第19話 最高と最悪

試合開始前日。


「おはよう母さん!」


今日の寝起きは最高!

いつもは起きたとしても、10分くらいベットでうだうだしてから起きるんだけど、今日はなぜか調子が良い。

別に昨日早寝をしたわけじゃないんだけどな。

まあ、良いことに越したことはない。


「今日は元気が良いねハンス。良いことでもあった?」


「別にそういう訳じゃないんだけどさ、なんか調子良いんだよねー。」


俺はグルグルと肩を回しながら言った。


「気を付けて学校行きなよ?調子良い時が一番怪我とかしやすいんだから。」


「了解でございます!それじゃあ行ってきまーす!」


「うん、行ってらしゃーい!気を付けてねー!」


俺は勢い良く玄関のドアを開け、いつも通りに身体強化魔法を......


使えない......


え......?なんで?


別に魔力が無くなっている訳じゃないと思うんだけど。


魔力を込められないのか?いや、よく分からない。


炎刃ファイエイル......は出そうにないな。


もしかしたら、魔力操作に何かの問題があるのかも。


てかとりあえず学園行かなきゃ。


これ、間に合うかな?


いつも10分で学園に着くから、遅めに家を出るんだけど、もしかしたら間に合わないような......


とりあえず走るしかねえ!


ハンスは全力で走ったが、すぐにばててしまった。


休んでは走り、休んでは走りを繰り返しながら普段は見ない花や、家屋を横目に学園に向かう。


授業時間に間に合わないことが確定した時には、道のりの半分は過ぎていた。


「も、もう無理.......」


俺はぜえぜえと息を荒げながら言葉を吐いた。


もう間に合わないし、一旦休もう。


他の人は毎日こんな距離歩いてるのか?恐ろしいな。


ハンスはそんなことを思いながら、近くに生えていた木の下に座り込んだ。


ふう、と一息ついて水を手から出そうとした。


だが、水は出ず、滲み出ていたのは汗だけだった。


そういえば、出ないんだった......


魔力が使えないとこんなにも不便な思いをするのか。


魔力操作が苦手な人とかどうしてるんだろ。


意外と慣れちゃえば平気なのかな。


ハンスはそんなことを考えながら休憩していた。


そろそろ行くか、とハンスが思い立ち上がった時、目の前に見慣れた馬車が来ていた。


「これはこれは、ハンス様。おはようございます。本日は何用でここに居られるのでしょうか?今の時間帯ですと、学園の授業を受けている時間だと思われますが......」


馬車の運転をやめ話しかけて来たのは、ヴァルの専属執事のグイールさんだ。

髪は黒く、短髪で横に流している。若めの執事さんでイケメン。完璧だね。


「えっとー......どうしてここに?」


ハンスは困惑しながら質問した。


「ヴァルエイド様から、探してこいとのご命令を賜りましたので、こちらに。」


「あー、なんかごめんなさい。」


「いえいえ、謝ってくださらなくて結構です。ヴァルエイド様の命は絶対ですから。さあさあ、馬車にお乗りになってください。ここに居るということは、学園に向かっておられる途中ですよね?」


「あ、はい。一応向かってはいたんですけど......」


ハンスは馬車に乗り込んだ後、朝何があったのかをグイールに説明した。


「『魔法が使えない』、ですか......そのような病気は稀にありますが、先天性でありますから、何が原因なのかは私には分かりませんね。」


「そうですか......ちなみにその病気には薬があったり、治療法があったりするんですか?」


「薬は聞いたことが無いですね。難病に指定されているのもそれが原因だと、前に聞いたことがあります。それに治療法も。ですが、ハンス様は元々魔力を持っていて、使うこともできていたのですから、きっと体の不調か何かでしょう。そのうち治りますよ。」


「そうならいいんですけど......」


ハンスは俯いて、魔力が使えなくなった原因を考えると同時に、とりあえず学園に行ける安心を感じた。


馬車は便利だ。さっきまで走っていたのが馬鹿みたいに思えてくる。


走って学園に行くよりも数倍早く学園に着くことができた。


ハンスは荷物を持ち、馬車から降りた。


「それでは行ってらっしゃいませ。」


「今日はありがとうございました。行ってきます。」


ハンスは深々と頭を下げた後、学園の門をくぐった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そして昼食。


「それで?魔法が使えなくなったことに何か思い当たる節は無いの?」


ヴァルが心配しながら聞いてきた。


「それがさあ、本当に何も分からないんだよね......マジでどうしよ。」


「そ、それじゃあ、明日の試合はどうするの?」


ニールも心配しながら俺に聞いてきた。


そういえば、忘れてた。一番大事な行事。『学園クラス対抗戦』。

どうするもこうするも、魔法が使えないんじゃあ試合にすらならないだろうし、棄権するしかないんじゃないの?


「棄権ってできないんだっけ?」


「どうだろ。棄権についての説明とか何もされてないし、もしかしたらできるんじゃない?」


「さ、さすがにできないなんてことは無いと思うけど......」


俺もそう思いたい。


その後、俺たちは昼食を早めに切り上げ、メディエル派生徒役員の元へと向かった。


ーーーーーーーーーーーーー


「できないですね。」


生徒役員の女子は淡々と言った。


「はあ!?できないなんてことないだろ!」


「いや、できないですね。」


女子生徒は、俺の叫びを物ともせず淡々と続けた。


「規則には書いてありませんが、棄権の手続きなど、今のところ学園長からの指示が何一つ無いので、できないです。あと、できたとしても私たちの仕事が増えるだけなので嫌です。」


「ねえさあ、それってどうなの?生徒が病気で学園を休むことだってあるよね?」


しびれを切らせたヴァルが言った。


「休んだらペアの方がお一人で試合に参加することになると思いますよ。」


どうなってんだこの学園は。学園初の大規模大会だとはいえ、流石に何もかも適当過ぎないか?これで大会が運営できると思ってる奴やばいだろ。


「じゃ、じゃあヴァルちゃん一人で出ることになるね。」


「え?それはダメだよ。僕と一緒に出るって約束したでしょ?ね?ハンス。」


ヴァルの顔には否定を許さないという確固たる意志がある。これは拒否できない。


「じゃあもうしょうがないから、魔法が使えなくてもいいなら出るよ......」


「解決ですね。それでは即時この部屋から出て行ってください。あなた方みたいな、その、暑苦しい人たちは、独り身の私にはきつすぎるので。」


女子生徒にそう言われ、俺たちは強制的に部屋から追い出されてしまった。


それと同時にゴーンと授業再開10分前の鐘が鳴った。


「やばい、もうこんな時間じゃん。次の授業なんだっけ?」


「つ、次は確か魔法生物学だった気がする......」


「オッケー了解!それじゃあヴァル、またあとでね!」


俺はそう言ってニールと共に、次の授業の教室へと向かった。


「あいつら、あれ以上僕に見せつけたらただじゃおかないからな。クラスが違うことを良いことにいちゃつきやがって......あの女絶対許さない。」


俺たちが走り去った後、廊下中が『ドン』という壁を殴った音で響いた。

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