだが。体もダンジョンシーカーとしては目も当てられないほど貧相だし、戦闘力は皆無。もっと若ければ鍛える事もできそうなモンだが、もう無理だろ。
訓練中に怪我して引退するのが目に見えてる。
でも逃げることに関しては自信がある。なんども5層から下へ行き来して、死線も多く潜った。勘も働くし、死の気配には敏感だ。
だから、あとは彼女の問題だ。
「そういえば、不知火さんの《ギフト》は?私はダンジョン入る前にお教えした【
「俺の《ギフト》か......あまり言いたくはないんだが」
「えー、勿体ぶらないで教えてくださいよ!そんなに弱い能力なんですか?ランクDのギフトとか?」
《ギフト》とは。ダンジョンに入り魔力を受けることにより発言する固有能力だ。希少で有用なものほど力が強く高ランクに位置し、多く存在し実用的ではないものほど低ランクになる。
そして俺の《ギフト》は――
「俺のギフトは、【
「!?、なにそれすごそうですね!?」
「......一応、ランクはSと判定されてる」
「マジですか......時間操作能力って、チート級に強くないですか?」
「まあ、強いよ。でもそれは豊富な魔力があればの話だ。俺には、この《ギフト》は燃費が悪すぎて使い物にならない」
浜辺が両手を合わせ、「あー」と頷いた。
「......なるほど。Sランクのギフトは魔力消費量が半端ないって聞きますしね。有名なダンジョンシーカーのタルルさんも魔石を大量に持ち歩かないとダメだって言ってる」
そう。その魔力の塊である魔石もとんでもなく高額で、小さな魔石ひとつでも一軒家が立つくらいの金額で売買されている。当然、無職の俺にそんな金はない。
このダンジョンを売れば解決する問題ではあるが、手放したくない理由もあるし、とにかく俺は無力の高ランクギフターだと言うことだ。
ちなみにどれくらい無力かというと、この能力で出来ることは触れた物の時間を3秒だけ停止させたり、時計を見ずとも正確な時刻を知るくらいだ。時間停止は一度使うと全魔力の半分は消費される。
(浜辺の【身体強化】なら訓練で魔力操作を鍛え量を増やせばまだ伸びしろがあり強くもなれる。俺なんかのただ高レアリティで燃費と使い勝手の悪い《ギフト》と違ってな......)
「まあ、そんなわけだ。すまんな。浜辺が危険な時はすぐ逃げるから」
「ひどいっ」
ガーン!と口で言いながらうなだれる浜辺。しかしすぐにこちらへ向き直し、彼女は手を差し出した。
「でも、じゃあこれからは、私はあなたの相棒ですね!」
「相棒......」
ずっと一人だった俺にその言葉は色んな意味で重い。しかしそれに反し嬉しい気持ちがあった事が不思議に思う。
「まあ、君が強くなれればの話だけどな」
「なりますよ!ぜ〜ったい!!」
「よろしくね、相棒!」
「......まあ、よろしく」
俺は彼女の手を取り、この日二人はチームを組むこととなった。大切なモノを手に入れた気がした。そんな彼女を絶対に.......何にかえても守らねばと、心のなかで密かに誓いを立てた。
「とりあえず今日はここまでだな帰ろう」
「もうですか?」
「ああ。5層は日が暮れるのが早い。夜になれば魔物の活動も活発化するからかなり危険だ」
「成る程。ではまた明日ですね」
「だな。行こう」
帰ろうと、扉の方へ向かうと俺は目を疑った。なぜなら、そこには人が3人立っていたからだ。ここは俺が祖父から譲り受けた山でこのダンジョンはその敷地内にある。つまり――
「誰だ?」
俺は3人に声をかけた。するとうち一人の金髪の男が頭をかきながら言葉を返してきた。
「ゴメンナサイ。ちょっと迷い込んじゃって......まさかダンジョンがあるだなんて、と思って少し入ってみたら、ここまで迷い込んで来ちゃいました。......すみませんが、出口まで案内してもらえますか?」
「ん?あれ?もしかして、配信者の
「大峰さん?有名なのか?」
「はい!この方、大峰チャンネルの配信者さんで、登録者数はなんと280万人越えの超有名ダンジョン配信系の配信者さんなんですよ!!」
「はは。そんな凄いもんでもないですよ。たまたま運良く新しいダンジョンを発見できてただけで......誰も見たことのない初見のダンジョンは人気がありますし、ラッキーで再生数稼げただけです」
「でも凄いですよね!今までに見つけたダンジョンの数は脅威の12ダンジョン!!」
「12だと!?」
俺は思わず驚く。
「ありがとうございます」
「けど、本当にすごいな。ダンジョンは世界中にあるとはいえ、12なんて数......日本で専門家や政府が発見できたものですら7つがいいとこなのに。それを個人で」
発見された7つのダンジョンは公表されているというだけで、もしかすると国が隠してあるものもあるかもしれないけど。
「なにか探すコツみたいなものとかあったりするのか?ほんとに凄いな......」
大峰は「あはは」と謙遜するような笑みを浮かべ、俺の質問に答える。
「コツ、ですか......一応ありますよ。知らずとはいえ、無断侵入してしまったお詫び......といってはなんですが、お教えしましょうか?」
いいの!?と内心驚愕する俺。同じ気持ちだった隣の浜辺がそれを声にだした。
「えーっ!そんなの教えちゃって大丈夫なんですか!?キギョー秘密とかじゃないんですか!?」
「あはは、大丈夫大丈夫。それでコツなんですが......ずばり、まだ国へ申告、登録されていない個人所有のダンジョンを効率よく奪う、って感じですかね」
背筋が凍るような悪寒がした――。
「――こうして隠しているダンジョンを......今、俺達がしてるように、ね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます