第47話「帰還」

「先輩! ご無事でしたか」


 手当て待ちの三笠へ一番に声をかけたのは赤鴇だった。息を切らせながら三笠の元へやって来た彼は真冬だというのに汗をかいている。それを袖で拭いながら赤鴇は

息を整えるように己の胸をさすった。


「あ、無事、っていうのはちょっと違いましたかね……」


「いやいや。無事だよ。こうして意識もはっきりしてるし」


 はにかみながらそう言う三笠を見て安心したのか、赤鴇もその頬を緩めた。結局あの後、日が昇って少しするまで三笠たちは動けずにいた。救援も来なかったので、自力で歩いて拠点まで帰って来たのだった。途中何度か休みながら、だ。


「よかったです。ぼくは先輩ならできる! って思ってましたから」


「そりゃ身内の判定ならそうなるでしょ」


「あっ進一。色々言いたいことはありますけど……お疲れ様です」


「はいはい。トキくんもさすが」


「あっちょっと! やめてくださいって」


 わしゃわしゃと頭を撫でられる赤鴇を見て三笠は思わず吹き出してしまう。派手に動いてしまったせいか、身体の節々が笑う度に痛む。それを煩わしく思いながらなんとか笑いを抑え込む。


「なんだ元気そうじゃん」


 そんな声と共にその場に現れたのは初瀬だった。初瀬はほとんど怪我をしていなかった。しいて言うなら寝不足などの疲労が他より酷い。よって治療は最後、後回しと言いつけられている。本人もそれでいいと言った上に、先ほどまで潮田たちの手伝いをしに行っていた。


「あはは、まあね」


「まぁそれならいいや。それで指は? くっついたの?」


「一応は。でも形だけだって。神経は無理って言われちゃった」


「え?」


 二人のやり取りに赤鴇と春河は目を丸くした。そんな二人を見て三笠は慌てて付け加える。


「あ、いや……まぁちょっと色々あって、指を吹き飛ばしちゃって……でも初瀬が拾って持って帰ってくれたおかげで一応くっつきはしたんだ。ホラ……って見えないか……あはは……」


 包帯でぐるぐる巻きにされた右手を見せる。そんな三笠の様子にさすがの赤鴇も春河と共に引いている。微妙な空気に三笠は困ったように笑うしかできない。


「まぁでも……本当にこの程度で済んで……」


 やっと気持ちが落ち着いたのか、急に三笠の胸の内で何かが解けるような感覚がした。緊張だろうか、それとも別の何かなのだろうか。涙を誘うその感情の正体は分からない。急に涙する彼を見て三人は重ねてぎょっとした。


「えぇちょっと」


 初瀬の困惑する声が聞こえたが溢れるそれを止めることはできない。



 ──次はもっと。


 そんな言葉を言える現実を三笠は噛み締めた。


「あ」


 未だに涙が止まらない三笠の側で、初瀬が間の抜けた声を上げた。その目線の先ではちょうど、看護師が日めくりカレンダーを千切っていた。


「……年越ししたのか」


「あ、本当ですね」


「早いなぁ」


 各々違う思いを抱えながらカレンダーを見る。そして一言。


「あけましておめでとう」

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