第23話「竜冥会」
「三笠君、怪我はもういいの?」
手当てが済み、暇を持て余していた三笠に松島が話しかけた。
「あ、はい。潮田先生に治してもらいました。そこまで負傷はしていなかったので……」
「そう。それはよかったよ」
近くにあった椅子に腰かけながら松島は頷いた。
「あのー、なんで初瀬と一緒にいたんですか?」
「あぁ、それは……実は君らが出てからすぐに、見かけない魔術師がいるという情報が入ってね。念のために見に出たってわけさ。他に手が空いてる者がいなかったから、私が出てきた。って感じかな」
「そうだったんですか」
「そりゃあ、あんなの目立つでしょうよ。モズもなんであんなのに頼んだんだか」
「で、ですよね……」
三笠も頷きながら近くのドアの向こうを見る。そのタイミングでドアが開いた。
「あ、初瀬さん。どう?」
「どうもなにも……」
そう言って初瀬は肩をすくめた。
※※※
「……それじゃあ、お金は貰えてないってことですか?」
「んまァ、後払いだからそうだな」
「……」
初瀬はこめかみを押さえた。一対一での聞き取りは慣れているが、どうにもこの男の相手は間が抜ける。
(じゃあ結局、お金目当てじゃなくて本当に暇つぶしで襲撃しに来たってこと?)
目の前の、金髪で少し厳つい顔をしたこの男は、結局何をしに来たのか。初瀬はその意図が分からずに顔をしかめる。
「オレは二次っていうか、実質三次請けの魔術師だからなー。他にも依頼を受けてる魔術師はいたと思うけど」
「そう。じゃあ……上は? 貴方のすぐ上、二次請けの魔術師は誰?」
「んーいや、知らない」
「はぁ?」
「声だけしか知らないなァ。ところでさ、オレ抜け駆けしたからたぶん殺されるんだよ。このままここにいていい? 警察署なら安全だろーし」
「まぁ……どうせ色々問題があるので今日はいてもらうと思いますけど……結局何しに来たんですか?」
「さっきも言ったけど暇つぶしだって。仮登録って言っても登録魔術師と同類だし? 裏切者だったら殴ってもいいワケよ。なんだかんだムカつくし。そこであの大義名分が舞い込んできたっていうワケでさ。お金欲しさってーよか、ねェ?」
そう言って長柄は首を傾ける。
魔術師同士のごちゃごちゃだろう。それに対して初瀬は詳しく知らないため、突っ込むことはできない。ただ単純に理由ができたから……という風にしか見えない。
「殴る理由が欲しかっただけですか……あの、普通に犯罪ですからね」
「知ってる知ってる。分かってても治まらない腹の虫ってのはいるの」
ぱっと手を出して振りながら長柄はそう言った。これは分かっていないな、初瀬はそう確信したが重ねて注意する気は起きなかった。
「まー、他の連中はオレと違うらしいけどさぁ。てか、アイツどうやって魔術を使わずにオレに火つけたワケ?」
真面目な話に飽きたのか長柄は不思議そうに初瀬に尋ねた。そこには怒りも何もない、純粋な興味がある。
「……あぁ、それに関しては聞いていますけど、マグネシウムらしいですよ」
「まぐ……?」
「理科の実験で使うやつです。事前に手を加えていたから純粋なそれではないそうですが」
三笠いわく魔術的な改造を施し過ぎて、ほとんど原型は残っていないらしい。水に触れれば燃える──発動条件の幅を広げる補助として利用しているのだと言っていた。詳しい仕組みは初瀬にも理解できなかったが、首を傾げている長柄を見て説明はする必要がないと思ってしまう。
「そんなのあったか……?」
「あったはずですけど」
「ふーん……?」
「そんなに記憶にないんですか? ……魔術師にとって、そこまで興味がない事柄なんです?」
ふとした興味で初瀬はそう訊いてみる。すると長柄は大きく頷いて、やれやれと首を振りながらこう答えた。
「当たり前じゃん。一流目指すなら当たり前だし、そもそも魔術師として魔道具なり化学なりそんなもんに頼るのはねェ、魔道具は良しとしても化学はナイわ。誰でも同じ結果が出せんだからよ」
そう答える長柄の目を見て、初瀬は「魔術師連中は皆こんななのだろうか」と頭が痛くなった。
