第16話 小悪魔と天使
俺の父、イレイヴからの手紙が入った袋には紫色のシーリングワックスで封がされている。
少し雑にシーリングワックスで封をしているように見えることから、イレイヴは不器用だったのだろう。
ハンスは封を丁寧に取り、手紙を取り出した。
そして、ぶつぶつと呟きながら読み始める。
手紙の内容はこうだ。
ハンスへ
元気にしてるか?俺は元気だ。最近、俺はとても大きい魔物に会ったんだが、結構強くてな。危うく腕がもげるかと思ったぞ。
まあ、そんなことはどうでもいいな。
ハンス。ハンスは魔法学園に入学したんだってな。
魔法学園にはお前が知らない様々な設備や、魔法に関しての本がたくさん置いてある。
それらを余すことなく使い、知識と経験を自分の物にしろ。
それらは、お前が生きていく上で必ずお前の助けになってくれる。
これは父さんとしてのアドバイスだ。
次はイレイヴとしてのアドバイス。
俺が誰で、どんな奴で、どこで、何をしているのかも分からないよな。
だが、それはお前にとって重要じゃない。
俺はお前とは赤の他人のようなもので、俺を父さんだと思わなくていい。
ただ、俺の嫁。マーレだけは何があっても守り抜いてほしい。
これは俺からの依頼だ。頼んだ。
ここで手紙を終わりにしようかと思ったんだが、それじゃつまらないと思ったので、ハンスには少しミッションを与えようと思う。
魔法学園でこれから行われる「球技大会」か「体育祭」?みたいなやつで一番を取って来い。
そうしたら、父さんがお前の願いを一つだけ叶えてやろう。
もちろん俺ができる範囲で頼むが、できる範囲のギリギリを攻めた願い事をしてほしいと思う。これは俺からお前への『謝罪』のようなものだからだ。
それでは健闘を祈る。
魔法学園の設備のこととか書いてあるし、父さんも魔法学園に通っていたのかな。
それにしても、字が汚い。頑張って丁寧に書こうとしているのは伝わってくるけど....
まあ俺の父さんって感じだな。血は繋がっていそう。何せ俺も字が汚い。
それにしても、なんでこのタイミングで送ってきたのだろう。
一年に一回手紙を送ってくれても良かったくないか?
父さんが言っていた「球技大会」もとい、正式名称「学園クラス対抗戦」の知らせを聞いたからだろう。
俺が学園に入学できたことを母さんが冒険者協会に、父さん宛で手紙を出していたのでそれが届いたのか。
母さんは『届くか届かないかは分からないけど、出してみる価値はある』と言っていたので、てっきり届かないかと思ってた。
まあ、届いたのであればそれでいい。
でも、『マーレだけは守り抜いてほしい。』だってさ。言われなくてもやるっつうの。そもそもお前がこの家でなければよかっただけじゃん。最初から人に頼む気だったのか?最悪だな。
そうは言っても、家を出て行った『謝罪』とやらで俺にミッションを与えてくれたし、まあいいか。いや、良くない。『謝罪』だったら最初から無条件で俺の願い叶えろよ。
ハンスはその後も色々手紙にツッコミを入れていった。
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んで、『学園クラス対抗戦で一番を取って来い』と......
いくら何でも無茶過ぎないか?
いきなり一番になれと言われてもなー......
いや待てよ......無茶だ無茶だとは言ったものの、一応俺もメディエル派の1クラス...
周りも俺とほぼ同格ってことはワンチャンあるんじゃね!?
なんかいける気がしてきた。
一番になった時の願いは何にしようか。
これと言って今欲しい物なんて無いしな......
そうだ!地下室の本の内容知りたいし、暗号解読魔法を教えてもらうことにしよう。
そうすれば俺の魔法も確実に上達できる!
でもまあ......その前に俺は片付けなきゃいけないことがある。
なんとかなればいいんだけどな......
