第5話 vanish
「なんでこいつがここに居るんだ...?」
ヴァルは動揺しながら言った。
「さっきの奴よりも数倍でかいんだけど、何なんだよこいつ!」
俺は少し目を輝かせながら言った。
巨体の額には赤い魔石がはめ込まれており、体中から魔力が漏れ出ている。
「こいつは
「王...倒せるのか?いや、絶対無理だと思うんだけど。」
俺は苦笑いしながら言った。
「僕も一旦逃げるべきだと思う。まあ、逃げたところでって感じもするけど。」
「逃げ..られると...思っているの...か...?」
途切れ途切れだが、王は確かに人語を喋っていた。声は低く、脳が揺れそうな声だった。
「喋れるんだこいつ...」
「感心してる場合じゃないよ!!剣渡して!」
必死にヴァルは剣を受け渡すように言ってきた。
俺がヴァルに剣を渡すと、ヴァルは左手に剣を持ち右手でハンスの手を引っ張って走り出す。
俺は良く走れるなあ、と思っていた。
すると、後ろから物凄い速度で王が追いかけてくる。
王は木をなぎ倒しながらこちらを追いかけてきているが、とげのある木の枝が擦れても、巨体には傷一つ付いていない。子供じゃあ、どんなに剣が上手くても勝てないだろうと俺は感じた。
王に追いつかれた時ヴァルが言った。
「二手に分かれて戦いながら逃げ続けよう!このまま走っていけば森を抜けられる!」
「了解した!」
「ガルルルル...」
なぜ先ほどまで茂みの中に隠れていられたのか分からないほどの巨体から繰り出される爪の斬撃は、一回一回にとてつもない重みがある。木は切られ、岩は割れる。
「ワオーーーーーンッ!!」
王は咆哮と共にヴァルの方へグンっと間合いを詰めてくる。
「ヴァル!!気を付けろ!」
「ッ!?」
ヴァルはギリギリ反応して剣を構えるが、それだけで精一杯だった。
キングウルフガウルの爪でヴァルは剣ごと薙ぎ払われる。
運よく斬撃は防げたが、ヴァルは近くの木に打ち付けられ、剣は空中を舞、遠くの茂みに落ちた。
「俺から...逃げ..られると...思っているの...か...!」
またも、低く、脳が揺れるような声が森に響いた。
「ヴァル!!」
俺は本気で叫んだ。
しかし、呼びかけても返事がない。ヴァルの服が背中側から少しずつ赤くなっていくのが見えた。
それを見た俺はどんどん頭が真っ白になっていってしまった。
「どうしよう、どうすればいい!俺にはまだ初級魔法しか使えないってのに...!」
焦りに満ちた俺の表情は王からすれば滑稽に見えていただろう。
「早く...殺...」
王の額の魔石が光を失い、ヴァルに何かしようとする。
「おい!待て!まだ俺が残ってる!」
俺は何も考えずに咄嗟に口に出した。
俺がおとりになればヴァルに何かされるのを防げると思ったのだ。
しかし、王はこちらを少し見て、不敵な笑みを浮かべた後、さらにヴァルへ近づいていった。
俺はこのままじゃまずいと思い、王に近づき、王の足に手を当てた。
王は笑いながら言った。
「何か...する気か..?やれる..ものなら...やって..みろ...話は...それ..からだ..」
「話?話なんかする気ねえよ。黙って見とけよ...!お前は俺に手を触れさせたことを後悔する。本当はこれを使うつもりじゃなかったんだけど...」
そして、手を当てたまま俺は叫ぶ。
「vanish...!」
これは、少年にとって一か八かの賭けだった。
生きている者への『分解』。『分解』は生者をどのように変化させるのか。この答えの真相は少年自身は理解していない。だが、一つだけ少年は知っている。壊れ過ぎたおもちゃは跡形もなく無くなることを。
そして、勝利の女神は少年に微笑んだ。
「『vanish』だと...?笑わせて...くれる..。そん...な魔法...はこの世にはないッ...!」
ハンスは王の後ろ蹴りで岩に打ち付けられる。
「ぐはッ!!!!」
岩は打ち付けられた時の衝撃で割れ、欠片がハンスの頭に当たった。
