第38話「顕現」

 横たわる幸嗣の呼吸を確認した初瀬はほっと息をついた。


 そんなこんなで全員の気持ちが落ち着き、安全が確保され、応急手当が済むころには日が暮れていた。三人は濡れることも構わずにその場に座り込む。


「──これで終わりか?」


 初瀬が確かめるように小さく呟く。三笠も頷ききれないのは目に見えて事態が解決したとは思えなかったからだ。


 霧は晴れずにいた。月の光も通さぬ、その濃霧は酷い寒さを山頂にもたらす。そして何より。


「……竜脈が異常を起こしていますね」


 青白い光を放つ、社裏の井戸を一瞥して三笠は呟く。あからさまな異常に、憔悴し切った三人は手を出せずにいた。あと数分もすれば増援が来るだろうか。


 得体のしれぬ気持ち悪さに三笠は息を飲んだ。先の傷も酷く痛む。この状態で何か起きたら、と考えて身がすくむ。


「……いや、違う。ここからが本番だ」


 富士が顔を歪めながらそう言った。二人がその意味を問う前に異変は起きた。


 不意に、冷たい風が三笠の頬を撫でた。


 ぞっとする背筋を震わせながらゆるりとそちらを見る。白く、細長い何かがいくつも井戸口から生えている。まるでさ迷っている手のようにふらふら、フラフラとその手はあちこちに伸ばされる。


「……」


 その様子に三笠は絶句した。竜脈は、竜骨は何かに乗っ取られている。竜脈を手にしていたのはモズだけではなかったのだ。そのことを伝えようと、三笠が口を開いた瞬間に地の底から唸り声の様な低い音がする。その轟音は身体という境界をいとも容易く通り抜け、心臓を、脳を震わせる。その音と共に高濃度の魔力が辺り一帯に満ち溢れる。それに思わず三人は息を詰まらせた。通常、魔力で窒息するなどあり得ないことだが、あまりの量に身体が錯覚してしまったのだろう。必死にはくはくと息を吸おうとする。


 そしてその高濃度の魔力は井戸から、地、山麓へ、街、──そして海へと雪崩れていく。それまで流れていた微風が、空気がぴたりと止まった。西の方、揺らめく漁火に混じって青白い光が差す。


 二つの天狼は凛と輝き、その敵愾心を露わにした。


 全貌が捉えられぬその状況に、一同はただ黙ってそちらを見つめることしかできない。


 ──いわゆる『災害級』のスペクターが不完全ながらも顕現した瞬間だった。

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