※※※
「そうですね……あの男は別に敵意とかないと思います。ただ……少し気になる情報がありまして」
「ふぅん? なにかな?」
「大社が竜骨を所有することに反発する魔術師がいるんですか? 大社と零課が協力している体制に反発をする魔術師もいると聞きました」
「……んー、あるにはあるね。独占してるようなもんだし、利権は全部大社が握ってる。出雲は古来からの魔術師がたくさん住んでいる街だから、魔術師そのものの母数も多いしね」
松島は腕を組みながら答えた。
長柄と話をする中で『警察と市内の魔術師組合が共謀して大社に贔屓してもらうことを狙っている』といった内容の噂が流れていると初瀬は知った。魔術師組合とは敷宮探偵事務所のような登録魔術師の育成や職務の提供を行う組織の連合組合だ。その規模はごく小さく、片手で数える程度の組織しか所属していないらしい。
「そもそも登録魔術師に対する反発がすごいですもんね……」
三笠が眉を下げながら相槌を打った。
「そうなの?」
「うん。政府に媚びを売ってるだとかそんな感じで言われるかな。登録制度ができてから仕事が減った魔術師もいるだろうし、不法な売買をする魔道具師はことごとく抱え落ちしたって聞くな」
長柄の言う『腹の虫』はここ由来なのだろう。なかなか根深い問題のようだ。三笠いわくそもそも登録魔術師が狭き門であり、なれるのは一人握りの魔術師だけなのだという。そこには金銭問題や、魔術師のプライド。監視官から魔術師に対する理解の浅さなど、とにかく問題が山ほどある。そのせいで新制度は当事者である魔術師たちに全く馴染んでいないのだ。
「ふーん、新しい制度ができるとよく起きる大量脱落ってわけね。それで恨みを買ってると……それをモズが利用したってこと?」
「かなぁ。二次請けしたところは向こうの方にいるとか……?」
三笠は首を傾げる。
「それにしたってあんたが名指しで狙われてるのは不思議だけどね」
「それは確かに……なんでだろう。僕より強力な魔術師はたくさんいるのに」
「もう知れ渡ってるからとかじゃない?」
初瀬の言葉に三笠は「そうかなぁ」と言いながらまた首を傾げた。とはいえ、初瀬も長柄が三笠の戦法などの詳細な情報を知っていたことは気になっていた。それに関して長柄自身は「二次請けのおっさん? から聞いただけ」と言っておりまるで参考にならない。これ以上彼から情報が得られはしないだろう。
とはいえモズに繋がるかもしれない重要な人物だ。松島と相談した結果、松島と浦郷が責任をもって見ておくことになった。
「……それで、初瀬さんに少し話があるのだけど」
ちら、と松島は三笠の方を見た。三笠はそれで彼女の要求を察したのか、さっと部屋の外に出ていく。変な空気が二人の間に流れた。部屋に二人きり。この状況は手伝いを言い渡されたあの日以来だろうか。
「何かあったんですか」
いつもと変わらない表情の松島に、初瀬は問いかける。
「何というか、謝罪と言うか何と言うべきか……私も分からないんだけど。まずそうね、初瀬さん、お父様のことはご存じ?」
意外な問いかけに初瀬は一瞬思考を止める。全くの想定外、斜め上の話題だった。
「……いえ。父とは中学の頃に別居してそれっきり……ですけど」
ちょくちょくあの家には行っていたが、父と出会うことは無かった。それが生活時間の違いのせいなのか、魔術的な仕掛けのせいだったのかは分からない。それでも初瀬は一度も会ったことがないと断言できる。記憶力に人並み以上の自信がある初瀬だが、父に関しては顔も声も、思い出せるかと言われたら自信がない。
「父が何か?」
「実は十二月二十六日以前から、行方不明になっているってね。正確には行方不明になったのが今年の十二月二十六日に発覚した、と言うべきかな」
初瀬は絶句した。
「これが何で発覚したかって言うと、町内会からの通報でね。少なくとも一年前から姿を見ていないということで、怪しいと思った町内会の人々が不動産に生存確認を依頼したそうよ」
「そんなことになっていたんですか」
