第21話 対レクール家 1

「それでは、入場を開始してください」


闘技場に女性の声が響いた。


俺はヴァルに腕を抱き着かれたまま、闘技場の戦闘エリアへと続く通路を抜けた。


戦闘エリアへと入ると、俺らの反対側に第一試合の対戦相手が居た。


レクール・アリアとレクール・カイ。

名前の通りレクール家の兄妹。


レクール・カイ。身長は俺と同じくらい。前髪は目元まであり、目線を確認することはできない。顔立ちもよく分からない。噂ではイケメンと聞いている。


レクール・アリア。身長はカイの鼻くらいまでの高さで、髪は黒髪のロング。目は真っ赤に輝いていて、立ち姿からはお嬢様と言った感じがする。でも貴族じゃないから、きっと教育がしっかりしているんだろう。


話に聞いたところカイが兄でアリアが妹なのだそうだが、実の兄妹ではないらしい。


再婚によってできた兄妹なので、仲はそれほど良くないのかと思ったのだが、そうでもないみたいだ。


見れば分かる。


「ねえ兄様、私たち勝てるかしら?」


アリアがカイの腕に抱き着きながら話しかけている。


カイは質問に笑顔で頷き返した。


「そうですよね!そうですよね!!私たちなら勝てますよね!」


アリアが目を輝かせながら言った。


とても仲の良いこの兄妹は、学園では度々話題に上がることがある。


学園の有名人と言っても過言ではないと思うが、あまり良くない意味で有名なんだよな。


彼らに付いている2つ名は、「堕落貴族」。


彼らはどちらも貴族では無いが、貴族の様な上品さが所々にあるため、貴族と間違えられることがあるそう。


でも、蓋を開けてみたら暴力事件になりそうなほど、他の人と喧嘩をしたりするそうだから......


でもまあ、この俺の横にいる到底貴族とは思えない、上品さに欠けている『本物貴族』よりはマシなのかもしれない。


「僕も負けてられないな......」


ヴァルがそう呟いたかと思ったら、より強く俺の腕に抱き着いてきた。


「これで互角......」


「おい、何の勝負してるんだよ。これから試合だぞ?それに、観客席に誰もいなくても今日はたくさんの人が俺たちのことを見てるんだから、少しぐらい恥じらったほうが良いぞ。」


「僕は別に見られていてもいいよ。というか、その方が僕にとっては好都合だよ。ハンスはハンスだって皆に見せつけられるからね。」


ヴァルは胸を張って言った。


いや、そういう問題じゃないだろ。


というか、闘技場の観客席に誰もいないってことは俺らの居る所はコピーされた方の闘技場ってことなのかな。でも、その方が好都合だ。


何せ俺は今、魔法が使えない。


魔法が使えないところを直接見られたら......想像するだけで逃げ出したくなる。


ハンスの脳裏に、ヴァルエイドの『厄介ファンクラブ』の人間があれこれ言ってくる情景がよぎった。


直接見られていなければ、なんとか誤魔化せるよね......多分。


そんなことを思っていたら、


「それでは第一試合、コルト派対メディエル派。試合開始!」


闘技場に学園長の声が響いた。


その瞬間、ハンスとヴァルは何らかの魔法によって突き放された。


水獄すいごく


カイがそう言うとハンスの周りは水で覆われた。


広さは大体3m×3mくらい。天井もあり、完全に覆われているため逃げ出すのは容易ではないように見えた。


「なんだこれ?痛っ!」


ハンスが手で、ハンスを覆っている水に触れると、その水は手をはじき返した。


動いていないように見える水は物凄い速さで流れているのが分かった。


「これじゃあ出られそうに無いな......」


普段であれば、分解魔法や炎魔法で突破できそうだが、魔法が使えないハンスにはこれをどうしようもできなかった。


「さて、どうしようか......」


ハンスは周りを見渡すが、水の壁には自分の顔が反射しているだけで、壁の向こう側の状況が何も分からない。


本当に少し何かの音が聞こえるが、それが何の音なのかはさっぱり分からない。


「突破しようとしたらきっと俺の体が悲惨なことに......ここは大人しくヴァルの助けを待つ他無いな。」


ハンスはそう言うと、その場に座り込み、俯いた。


その時、ハンスの目の前で、スタッと何かが落ちてきた音がした。


ハンスが顔を上げると、そこには漆黒の全身鎧フルプレートで覆われた騎士らしき人がいた。


その騎士は低く響く声で言った。


「お前は......お前は、お前自身をどこまで理解している?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


やばい、僕がハンスの腕に掴まっていたせいで相手の魔法に対応できなかった。


僕のせいだ......


ヴァルエイドはハンスが居るであろう水の箱に近づき、手を伸ばした。


「ハンス!痛っ!」


なにこれ......この水の壁、水なのに手が入っていかない。


「無駄だよ。それは水獄。どんな魔法も通さないし、どんな物理攻撃も通さない。中から出る方法は一つ。この魔法の使用者を魔法が使えないようにすること。他にも本当は色々あるけど、君にできそうなのはそれくらいしかないかな。」


カイが言った。


炎刃ファイエイル!」


ヴァルエイドはカイの言葉を無視して魔法を放った。


「だから無駄だって言っているのに......」


カイがあきれながら言った。


ヴァルエイドが放った炎刃は水の箱に当たったが、跳ね返され、その後消えた。


「いい気味ですね兄様。私たちに愛の力比べを挑んだのが悪いんですよ。」


アリアはそう言うと、手を地面に当て魔法を使った。


沈下シンク


ヴァルエイドの足元は魔法によって泥となり、足を絡め、少しずつ体が沈み始めた。


ヴァルエイドは足を必死に動かしたが、動かせば動かすほど体は地面に沈んで行く。


「クソッ......炎刃ファイエイル炎刃ファイエイル!」


ヴァルエイドは躍起になって炎刃ファイエイルをカイとアリアに撃ち込んだが、彼らの前で炎刃ファイエイルは消えてしまった。


「あっははは!笑わせないでもらってもいいかしら?やっぱり、『メディエル家の恥』という二つ名は伊達じゃありませんね。同じ魔法、それに一つだけしか使えないなんて......」


アリアは嗤いながら言った。


「その名前で......その名前で僕のことを呼ぶな!」


ヴァルエイドの体は飲まれるように泥へと沈んで行く。


「いやいや、そんな恰好で言われてもねえ?」


アリアは嗤いながらヴァルエイドに言った。


「自分の状況を分かってから言ってもらえるかしら?」


「くそが......」


自分の失態が引き起こした一瞬のミスが人に迷惑をかける。


一番自分が知っているはずなのに、なぜ......


ヴァルエイドは、最後の力を振り絞ったが、体を動かすことはできない。


しかし、ヴァルエイドは希望を捨ててはいなかった。


ヴァルエイドは心の中で願う。


『誰でもいいから......僕に力をください......』


そう願いながらヴァルエイドは泥の中へと沈んで行った。


ヴァルエイドが最後に見たのは、カイの嘲笑う目だった。

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