第4話 平和な日常

「ジン、起きてー? 朝だよ?」

「んぁ……うおっ!?」

「大丈夫!?」


 翌日の朝、大宮はルビーに起こされた事に驚いてベッドから落ちていた。


 少し考えてもみれば分かった事ではあったが、昨日の夜はルビーにベッドを押し付けられるような形で過ごす事になっていた。

 慣れない香りや、普段はルビーがここで寝ているベッドだとか、どうしてもそういった事を考えてしまうと同時に、ここから先に起きるであろう出来事の予測や、宮本を始めとした友人の事を考えると眠れない。


 ――そう思っていたのだが、気が付いた時には眠りに落ちていたようだ。

 ちなみにルビーの方はというと、大宮が悶々としている間に、机に突っ伏すような形で椅子に座って寝ていたのを見た。


「とりあえず次の予定だけどさ、話してもいいかな?」

「あぁ、朝飯食いながらでもいいか?」

「そのつもりだよ」


 窓から外を見ると、向かいの住人が土いじりをしているのが見えた。

 昨日は住人の姿を見なかったが、どうやら彼女以外住んでいないというわけではないらしい。


「人、いたんだな」

「あぁ、昨日はみんな怖がって隠れてたみたい」

「怖がられるような事したかなぁ……してたなぁ」


 銃声の威圧感は思っていた以上に強いものだった。

 大宮は巻き込まれた側の人間ではあるが、この世界の住人からすればそうは見られないだろう。あまり気にしすぎる必要はないだろうが、多少は考慮すべき点だろう。


 ルビーは鍋からスープをよそい、パンと一緒に大宮の席へと置く。

 具はキャベツとジャガイモのようで決して豪勢なものとは言えないが、大宮の食欲を刺激するには十分なものだった。


「それじゃ食べよっか」

「ん、いただきます」

「何それ?」

「風習みたいなもんさ、俺がいた世界の……俺がいた国ではこうするんだ。ま、しないヤツもいるけどな」

「へぇ……いただきます」


 ルビーは大宮をマネして手を合わせる。

 パンは殆ど味がしなかったが、スープに浸すと程よい塩味が足されて食べやすくなり、スープもキャベツとジャガイモの甘みが味に変化をもたらしてくれる。


「それで、私なりに考えた案なんだけどさ」


 ルビーはパンを齧りながら大宮を見る。


「召喚士が召喚に成功したら最寄りの大きな街に行く事になってるんだ。だからそこに行ってみない?」

「国への届け出みたいなもん……か?」

「そんな感じ、それに隠そうと思っても多分バレちゃうだろうし」


 大宮の格好はクラスにいた時と同じだ。

 今の大宮は制服を着ている。昨日は村人の姿を見る事はなかったが、恐らく村人は大宮の事を見ていると考えた方がいいだろう。

 制服を頼りに指名手配でもされればたまったものではない。


「そうだ、これ」

「ん、これは本か?」


 見たところその文字は日本語ではなかったが、まるで最初から知っていたかのように大宮はそれを読むことが出来た。

 どうやら異世界召喚に関する本のようで、召喚者の扱い方や召喚士が気を付けるべき事が書かれているようだ。


「召喚石に魔力を送れば召喚者に痛みを与えられる……か」

「使うつもりは私は無いからね?」

「ま、必要って思ったならしてくれてもいいさ」


 ルビーは大宮に対して誠意を持って接している。少なくとも今のところは大宮を何かしら悪いように使おうと思っているようには大宮には思えなかった。

 しかし、悪意の有無とは別に、能力の付与以外の何かもされてしまっている可能性はあるのだが。


「ところでルビー、ルビーは魔法って使わないのか?」

「ん? というと?」

「こう、魔法で皿を自動で洗ったりとかさ」

「あはは……私、簡単な火の魔法しか使えなくてさ」


 ルビーは恥ずかしそうにしながら頭の後ろをかいた。


「なるほどな。ごちそうさま、美味しかったよ」

「あぁ、いいよいいよ。洗うのやるからさ」

「作ってもらった礼って事でさ、洗い物くらいはやらせてくれよ」


 妙に遠慮するルビーを引きずるようにして、大宮は台所へと移動する。


「わお……」

「あぁ……」


 そこには溜まった使用済みの食器があった。

 量はそれほど多いというわけではないが、ルビーは両手を顔に当ててへたり込んでしまった。


「一人暮らしだったんだろ? こういうのは普通だって」

「うう……」

「洗っとくからさ、ルビーはゆっくりしてなよ」


 蛇口をひねれば水が出る。と言うわけにはいかないようだが、幸い流し台に手動のポンプが設置されている。

 洗い物は30分ほどで片付き、リビングへと戻ると旅支度を整えたルビーの姿があった。


「気を取り直して……街へ行こう!」

「おう」

「ジンは何か忘れ物とかない? って言っても何も持ってないか」

「そうだな……ん?」


 胸のあたりに何か硬い感触がある。

 大宮がそれを取り出してみると、そこには非常に見なれた黒い液晶のついた板があった。


「何それ?」

「スマホ……だな」


 色々あって失念していたが、他にもイヤホンや生徒手帳にポケットティッシュ、自宅の鍵といった ポケットに入れていたものは一緒にこちらの世界に来ていたようだ。


「……ま、知ってた」


 電源を入れてみると、やはりと言うべきかここは圏外のようだ。

 あくまで音楽プレイヤーやタイマーとして以外の使い道は無いだろう。それに、充電する為のコンセントやコードも無い為、大した役には立たないだろう。

 時刻も今は朝のはずだが、深夜帯の時間が表示されており、あまりアテにはならなさそうだった。


「凄い! こんなに綺麗な絵が浮かび上がるなんて!」


 横でテンプレートのようなはしゃぎ方をするルビーを眺めつつ、大宮達は街へと向かう為に外へと出た。

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