ハンスは口から血を吐いた。
だが、そんなことはハンスにとってあまり関係なかった。
ヴァルが意識を失っている今、動けるのは自分だけだと思ったハンスは、意を決していたために、痛みなんかでは気にも留めなかったのだ。
そして、ハンスが叫ぶ。
「お前が何年生きてきたのか知らねーけど、流行についていけねぇんじゃあただの老いぼれだッ...!」
王は笑いながら言った。
「ほれ...何も...起こらないでは..ないか...!これ..だから子供の..お遊び..には付き合って..られ..ないんだ...。さっさと...くたばれ..この..バカが..老いぼれだと?身の程を知れ。」
「バカはどっちだか、自分を見てから判断するべきじゃないのか?」
ハンスの言葉を聞き、王は自分の体を見る。しかし、あったはずの爪、手、足がもうなくなっていた。
いや、崩れ消えていっていた。
そして王の体は朽ちた大木のようにボロボロと崩れていく。
ハンスはそれを見ながら笑い返し、その隙に回復魔法を使った。
その時、王の魔石が激しく光り、王から漏れ出ていた魔力がさらに増えた。
そして、王は顔を屈辱と怒りに染めながら言った。
「これはなんだ!いつから崩れ始めていた!なぜ痛みがない!」
ハンスは当たり前のことだと言わんばかりに話し始めた。
「『分解』したんだよ。お前の痛覚ごとな!ちゃんと喋れるじゃねえかよ!最初からはきはき話せよ、この老いぼれが。」
「うるさい!『痛覚ごと』だと...?どうやってだ!訳の分からない嘘をつくんじゃない!ヒール!!!」
王の顔はもはや、屈辱と怒りの色などなく、ただ焦燥の色に変わっていった。
ヒールは王の体の一部を回復し、分解が止まったように見えたが、また分解が始まる。
ハンスは嗤いながら王に語り掛けた。
「無駄だよ。分解が始まったら最後、ヒールは分解を止められない。ましてや、ヒールごときで治せると思ってる時点で舐めすぎなんだよ。分解の対象はお前自身だ。お前が分解され終わるまで分解は止まらない。」
「そんな馬鹿げた魔法があってたまるかッ!!!ヒール!ヒール!!!ヒーーーール!!!!!」
王は生にしがみつくために、無意味な回復魔法を連発した。
「『流行』と『理解』を知らない老いぼれに、何を言っても無駄なのはどこでも同じだな。」
ハンスはまたも嗤いながら王に語り掛けた。
前世の宿主が関わっていた老人もそうだった。
最近の流行を知らず、小馬鹿にし、挙句の果てに自分の主張ばかりでろくに話を聞かない。勝手に物事を決めつけるところも似ている。全くだな。とハンスは思った。
そして、王への『分解』は最終段階に入り、もう首から上しか残っていなかった。
「嫌だ...ダメなんだ...こいつを失ったら俺はッ...!」
王の顔が悲しみや、恐怖で染まっていく。
「痛みが無いことに感謝して消えて逝け。この老いぼれが...!」
ハンスは王に復讐の意を込めて言葉を放った。
その後。なぜか無くなる直前の王の顔には笑みが浮かんでいたが、ハンスが疑問を抱く暇もなく、跡形もなく消えていった。
「ヴァル!!!」
ハンスは木の根元でうつぶせになって大量に出血しているヴァルへ向かって走り出した。
ヴァルは思ったよりも酷いケガだった。
ヴァル背中には木の皮がとげのように刺さっていたためこのままヒールをしても、体内に木の皮が入ったままになってしまうと思ったハンスは、水が無いため、持ち合わせていたスライムジェリーを傷にかけ、抜いていった。
「今ヒールするから待ってろ!」
「勝ったの...?すごいね..ハンス...」
かすれた声でヴァルが返事をした。
「生きていて良かった!今ヒールするから。ヒール...!」
ハンスはヒールをしたが、ハンスの体はヴァルと同じくらい限界だった。
最後のヒールをヴァルにした後、ハンスはその場に倒れてしまった。
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