第14話 距離感
「ヴァル...ごめん!」
俺はヴァルに思い切り頭を下げた。
「ちょ、ちょっと!いきなり何?目立ってるから止めてよ!」
ヴァルは困惑しながら俺の近くで言った。
周りからは、
『なんで謝ってるんだ?あいつ。』
『謝られてる方は誰だ?』
『あの子、メディエル家の子じゃなかったっけ?』
『確か名前がヴァルエイド?とかじゃなかったか?』
『そうそうそれよ。彼、戦闘中に傷でも負わせたのかしら。』
『あいつ可哀そうだな。』
『そうね。可哀そうね。』
てな感じで、俺の方に同情が集まっていた。
ヴァルは聞こえてくる声に我慢がならなかったのか、
「ちょっとこっちついて来て。」
俺の手を引っ張ってどこかに連れていかれた。
引っ張られた時の手の感覚....ほとんど王から逃げていた時と同じ感覚だった。
でも、昔よりもなんか......今のほうが柔らかい気がする。気のせいかな?
そんなことを思っているうちに、外トイレの裏に連れていかれていた。
そして、ヴァルが不機嫌そうに話し始めた。
「あのさー、ハンス?」
「はい、何でしょうか。」
俺は萎縮しながら答えた。
「なんであんな....目立つようなことしたの?」
「それには深い訳があってですね....」
俺はじりじりと壁の方へ追いやられていく。
そして、ついに壁に背中が付いてしまい、逃げ場が無くなった。
ヴァルは俺を問いただそうと、どんどんと詰め寄って来て、最終的に壁ドンをされた。
パシッと壁にヴァルの手が当たる音が響く。周りには誰もおらず、静寂が俺たちを包む。
その静寂を切り裂くように彼女が耳元で言う。
「僕はね、人前で目立つのは苦手なの。それはまだいいとして、ハンス。なんで僕のこと覚えてなかったの?」
喋り終わると、ヴァルは互いの鼻の頭が当たりそうなほど近くで俺を見つめ始めた。
近い......近すぎる。吐息がかかるのを感じる。
目を逸らしたいが、逸らすことを許さないくらいの覇気がヴァルにはある。
完全に修羅場?というやつだろう。面倒ごとはこれ以上起こしたくないんだが。
ヴァルのボブカットにしてある髪のせいで、傍から見たらキスをしているようにもみえるだろう。
お願いだから誰も来ないでくれ。変な誤解は受けたくない。
そんなことを考えている間、ハンスはずっと黙り込んでいた。
そのため、ヴァルエイドは少しづつ、さらに不機嫌になっていく。
それに気づいたハンスはとりあえず口を開くことにした。
「えっとですね、ヴァルエイドさんのことは覚えてたんですけど.....」
「待って。」
彼女は人差し指でハンスの口を押えながら続ける。
「その変な敬語はやめて。僕たちそんな関係じゃないでしょ?あと、『ヴァルエイドさん』って何?さっきまで『ヴァル』って呼んでくれてたじゃん。普通に今まで通り『ヴァル』って呼んで。いい?」
ハンスはとりあえず頷いた。ハンスにはそれしかできなかったのだ。
ヴァルエイドはというと、少し機嫌を取り戻したように見えた。
そしてまた彼女が話し始める。
「じゃあ本題に戻るけど、なんで覚えてなかったの?」
優しい口調でヴァルは俺に聞いてくるが、答えを間違えたら一発でおしまいだろう。
でも、嘘をつく必要も無いよね?
「えっとー、その、一番初めに会った時っていうか、実際その日しか俺たちはあってない訳なんだけど、俺......ヴァルのこと男だと思ってたから...」
「.......」
何とも言えない表情で彼女は言葉に詰まっていた。しかし、彼女が答えを聞きたくない気持ちと聞きたい気持ちを天秤にかけた時、聞きたい気持ちの方が勝ってしまった。
そして、彼女は
「本当に男の子だと思ってたの?」
と、どこか悲しそうに言った。
「本当だよ......でも、さっきまたヴァルのこと見た時は、その....なんていうか...
別人に生まれ変わったんじゃないかってくらい変わってたから...」
「ふーん。なるほどね。」
ヴァルエイドは少し納得がいっていないように見えた。
「じゃあ、本題に戻るけど......さっき謝ったのってなんで?僕に隠れてやましいことでもしたの?」
「いや、やましいこととかは何も....ヴァルが貴族だったっていうのを知らなかったから、昔気やすく話しかけたり、色々失礼なことをしたんじゃないかと思って......」
「なんだ、そんなことだったの?それじゃあいいよ。疑うのもやめる。」
彼女はそう言って俺から離れた。
ヴァルエイドと近づいた時間は実際1分も経っていなかったが、ハンスには10分くらいに感じていた。
ヴァルエイドが離れたのは良かったが、また彼女が少しの怒りと、不安を持って口を開いた。
「てっきり僕以外の誰かと...」
「誰かと?」
「いいや、何でもない。ハンスはハンスのまま、このままのハンスで居てね。」
「?」
ハンスは何のことを言っているのかさっぱり分からなかったため、きょとんとしていた。
「それじゃあ、授業に戻ろう。これ以上隠れていたら、僕たちが何かしてるんじゃないかって疑われちゃうからね。」
ヴァルエイドは少し嬉しそうに笑いながら言った。
俺たちは授業に戻り、少しの実践をヴァルと行った。
その後はヴァルが俺のクラスに遊びに来るようになったことと、さらに俺の周りに人が寄り付かなくなったこと、クラスの人が少しだけ俺に優しくなったような気がしたこと以外は特に変わらず一日が終わった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
夜、ふと俺はヴァルとの一件を思い出してしまった。
俺の人生で二度目の女性を見て綺麗だと思った瞬間だった。
しかし、その次の瞬間にはあれだけ顔を近づけられて......
「....////」
俺は恥ずかしさなのか、嬉しさなのか分からない感情をベットの上で枕に向かって悶えることでどうにか紛らわせた。
「あんなこと、二度と起きないようにしないとだな。」
俺はそう心に決め、目を閉じ、眠りに入ろうとする。
眠りに入る直前、『いや、でも....もう一回くらいあってもいいかな。』と俺は思った。
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