第30話「事件」

 霧煙る山中を横目に、三笠は出撃用意をしていた。


 八雲山の五合目、仮拠点。その隅に座り込んでだ。


 昨晩の内に日の出堂に注文しておいた魔道具を一つ一つ確認していく。すでに財布は薄くなっているが、ここでケチっていては格上相手に上手く立ち回ることはできないだろう。断腸の思いで買った魔道具を三笠は撫でた。


(魔力炉は限定的にしか使えないのが嫌だな)


 結局例の小型魔力炉の修理は、日の出堂の驚異的な技術力によって一晩で終わったものの、三笠に合わせた調整は間に合わなかったらしい。日の出堂の主からは『不完全なものを渡したくはないが仕方がない』と言われるほどに整備は不十分だ。全く調整がされていなかった前回よりはマシに動くだろうが、不安は残る。



 ※※※



「あー……実は、昨晩の内にちょっとした問題が起きてな」


 会議が始まって早々に富士は苦々しい顔をしてそう告げた。


 彼が言うには竜冥会と大社が乱戦状態に陥っているとのことだった。なぜそんなことになったのか調査してみたところ、衝撃の事実が発覚した。


 元々この地には力の強い竜骨が一つあった。江戸時代末期までは三つあった竜守の家が管理していたが、明治時代に後継ぎ問題で三家すべてが総崩れを起こした。いわゆるお家騒動だったのだが、上手く決着がつかなかったらしい。事が片付くまで仲裁役であった大社が竜骨の管理をしていたのだが、決着がついてなお大社は竜骨を手放さなかった。市内を警護する結界のために引き続き管理をすると宣言したのである。それに竜守たちが納得するはずもなかったが、大社に勝てるわけもなく彼らは黙り込むほかなかったという。


「要は大社がもう一つの竜骨の存在を黙秘してたんです」


 八束が険しい顔でそう話す。


「そんな複数持っていたんですか?」


「新しく出現したものらしいですよ。この地方は竜骨が露出しやすいんです。黄泉平坂の辺りとかそうなんですけど……ええと話が逸れました。とにかく長い間なんやかんや言って竜骨を所有していた大社なんですけど、最近もう一つの竜骨の存在に竜冥会も気づいたんです。ただ場所が分からないと。それで場所を炙り出すために今回、複数の魔術師と協力して竜骨を占拠したのだそうです」


「……それ、本当ですか?」


 鷦鷯が顔をしかめながら尋ねる。それに対し八束は「残念ながら」と頷いた。


「でもおかしくないですか。それならもう、竜冥会の目的は達成されているはずです。なんで竜骨が解放されていないんですか」


「それがね、東ちゃん。これは竜冥会にとっても予想外の出来事だったのよ。確かに本来は揺さぶりをかけて炙り出して終わりだったらしいんだけど、彼らが退去を拒否したらしいんです。それで竜冥会も大社も混乱してて。──それに、仕掛けた竜冥会側は実行した魔術師がモズだと気づいていなかったそうなんです」


 衝突が必至だった状態に、さらに混乱する要素が加わって大社も竜冥会も組織として 機能しなくなっている。


「つまり、誰かが竜骨を奪取しなければならない状態なのに、頼りになる二大組織が無能と化していると」


「鷦鷯」


「本当のことでしょう。モズ側からも何かしら妨害があったのでしょうけど……ここまで想定していなかったのも問題があるかと」


 敷宮も零課もここから先は本来の仕事に含まれてはいない。本来は奪還のサポートであった。確認をするかのように富士は松島に視線を投げかけた。


「零課としてはモズを確保したいからね。ここで引き下がる理由はないかな。──まぁ、敷宮さんが行かないっていうのなら、私らも引き下がらないといけないけど」


 淡々と彼女は意見を述べた。


「おれたちは行くしかない。日の出堂から直してくれと依頼されているしな。おれらの活動に支障が出るのは明白だ」


「なら私らも出張れるね。そういうことで進めようか」


「よし。うちの戦力をいくつかに分けることになる。まず斥候が突入する。多少の偵察が必要だしな。それから──」



 ※※※



 ──突入部隊は斥候からの情報を待ってから切り込むこと。市内で募った協力者たちと共に敷宮と零課は三つの部隊を編成した。一つは八雲山に一足先に踏み込んで情報収集をする斥候部隊。そしてその情報をもとに奪還を行う突入部隊。最後に麓で連絡と連携をとる司令部。斥候の一部構成員はそのまま突入部隊に転身することになっている。人数が少ないゆえの苦肉の策であった。


 突入部隊を割り当てられた三笠は、半ば脅迫的に魔道具の確認をし続けていた。


(……竜骨のもとにモズがいる、かあ)


 ぐるぐると考えながら三笠は待機時間を食い潰す。正直なところ、奪還できる気が全くしない。たった一度のあの戦いで格の違いを理解してしまった。悶々と考えが煮詰まっていく。間違いなく今の自分の実力で無力化できる相手ではない。それを理解してしまっているのもあるのだろう。手入れが終わった後の魔道具から三笠は手を離せないでいた。


「うわ、こんなところにいたのか」


「……初瀬」


 不意に後ろから声がかけられる。三笠は振り向いてその人を見上げた。


「あっちで潮田先生が魔術のセッティングを手伝ってほしいって言ってたぞ」


「あ、分かった。すぐに行くよ。……初瀬、結局あれはできるようになったの?」


 魔道具を装備し直しながら三笠はついでとばかりに初瀬に問いかける。


「あれ? ……あー、うーん。ゼロが一になったぐらいかな。それでも魔道具の使い方を教えてもらったから、少しは役に立てるとは思うけど」


 どこか自信にあふれた目をした彼女はそう答えた。三笠にはそれが少し眩しく感じる。


 さすがの潮田も一晩で教えるのは難しかったらしい。それもそのはず、回復魔術は数ある魔術の中で最高峰の難易度を持つ。潮田ら魔術医が少ないのは単純に上手く扱える人間がいないからだ。


(まぁ、転華っていうリスクもあるし。誰も人殺しにはなりたくないよな……)


 その辺りのリスクは初瀬も説明を受けたはずだ。彼がそこを飛ばすわけがない。三笠は少しホッとした。


「それは頼もしいな。それじゃ行ってくるよ」


 初瀬は黙って、駆けて行く三笠の背を見送っていた。

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