第2話 僕はハンス!

「おぎゃあ!おぎゃあ!」


俺は何かを催促するように泣きわめいた。


「はいはいミルクですねー。ちょっと待ってねー。」


俺の母が優しく答えた。


俺が異世界転生してから一週間くらいたつと、泣いておけば色々やってくれることが分かったので、ごはんから、トイレ、お風呂まで全部やってもらっている。正直最高。


俺はインスリンを出し続けるクソみたいな生活なんかとはおさらばできたのが、とても嬉しく思う。


そして、もう一つ嬉しいことがある。


それは、この世界に魔力があるという事だ。


前回居た世界では、宿主が魔力で魔法を使っているような様子はなかったため、この異世界特有のものなのだろう。


「魔法」というものは実に便利なものだと思う。


例えば、母親のマーレは治癒魔法が得意なようで、俺が怪我したときはすぐに「ヒール」で治してくれる。


俺は母さんが魔法を使っているところを見て、見よう見まねで使ってみようとしたが、それがなかなか難しいのだ。


なんといっても、まだ言葉が話せないため、魔法詠唱ができないのだ。


魔法詠唱は、呪文を唱えることで魔法を使うのだが、魔法詠唱で魔法を使うのと、魔法詠唱無しに魔法を使うのだと、魔法の出しやすさが全然違うのだ。


それは母さんを見てれば分かる。


母さんが魔法を使う時、俺の怪我の度合いによって、魔法詠唱をする時としない時があるからだ。


怪我が酷ければ魔法詠唱をするし、酷くなければ魔法詠唱はしない。


もちろん俺の思い込みの可能性もあるが、高い確率で合っていると思う。


ただ、そんな魔法詠唱ができない俺にも一つだけ使える魔法がある。


俺はその魔法を『分解』と、とりあえず名前を付けて呼んでいる。


気が付いたのは、異世界転生してから四日後のことだったと思う。


母さんが町で見つけたおもちゃを俺にくれたので遊んでいた時、ふと窓の外を見ると母さんが魔法で薪を割っていた。


それを見た俺は、似たようなことが出来ないかと見よう見まねで魔法を使おうとしたのだ。


魔力を使うことで魔法は使えるというのは、母さんを見ていたのと、体がなんとなく知っていたので、思い切りおもちゃに魔力を使ってなんかの魔法が出ないか試してみた。


すると、おもちゃがたちまち壊れてしまったのだ。


貰ったおもちゃを貰ってから1時間もしないしないうちに壊してしまったのには焦ったが、俺はそんなことよりもなぜ壊れてしまったのかが気になった。


そして、家にある使われていそうにない物に指を指して母さんに持ってきてもらっては、その度に魔力をこめて実験をした。


母さんは、俺がやっていることを子供の成長を見守る優しい目で見てくれていた。


しかし、何回も実験をしていると、さすがに何かおかしいと思ったのか、俺が指を指しても持って来てくれなくなってしまった。


しかし、実験はその時にはもう終わっていた。結果は大成功だった。


実験をして分かったことは物を『分解』できるという事だった。


例えば、木でできたおもちゃであれば、部品ごとに分解するのはもちろん、加工される前の木材に分解することもできた。何なら、分解を最大出力で行うとおもちゃ自体を消すことができた。


っていうと、前世でも似たような仕事をしていたので、きっと異世界転生をした時の特殊能力みたいなものだろうと俺は思った。


そして、俺はその魔法の効果そのものを取って『分解』と名ずけた。


しかし、『分解』が使えるようになったからと言って赤子の俺にする事など、ご飯と睡眠くらいしか無い。


そのため俺は、仕方なく、仕方なくだよ?

仕方なく、のんびりまったり生活を送ることにした。

決して怠惰ではない。

よく考えてみれば前世から残業代が払われているようなものなのだから、誰にも文句は言わせない。


「おぎゃあ!おぎゃあ!!」


「はいはい。トイレねー。ちょっと待ってねー。」


泣いていれば本当になんでもやってくれる。


こんな生活がずっと続けば良いのに......


