8㎜フィルム

Tohna

高校生男子達がお互いをわかり合うことの難しさ

「どういうことだよ? クドーちゃんの友達が今回のコンクールに参加するって」

 あの日の夜明け前、俺は工藤に食ってかかっていた。


「悪いが尚史、もう時間がない。俺の同中おなちゅう友達の河合が今回の『アニメ甲子園コンテスト』の手伝いをしてくれる。人が足りないし、アイツの実力があれば……」

 俺は工藤の言葉を遮った。

「それじゃウチの高校の漫研として出品出来ねえじゃん」

「高校の名前なんてそんな重要じゃないさ。良い作品を時間通りに仕上げるにはこれしかないんだ。それに尚史の動画を河合に見せたら、『やりたいって』」

 

 今と違ってアニメは手で描くもので、高校生だった俺たちにはそれを8mmフィルムでコマ撮りする他なかった。


 唯一だけど、8mmが俺たちの愛すべきプラットフォームだった。


 コンテストの締め切りまで、俺たちには金も人も時間もない。

 動画をセルに転写して色付けすることは諦めて、フレーム数を多くしてモーションの自然さや精密な動きを強調しようという戦略を立てた。

 それでいてストーリーがある。

 工藤は優れたイラストレーターであると同時に、優れたストーリーライターの才能も持ち合わせていたのだ。


 工藤曰く、目標はウォルト・ディズニーの「蒸気船ウィーリー」だった。


 工藤が人物の原画を、動画は工藤の同じクラスの渡辺が動画を、メカの動画は俺が全てを担当することになった。

 俺はメカが壊れる過程を丁寧に描こう。

そう。俺は伝説のアニメーター、板野一郎氏のような緻密にメカを壊してゆく動画を描くことに決めた。


 俺の親父は映像プロダクションの経営者だったので、学校から追い出されると三人で親父の事務所に泊まりこんでひたすら描き続けた。

 今思えばそれぞれの親のなんと物分かりの良いことだ。

 あの頃の俺たちは毎日のように睡魔と戦い描き続けた。


 夜明けに腹が減ってカップ麺を啜っていた時、

「俺たちの最後の作品か。永遠にこんな時間が続けば……いいよな」

 ふと渡辺がそう言ったが、俺も同じ気持ちだったのだが、そこで工藤から「河合」の話が出てきた。


 俺たちの高校生活も後半分を切った。数ヶ月もすれば進路をはっきりさせなきゃならない。

 だから今回コンテストが俺たちほ高校での最後の作品として出品したかったし、河合は俺の代わりにメカの原画を描くと言う。 

 俺は納得が行かない。


「そんなに俺の描く動画が気に入らねえのかよ?」

「そんなんじゃねえよ。でも、見て欲しいんだ」

 工藤は8mmの映写機をセットして、リールに巻かれた一本の動画を映写し始めた。


 親父の事務所の壁に映し出された映像には、戦車や戦闘機が見事に画面所狭しと動き回っている。どんなに動かしても立体として破綻がない動画だった。


「河合ってヤツは頭の中に映る立体をそのまま動画にできる才能があるんだな……」

 俺は無意識にそんな感想を口にしていたらしい。



 翌日から河合が親父の事務所に来ることになり原画を描いてくれるようになった。

 不思議と河合の原画を元に動画を起こすと俺の動画も生き生きし始めた。

 悔しかった。所詮才能には敵わない。


「オレ、尚史くんの動画はすごいと思うよ」

 河合はボソッと俺にそう言った。

 俺は世辞は結構だと思った。

 

 むしろ、その一言は、それを捻くれて受け取って、いつも夢を追いかけて絵を描きまくっていた俺がアニメーターを諦めた瞬間となった。


 まあいい。これで、これからの自分に変な期待をしなくても良いんだからな。


 その後の俺は、感情を押し殺し、河合の原画をひたすらに動画にしていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 大学を卒業した俺は普通のサラリーマンになった。

 

 高校卒業以来アニメを描く事も、妻と結婚してからは見ることもやめてしまった。

 工藤は薬学部へ、渡辺は写真学校に進んだが、二人とは音信不通になってしまった。

 アニメを諦めた俺から疎遠になったからだ。

 

 あの作品はどうしたか。

 見事に一次審査で落ちた。

 全員に苦い思い出だけが残った。

 

 その時の俺は、すでにアニメへの思いを封じ込めていて何の感慨も湧かなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 永遠にアニメに関わることはないだろうと、そう思っていた。

 娘がアニメを観ていても、特にあの時の苦い思い出が脳裏に浮かぶことも無くなったこの頃だった。


 しかし、その時は突然にやってきた。


 何気なくテレビを見ていたら、今度の夏に公開される話題のアニメ映画の制作ドキュメンタリーをやっていた。

 

 あの河合がー天才アニメーターとして名を馳せてー出演していたのだ。


 少しふくよかになったそのアニメ監督は、間違いなく俺の横で原画を描いていたあの天才だった。

 アニメに意識的に興味を持たぬよう生きてきた俺には青天の霹靂だ。


「アニメの世界に進もうとしたきっかけは?」

 インタビュアーの質問に河合は、

「高校生の時に一度だけ一緒に作品を作ったた同い年の作の動画のレベルにコテンパンにやられたんです。まあ、ショックでしたよね。で、ずっとあれを超えたいって」


 涙が一筋。


 そして胸にこみ上げてきたものは苦い何かだった。


 そして何か腹の底で湧き上がる熱い感情も。

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8㎜フィルム Tohna @wako_tohna

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