第5話 街へ

 痛い。とにかくケツが痛い。

 大宮の頭の中はその事が大半で埋め尽くされていた。


 馬車の中はそれほど広くはなく、外の景色を楽しもうにも、荷台は白い布でテントのように囲われているせいで見えるのは布と他の乗客だけだ。


 街へと向かう馬車には、大宮達以外にも何人か客はいたのだが、特にこれといった会話は無い。

 物珍しそうな視線が大宮へと向けられているのは確かだが、だからと言って簡単に声をかけないというのは、ある意味で日本を思い出すものだ。


「着きましたよ」


 馬車が止まり、御者が荷台の後ろから顔を覗かせる。


「んん-、やっぱり少し疲れるなあ」

「すっごい静かだったしな」

「私達だけベラベラ話すわけにもいかないじゃん?」


 御者に礼を言い、馬車を降りたルビーは背伸びをしながら大きな欠伸をする。

 ふと周囲を見れば、首が痛くなりそうな高さの石で出来た壁が視線のずっと先まで伸びているのが見えた。


「行くよー?」

「おう」


 大きな門を抜けて街の中に入ろうとした時、見張りの衛兵が大宮達へと声をかけた。


「あんたらも召喚者と召喚士か、面倒ごとは起こさないようにな?」

「あはは、気を付けまーす」


 それ以上何かやり取りをするという事もなく、すんなりと街に入ることが出来た。


「あんたらも……って事は、やっぱり他にも誰かいるみたいだな」

「知ってる人だといいね」


 街の中は石畳で舗装されており、馬車がよく通るのか石畳が削れて轍が出来ている。

 人通りは多く、広場には露店が並び、それの店主達がそれぞれ野菜や畜産物を掲げて売り込みをしているのが目につく。

 それと同時に、やはり恰好で目立つのか、住人達の視線が大宮へと向けられているという事にも気付いた。


「ジン、何か珍しいものでもあった?」

「まー、そんなところかな」

「それじゃあまたゆっくり見て回ろっか、多分しばらくはこの街で暮らす事になるだろうしさ」

「あの村には戻らないのか?」

「んー、というか戻れないと思う。召喚士って一応こっちの国の切り札みたいなものだしさ」


 今この街の様子を見た限りでは戦争中とは思えないほど平和だ。

 しかし、ふと目についた新聞には現在の戦況を伝える文面が一面を飾っており、戦争中であるという事を実感させられる。


「戦争……か」


 歴史で習った事があるだけで、当然ながら大宮に戦争の経験というものはない。

 この世界に飛ばされる時にアニメや漫画の主人公になったつもりでいよう。と心に決めたはいいが、実際にそういった場で戦えるのか、その不安が大宮の中に芽生える。


「ついたよジン。準備はいい?」

「あ、あぁ」


 ルビーの声に我に返った大宮の目に入ったのは、ひと際大きな木造の4階建ての建物だった。

 中は非常に広く、様々な部門に分かれた窓口が設けられており、まさに役所といった雰囲気だ。


 入り口から一番近い窓口である総合案内の女性スタッフが、ルビーと大宮の方へと歩み寄ってきた。


「召喚士と召喚者の方、でよろしかったでしょうか?」

「あ、そうです!」

「どうぞこちらへ、案内いたします」


 彼女の案内で通されたのは鍵のかけられたそれほど広くはない部屋だった。部屋の位置も4階の最奥で、殆ど人が来ないような場所だ。

 中は薄暗いのだが、床には大宮達がこの世界へと召喚された時のものに似た大きな魔法陣が光を放っていた。


「そちらの魔法陣から移動をお願いします」

「分かりました! 案内ありがとうございます!」


 ルビーが元気よく返したのを聞いた後、スタッフは一礼をして退室し、外から鍵をかけた。


「おい、これ閉じ込められたんじゃ」

「大丈夫だよ、噂に聞いたくらいだけど、隠し部屋への移動陣だと思う」


 ルビーはそう言うと魔法陣へと近付いていく。


「ほら、行こ?」

「ここで暴れても仕方ない……か」


 大宮とルビーは魔法陣に立ち、この世界へ来た時と同じように視界が光で染まった。

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