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


しかし、人間は成長する生き物だ。


そして成長を止めることは出来ない。


そんなこんなで、あっという間に俺は6歳になってしまった。


言葉は自由に話せるし、行動の制限も無くなった。


ただ、泣いても母さんが助けてくれないのが少し悲しい。


子供が6歳にもなれば、大体の親はもう教育方針などが決まっているのかもしれない。


俺の母さんは『自分の事は自分で出来るようにね』と、自立を重んじた教育方針を取ったらしい。


泣いたら母さんがどうにかしてくれるという俺の願いは6歳にして消えて無くなってしまった。


そのおかげでもあるが、基本的な事は自分で出来るようになったし、何よりも『自立』という名目で色々な事を母さんの許可無しに出来るようにはなった。


そして俺は、母さんに内緒で魔法を使う練習をし始めた。


なぜ内緒なのかと言えば、『魔法』は使い用によっては、家が燃えたり、家の至る所が水浸しになったりする可能性があるからだ。


6歳の子供では、そんな事出来ないだろうと思っていたら大間違い。


『魔法』は意外にもハードルが低いらしい。


俺も最初はどんな詠唱をすればいいのか分からなかった。


母さんの見よう見まねで始めたは良いものの、母さんの魔法詠唱は如何せん何を言っているのかが分からないからだ。


右も左も分からない俺が取った行動。


それは『とりあえずなんか詠唱』だった。


俺は手を前に突き出して詠唱を始めた。


『出てこい水ー、水ー』と適当に言っていたところ、本当に水が出てきたのだ。


俺は魔力を水に変えている感覚を体で理解した。


その後、色々なことを試して分かったことは、魔法詠唱とはイメージを口に出す感覚と同じらしく、水がどんな風にどのくらい出てほしいかなどを頭でイメージし、なんとなく言葉にすれば魔法詠唱ができるということだ。


それなので俺は母がやっていた治癒魔法を、近所の持病に悩んだ爺ちゃんで試すことにした。


長いこと腰が痛いと言っていたので、腰に手を当てて魔法詠唱をしてみた。


「治れーー治れーー」と魔法詠唱をしながら、頭で痛みが消えるイメージをして、爺ちゃんの腰に魔力を送った。


結果は大成功。


持病がすっかり良くなったと言われた。


もしかしたら、母さんと同じく俺も治癒魔法が上手いのだろう。


将来は医者にでもなろうかな?


ーーーーーーーーーーーーーーー

俺は爺ちゃんの持病を治してからすぐに帰宅し、突かれたので家の二階にある俺の部屋で少し仮眠を取った。


仮眠をしていたらすっかり夜になっていたため、母さんに呼ばれた。


「ハンス!ご飯だよ!!早く下に降りておいで!」


「はーーい」


自己紹介が遅れたが、僕には『ハンス』という名前が付いた。


これも前世の名残なのだろうか。


それから、母さんと一緒に晩御飯を食べた。


そういえば、父親が話に出てこないのには理由がある。


は冒険に出たまま帰って来なくなってしまったらしい。


全く、無責任な父だ。


育児放棄なんてするもんじゃないぞ。


いくら自分の子だとしても、いつか絶対恨まれるんだから。


俺は特に恨むことはされていないが、母に心配をかけていることが一番むかついた。


あんなにスタイルいい美人なお嫁さん放っておいて冒険とか、考えられないんだけど。


そして、ご飯が食べ終わると、母親が神妙な面持ちで話しかけてきた。


「ハンスは、学校に行きたいって思う?」


学校かー。学校はあまりいい思い出がなかったような気がする。前世の体の宿主は、学校にいる時間が一番ストレスを感じていたと思う。何せ、学校があった日の夜には暴飲暴食があるからね。


でも、俺自身が体験したことではないから、興味はある。


「興味はあるよ。」


「そっか。実はね、国から魔法学園の招待が来てるのよ。学園といっても、勉強するようなコースじゃなくて、子供を預かってくれるってだけのコースなんだけど。お母さん、お仕事増やそうと思ってるから、もしかしたら、ハンスの面倒みれなくなると思うし、ハンスさえ良ければ学園に預けてもいいかなって...どう?」


「うーん...そこって、魔法教えられる人いる?」


預かるだけじゃなくて、魔法も教えてくれたらいいんだけど...


「そりゃあ魔法学園だからいっぱい居ると思うわよ?」


「分かった。じゃあ行ってみるよ。」


もしかしたら、ワンチャン魔法について何か教えてくれるかもしれないし、ちょっと楽しそう。


「本当?助かるわー。ありがとう、ハンス。」


「お母さんのためになるなら何でもするよ。」


俺はニコニコしながら母さんに言った。


それにしても学園かあ。勉強はしないらしいし、魔法の修行するには丁度いいとかもしれない。楽しみだなあーと俺は思った。


しかし、呑気にこんなことを思っていられるのは、入学したての時までだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る