第15話 彼女の十八番

クラスの人が少しだけ俺に優しくなってくれたおかげで、俺の学園生活は少し楽になった。


例えば、この間のように二人一組を作らなくてはいけない時、今まで俺のこと嫌っていたからなのか俺が近づくなオーラを出していたからかは分からないが、絶対に関りを持ちそうになかった人が組んでくれるようになった。


毎日同じ人が俺と組む訳ではなかったというか、むしろクラス内で俺と組む順番を争っていたこともあった。


争っていたのは大体が女子だったが、男子もそれに混じっていることもあった。


きっと彼らの目的は『メディエル・ヴァルエイド』、いや、『メディエル家』にあると思う。


結局は皆、俺と同じく媚を売りたいのだと思う。貴族への媚なんて売ったら売っただけ得しそうだしね。


ただ、たまに聞こえてくる『相手が貴族だろうと私たちには関係ない!』という、謎の言葉で団結していることもあるので、もしかしたらヴァルに惚れている生徒も多くいるのだと思う。


実際のところ、『メディエル・ヴァルエイド』はかなり美人であり、ある種ファンクラブのようなものが学園内にあるというのを風の噂で聞いたことがある。


ただ、そんな彼女に俺は結構悩まされているのが現実。


ヴァルとは帰り道が途中まで同じであるため、一緒に帰ることが多いのだが、彼女の隣を歩いているとやたら視線が集まる。

それに加えて、彼女のファンクラブの人間であると思われる少人数の集団が俺の方を睨みつけてくることもある。

その度に俺は、『ごめんなさい、ごめんなさい。ヴァルを取ったりしないので許してください。』と心で何度も言いながら帰ることになっていた。睨む目が結構怖いんだよね。


じゃあ、『ヴァルと一緒に帰らなきゃいいじゃん。』って思うでしょ?

それはそれで別の問題が発生するから不可能なんだよ。


これは、俺が周りからの視線に耐えかねて、初めてヴァルに一人で帰ることを伝えた時のこと。


その日は俺が断りを入れるまでは何事も無い普通の日常だった。


しかし、「今日は俺、一人で帰ることにするよ」という俺の一言でヴァルの表情は暗くなった。


「ふーん.....なんで?なんで一人で帰るの?」


彼女はただ純粋な疑問の中に、静かな怒りを混ぜて聞いてきた。


「いや、大した理由じゃないんだけど......」


「じゃあ一緒に帰っても問題ないよね?ん?」


彼女は俺の言葉を遮って無理やり話を進めた。

彼女の言葉の表情から断ったら殺す的なオーラが出ていたのだが、俺は精神的に結構来ていたので断ってしまったのだ。

今考えると、結構重大なミスだったと思う。


「本当に大した理由じゃないんだけど、俺......今日は一人で帰りたい気分なんだ。」


俺がそう言うと彼女は俺を廊下の壁に押し付けた。

そして、俺の右手を彼女の左手で、俺がバンザイをするような形で壁に押し付け拘束したと同時に壁ドンをしてきた。

もはやここまで来ると壁ドンは彼女の十八番だと俺は思う。


そして、彼女は俺に顔を近づけて目と目を合わせ始めた。


長い沈黙が学園の廊下に走る。


誰かが歩いてくる音がしても、彼女が俺から目を離すことは無かった。


この時俺は、恥ずかしさのあまり顔が今までにないくらい紅潮していたと思う。


「ちょっと君たち!何してるんだ!」


いきなり先生の声が廊下に響き渡った。。その声を聞いてヴァルは正気に戻ったかのように俺から離れ、先生から逃げるように俺の手を引いて学園から出た。


学園から出た後、息を整えヴァルが話し始める。


「どう?一緒に帰りたくなった?」


ヴァルはさっきまで自分がしていたことが、周りから見てどのくらい異常なことなのかなど全く気にしていない様子だった。


「いや...むしろヴァルから逃げたくなったわ」


俺がそう言うと、さっきまで優しく繋がれていた手にだんだんと力が入ってきた。


人間の手が折れるか折れないかのギリギリのラインまでヴァルは力をいれているようだったが、俺は身体強化魔法である程度、手を硬化させたので無傷で済んだ。

だが、あの力はとても少女の握力とは思えないほどに強かったと思う。


さすがにずっとこのまま手を握られているのも大変なので、俺は一緒に帰ることを渋々承諾した。


すると彼女は握っていた手を放してくれた。


だがこれで終わりではなかった。


ヴァルは手を離した後、二回パンパンと手を叩いた。

すると、いつの間にか俺たちの目の前に馬車が現れていた。


「お嬢様、お帰りなさいませ。こちらの方でよろしいでしょうか?」


いかにも完璧に仕事をこなすエリート執事みたいな見た目の人がそう言った。


「そうだよ。今日は一緒に乗っていくから。家は分かってるよね?」


「把握しております。それではハンス様どうぞご乗車ください。」


俺はヴァルに背中を押されながら、言われるがままに馬車に乗った。


その後は、馬車の中でヴァルと色々話して俺の家まで送ってもらった。


ただ、その間やはり馬車が目立つのか、行く先々で注目の的となっていたのが俺にとっては最悪だった。当然ファンクラブの人間は後を付けてきてたし。


その一件で俺は貴族には逆らってはいけないということを体で学んだ。


帰り際にヴァルが、


「一か月後の学園クラス対抗戦、僕は待ってるからねー!」と俺に叫んで帰って行った。


学園クラス対抗戦。学園長が言うには「君たち新入生は今年、1000人と多く、まだお互いのことをよく理解していないだろう。そこでだ。私は学園クラス対抗戦という企画を用意した。詳細は折り入って説明するから、その時まで楽しみにしていてくれ。」だそうだ。

ヴァルが言っていた、学園クラス対抗戦で待っているというのは何のことだろうか。

一人で戦う種目もあれば、ペアで戦う種目もあるとかそういうことだろう。

だとしたら、ペアとして選んでくれるのを待っているってことでいいのかな。

それくらいなら余裕でできる。


そんなことを考えながら俺は家に入った。


その日の異常がそれだけならまだ良かったんだけど......

その日はもう1件異常があった。


生まれた時から話したことも、顔も見たことが無い父からの手紙が届いていたのだ。

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