「本当に関係が断ち切られていたのね」
「ええ。母は父のことを心からよく思っていませんでしたから……わたしも怒られるのが嫌で、会いたいと言ったことはありません」
嫌な思い出を思考の隅へ押しやりながら初瀬は返す。松島もそれ以上掘り返すべきではないと判断したらしく、軽く頷いて話を流した。
「そっか。それで結果なんだけど……家に人がいた痕跡はあったわ。けれどお父様自身の姿は確認できていない」
「……なるほど」
「さて、それでここからが本題なのだけど……このお父様がモズなのではないかという予想が立ってね。魔術師だし、最近の動向が全く掴めない。ヒルコ使いであるという話もある。全てのピースが揃っていたの」
「──もしかして、それでわたしは近親者に一応当たるから、一課から外されたってこと、ですか!?」
思わぬ答えに初瀬は声を大きくしてしまう。
「そういうこと。異動だのなんだの言っておいて申し訳ないけど、そんな事実はなかったり……ね。ま、人手不足は本当でね。こちらが困っているときに、向こうさんから推薦を貰った、と」
「…………」
推薦、向こうさん。
初瀬はそれが誰なのかすでに知っていた。顔に出てしまっていたのだろう。
「そんな顔するってことは、もう当人とは話したのかな」
松島は苦笑しながらそう言った。少し居心地の悪さを覚えた初瀬は視線を落としながら頷く。
「え、えぇ……まぁ、ぼちぼちと」
「勝手に色々と話を進めたことは謝ります。そして連絡が行き届いていなかったのもまた事実。これは私と千代田さんの連携不足ね。ごめんなさい」
淡々と松島は改善点を述べて頭を下げる。彼女と千代田はおそらく相性が悪い。こうなるのも仕方がないのではないか、と初瀬は思ってしまった。
(だってあの人だし)
よくないと思いつつも、初瀬は結論をまとめて小さく息をついた。
「それで……つまり、わたしはこの件が片付く、父がモズではないと証明されるまであっちに関わることができないってことですか?」
「まぁそうなるかな」
「しょうがないことですね、これはもう……」
万が一、庇うようなことがあってはならない。たとえそれが完全に縁が切れた相手であってもだ。捜査は公平でなくてはならない。初瀬はそれをよく理解していた。その理解が無ければどうなっていたことか。想像もしたくない。
「そうだね。でもまぁ、そういう事情があって今貴方はここにいるってことを、伝えておこうと思って」
「ありがとうございます。訳も分からない状態で、もやもやしていたので」
「そうだよねぇ。だって何も言われてないんだし」
のんびりと松島は言う。五割くらいは彼女のせいもあると思う初瀬だったが、何も言うまいと口を噤んだ。
「ああ、そうだ。三笠君―、戻っておいでー」
松島は思い出したかのように三笠を大声で呼びつけた。気の毒な彼は少しばたつきながらこの部屋に戻ってくる。
「さてと、二人とも。ここからも大事な話ね。実は昨晩の内に八雲山に救援隊が入っててね」
思った以上に、事態は進んでいたらしい。置いて行かれていたことに気づいた三笠は少し悔しそうな顔をしていた。その気持ちは分からなくもない、と初瀬も内心は同情を寄せる。初瀬が監視官でなければ彼もこちらに残ることは無かっただろうからだ。
「ただね、想定以上に事は深刻で。さらなる増援を要求されているんだ。そ、こ、で。二人にも向こうへ行ってもらいます。零課は一つしかないのに、その一つの課だけで県内をカバーしろと言われてねぇ。私も四苦八苦しているところなんだけど。頼めるかな?」
薄っすらとほほ笑んでいる松島の前で二人は顔を見合わせた。
「他にも手配はしているけど、迅速な対応が求められています。よろしいかな」
「分かりました。早速準備をしてきます」
初瀬が勢いのままに敬礼をすれば、三笠も慌ててそれに倣う。彼がそうする必要は全くないのだが、初瀬が思っていたよりも真剣な顔をしていた。
(多少は頼もしくなったな)
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