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「ねえ?ハンス。今日のお弁当、美味しい?はい、あーん」
「凄く美味しいよ。毎日ありがとう。でも....俺、1人で食べれるからあーんしてくれなくてもいいんだけど......」
「だめだよ。僕がハンスに食べさせるの。これは貴族命令。」
そうこの女。『メディエル・ヴァルエイド』である。
「はいはい分かった分かった。あーん。」
俺は口に運ばれたサンドイッチをモグモグと食べた。
すると一人の少女がこちらに向かって来て話始めた。
「あ、あのー......ハンス君が困ってるよ......。ヴァルちゃん、やめてあげなよ...。」
黒髪ショート、瞳はアメジストの宝石が入ったように優しく紫色輝いていて、とても綺麗だ。制服のスカートから覗く足は白磁のように白く、細く、華奢だ。
彼女の名前は『エイディ・ニール』。俺と同じく平民だが、貴族並みの保有魔力量で1クラスにいる、俺のクラスメイトだ。
話している姿は、まるで天使が話しているかのようで、俺はそれに見惚れていた。
だが、ヴァルの声がそれを遮った。
「うるさいなあ。邪魔しないでよね。僕とハンスがご飯食べてる時になんでいつも近寄ってくるの?」
「い、いや...別に....一緒に食べたいなって......ヴァルちゃんだめ?」
うるうるとさせた目を上目遣いでヴァルの方へ向けて言っている。
もちろん俺は歓迎するよ。拒否する理由も無いし。
あと、天使のお願いをを拒否するなんてできないからね。
まあでも、俺に憑いている小悪魔は天使がお嫌いなようで......
「ダメに決まってるでしょ?毎回ダメって言ってるんだから、少しは諦めっていうのを知ったらどうなの?あと、『ヴァルちゃん』って僕のこと呼ばないで!僕のことを『ヴァル』って呼んでいいのはハンスだけだから。」
「そ、それはごめんね。じゃ、じゃあ......ヴァルさんでどう?」
「あのさあ、話聞いてた?『ヴァル』って呼ぶなって言ってんだけど。」
「ご、ごめんね。ごめん......仲良くなりたくて......。でも、こんな私とは仲良くできないよね......貴族でもなんでもないただの平民だもんね......ごめんね.....」
「ああ、もう!調子狂うなあ。分かった。分かった。『ヴァル』って呼んでもいいから、すぐに泣きそうになるのやめてよね。こっちが困るんだから。」
とまあこんな感じで、最近はある意味厄介な人が一人増えた。
ヴァルのクラスは2クラスだから、昼飯の時だけこんな風に喧嘩のようなものをしている。ヴァルのクラスが1クラスじゃなくて本当に良かった。
「そ、それよりもハンス君。次の時間は確か、大講堂で学園長から『学園クラス対抗戦』の説明があるんだよね?どんな風な対抗戦なんだろうね。一緒に頑張ろうね。」
「そうだな。一緒に頑張ろうな......ってヴァル?」
「ちょっと君、僕が2クラスだからって除け者にしようとしてるでしょ。バレバレだからねそれ。あと、たとえクラスが違っていても、僕とハンスは心で通じ合ってるから関係ないの。ね?ハンス。」
ヴァルの顔の表情から彼女の望んだ回答をしないと殺される未来がはっきりと見える。
「そうですね。ヴァルさん......」
俺は不自然な笑顔で返したが、ヴァルはニコニコしながら『ほらね!言ったでしょ!』と自慢げな表情でニールの方を見た。
だが、ニールはヴァルになど目もくれず俺の方を見ていた。
「そ、それじゃあ、もうすぐ集まる時間だから、行こ?」
そう言ってニールは俺の手を引いて、半ば強引に大講堂に連れて行き始めた。
去り際に『マジでふざけんなよアイツ。どうにかしてボコボコにしてやる。』という声が後ろから聞こえてきたが、ヴァルの声ではないと信じてそのままニールと共にその場を離れた。
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