第22話「雷鳴」
段々と近づいてくる雷鳴に三笠は身を縮こまらせた。荒れる呼吸を抑え込んで、必死にその身を隠す。白い息が浮き上がっていくのを忌々しく思いながら辺りを確認した。いつぞや以来の城山、その雑木林の中だ。何度もえづきながらやっと呼吸を落ち着ける。ここからどう反撃するべきか、と思考を巡らせ始めたその時だった。
「見敵必殺ッ!」
「!」
三笠の頭上、木の葉がガサガサと鳴ったかと思いきやそこから襲撃者が飛び出す。金髪でレザーのジャケットを羽織った体格のいい男だ。口元は酷く嬉しそうにつり上がっている。転がるようにして三笠は男を避ける。一寸の隙を穿った打撃は、三笠が先ほどまで背にしていた木の幹に命中した。ミシミシと嫌な音が男の手元から立った。
(あんなのまともに食らったら、絶対骨折する!)
その損傷の深さに戦慄しながら、三笠は固唾を飲んだ。
「避けてばっかで話にならねェな。本当にお前は魔術師か?」
男──こと、
三笠は目を細めて長柄を見返す。
少し前の話だ。鑑識での用事を終えた初瀬と三笠は、一度松島に報告をしに行った。そののちに初瀬が日の出堂へ魔道具を取りに行くことになったため、三笠は一人城山をぐるぐると見回りも兼ねて周遊していた。
そこへ突然、名乗りながらこのガラの悪い男、長柄が登場し挙句の果てに三笠に殴りかかったのである。
「いや……なんなんですか。暇つぶしなら他所へ行ってください。僕は暇じゃないので」
若干引き気味に三笠は返した。たまに暇つぶしと称して手当たり次第に魔術師を襲撃していく者がいるが、彼はそちら側の魔術師なのだろう。げんなりとした様子の三笠を見た長柄は、硬そうな金髪をかき上げながら嬉しそうに口を開く。
「お金貰える暇つぶしを逃す手はナイでしょ! とりあえず、一応訊いておくけど降参する気ある? 生きてて意識があれば報酬二倍なんだけどさ。どう? 話し合いで済むならそれでいいって言うじゃん」
「そっちから先に殴りかかっておいてそれは無いだろ──!」
三笠の目の前で術式が、魔力が炸裂する。
隠し持っていた黒い石を術式目掛けて放り投げた。
「無名『三凌鏡』、開け!」
術式にぶつかった黒い石は瞬く間に強く白い光を放って散っていく。花火のように大きく拡散したそれは薄暗かった雑木林を明るく照らす。光が散り切る前に、と三笠は踵を返して駆け出した。
意志に反して足裏は上手く地面を掴まない。雪のせいで酷く湿った地面は走りにくくてしょうがない。
(とにかく無駄に戦うのは避けたい! 絶対に降参とかさせる気ないだろ……!)
「ザンネン! こっちだぞッ!」
「は!?」
文字通り光の速さで現れた長柄は三笠にローキックを食らわせる。完全な不意打ちに大きく姿勢を崩した三笠は、落ち葉を巻き上げて派手に斜面へ転がった。
(ダメだ、相手が早すぎる!)
思考を切り替えて三笠は勢いよく起き上がる。そこへ打ち込まれた蹴りを腕で受け、ぎこちなく流しながら距離を取ろうとする。
「やっとやる気になったな! けど、そんなトロトロ動いてていいのか?」
長柄は狂喜しながら再び三笠に肉薄する。稲妻のように速く強く駆ける魔力が弾ける。
「このッ! しつこいぞ!」
『春日雨』が展開されて弾幕が張られる。至近距離で放たれた光の幕を長柄は上に跳んで避けた。そしてそのまま三笠目掛けて落下してくる。何かしらの魔術を使っているのは確かだ。あまりにコントロールが正確過ぎる。
「ちょこまかと……!」
落下してくる長柄目掛けて、もう一度今度は縦長に『春日雨』を発動させる。
「させるか! 『
ぱっと赤い光が放散し稲妻が駆ける。一瞬で長柄の前に広がったそれは、ただの魔力弾だった弾幕をことごとく相殺していく。それに三笠は唇を噛みながら必死に転がるようにして飛び込んでくる長柄を避けた。
(突っ込んでくるだけかと思ったら、器用なことをするな……相手が悪すぎる)
再び距離を取ろうと足を動かしながら三笠は考える。ただ殴りたいだけの狂戦士ではないらしい。逃げようとしてもすぐに追いつけるほどの足に、爆発的な一瞬に賭けた力を持つ魔術。三笠とは真逆のタイプの魔術師だ。
「ぼーっとすんなよ!」
「!」
風を切って目の前に迫る拳を両手で受け止める。痺れるような強い衝撃が全身を走り、鈍く残る痛みを誘う。
「聞いた通り取るに足りないな!」
痛みをぐっとこらえて三笠は逃がさまいと長柄に掴みかかった。
(近接戦闘用の魔術は無い! けど!)
