第9話 少年はそういうお年頃なのだ。

「毎日勉強してるの?」


眼鏡をかけた美人な先生が、髪をかき上げながら少年に聞いた。眼鏡の奥の瞳は吸い込まれそうなほど綺麗だ。


「はいっ!!」


少年は子犬のように返事をした。


純白の白衣の上からでも分かる豊満な胸、深海のようなダークブルー色の瞳、艶やかで優しいホワイトブルーの長髪。完璧な美貌と言っていい彼女は少年の先生だ。


「偉いわねー。将来有望だわ。」


少年の髪の毛を撫でながら彼女は言った。


「うへへーー//」


とろけた顔で少年は声を漏らした。


修行ばかりしていた少年の唯一の楽しみは、先生とのふれあいタイムだけになっていた。


「それじゃあ今日は昨日の続きから始めるわよ。」


彼女は白く透き通った手で本をめくる。


彼女の動き一つ一つに少年は見とれていた。


そして、胸をチラチラと見ていた。


少年はそういうお年頃なのだ。


ーーーーーーーーーーーーー


修行をして、先生と勉強して、修行をして、先生と勉強する。


そんな生活が続いたある日、俺は先生に地下室の本の話をした。


修行と勉強に明け暮れていた俺は、ほとんど地下室の本のことを忘れていた。


そういえば、と思い出したのでせっかく先生がいるなら解読を頼んでみようと思ったのだ。


「俺が見つけた地下室に、分厚い手記があるんだけど...」


「地下室?この家、地下室なんてあったっけ?」


先生は思い出そうと、目を閉じて考え始めた。可愛い。


リグルト先生と母は、昔馴染みというのを母から聞いていた。


そのため、この家の構造は大体把握しているのだろう。


でも、そうだとしたら、なぜ地下室の存在を知らないのだろうか。


結構分かりやすい位置にあると思うんだけど。


さすがに地下室に入ったことは無かったとしても、ボロボロになった地下室へ続く扉があることくらい、母から聞いたことがあるはずだ。


「先生は地下室のこと、母さんから聞いてないの?」


「聞いたことも無いなー。がこの家を出て行く前に作ったりでもしたんじゃないの?」


「父さんが?そうなのかなー。」


顔を見たことが無い父が残した部屋だとしたら、少し嬉しい。父のことが何かわかるかもしれないから。


「とりあえず案内するよ。先生、ついてきて。」


先生の柔らかい手を引っ張りながら扉の前まで連れて行った。


「ここなんだけど...」


「ここ?ここ...って、何も無いわよ?」


「扉があるじゃん!」


俺は指をさして必死に伝える。


「???」


先生は本当に不思議そうな顔をして扉を見つめている。


しかし、


「本当に何も無いんだけど...」


本当に見えないらしい。先生が俺をからかっているという訳でもなさそうだ。


「じゃあ僕が先に入るからついて来てよ」


俺は今にも壊れそうな扉のドアノブに手をかけ、ゆっくりと捻る。


ギイィィと嫌な音を出しながら扉が開いた。


先生は何してんだこいつみたいに俺を見つめていた。


「じゃあ先に行くね。」


俺は階段を降り始めた。


「ま、待って!!」


「なに?」


なぜか先生はあたりをキョロキョロと見まわしている。


「なに?真っ暗な地下室に入るのが怖くなったんですか?」


先生は俺のことを無視した。


「先生?先生!」


先生に呼びかけても返事が返ってこない。俺の声が聞こえていない?


俺は降りてきた階段を戻り、廊下に出た。


「ッ!?」


先生が物凄い顔でこちらを見つめてきた。すごく可愛い。


「な、なんですか?そんなに見つめられると...」


俺は頬を赤らめて言った。


「何がどうなっているの...?」


先生は俺の表情など全く気にせずに言った。


「何がどうって、そこにある階段下るだけですよ。」


「階段なんて無いわよ...」


先生曰く、俺が扉の中に入っていくとか言った後、指先からすっと体全体が見えなくなったらしい。


先生は扉の前に来た時から扉がないと言っていた。


扉は俺にしか見えていないのか?


「透明魔法を使ったわけではないのよね?」


「透明魔法?は使ってないですね」


透明魔法?なにそれ、使いたい。俺は本の解読よりもそっちの方が気になった。


「あまり大人をからかうのはやめてよね?ハンス君に何かあったら、マーレに怒られるのは私なんだからね!」


少し怒りながら先生が言った。可愛い。


「はい、遊びはこれくらいにして今日の分やっちゃうわよー。これ終わるまで今日は授業続けるから。」


結局、扉の件は子供のイタズラとして片付けられてしまった。


本は自分で解読するしかないのかもしれない。


「ええーーー」


嫌そうな顔をしながらも、にやにやしながら俺が答えた。


『正直嬉しい』と内心思う。


長い間先生と一緒にいられるのだ。ご褒美である。


やはり、少年はそういうお年頃なのだ。

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