ぐっと踏み込んで魔術を発動させる。
「は、何を……!?」
先ほどと真逆の行動をとる三笠に長柄は困惑している。その身を掴む三笠の手元から火が上がった。それは舐めるようにして段々と長柄へ、そして三笠の方へと広がっていく。
「あ、アホなんじゃ!?」
「絶対に逃がすか……!」
絶対に離すものか、と三笠がその手に力を込める。しかしそれ以上に強い力で長柄はその手を振り払った。それでも火は消えない。
「燃やすか壊すかしかできないって聞いたけど、マジでそうだとは思ってなかったわ……!」
長柄は額に青筋を立てながら魔術で火を消す。三笠も己に燃え移った火を術式を解いて消す。魔術で生み出された炎は魔力の供給が途絶えるか、燃えるものが無くなるまで消えることは無い。
(これで近づいてきたらこいつはアホだ)
ぐっとつばを飲み込んで相手の出方を伺う。長柄は三笠の放火を警戒しているのか、先ほどのように突っ込んでは来ない。つま先で地面を蹴りながら少し苛立たしそうに火傷した箇所を庇っている。
強く風が吹いた。
烈風と共に繰り出された打撃は一瞬にして三笠の胴へと吸い込まれていく。そして浅く撃ち込まれた拳はすぐさまに引いていく。
(加速した!)
今度こそ掴み返すことのできない速度に三笠は目を見開いた。それでも目でその動きを捉えることはできない。
「『
短い詠唱と共に電撃のような鋭い蹴りが繰り出される。
「!?」
浅く入り、すぐに抜けていったはずの蹴りの衝撃はすさまじく、受け止めた腕が今度こそあらゆる感覚を一瞬で失う。全身を痺れるような魔力が駆ける。
(しまった、制御が奪われて──!)
その痺れはどんどんと三笠の持つ魔力と術式の繋がりを阻害していく。控えていた術式が全て反応を失うのに、そう時間はかからないだろう。長柄はバックステップで三笠から距離を取りながらまたにたりと笑った。
「さァて、魔術が使えない、格闘技もやってないお前からしたら降参するしかないんじゃないの? それとも気絶してから誘拐がお好みかよ」
「……絶対にお断りだ」
顔をしかめながらきっぱりとそう言い、反撃の一手を探る。少しの間、木枯らしだけがその場で動く。不意に三笠が動いた。少し経っても術式への阻害は消えない。攻撃手段を封じられたも同然の状態だ。
「! なにやって──!?」
三笠は足元にあった雪を丸めて投げた。それは長柄の顔に、肩に、腕に当たる。
「……」
それでも三笠は無言で雪玉を作っては投げ続けた。長柄は眉をひそめながらも三笠へ近づこうと前に出る。その時だった。
不意に彼の袖の辺りから火が出た。
「なっ!?」
「魔術は使えないはず」とその目は驚愕する。
「もう一発!」
三笠は続けて雪玉を投げる。手の温度で溶けかかった柔らかい雪玉は長柄にぶつかるなり水滴と共に砕けて散る。そして、今雪玉の当たった場所からもう一つ炎が出た。
長柄が困惑するその間に制御を取り戻すべく魔力を放出していく。元々持っている魔力の量が少ない三笠からすれば手痛い攻撃だ。それでもまだ反撃の余地はある。出来上がったチャンスをものにすべく、三笠は身構えた。
「降参してください。そうしないというのなら、ひと月の入院くらいは覚悟しろ!」
ぱっと魔方陣が花開く。燃え盛る魔力は術式に収束し小さなきらめきをいくつも作り出す。そしてすぐさま術式にセットされたパチンコ玉が、熱と光と共に勢いよく十字に撃ち出された。
「クソ、『
すぐさま防御に回った長柄だが、二重に展開された弾幕はそれを許さない。弾速にも迫る勢いのそれを、長柄は避け切ることができずに複数被弾する。一発であれば回避は容易だっただろう。しかし、術式が二重に展開されていたせいで、逃げた先にも弾幕があるという状態だ。
至近距離での攻撃ではあるが、魔力の消耗が激しかったためにそこまで強く撃ちだすことはできなかった。それを不安に感じていた三笠だったが、複数被弾はさすがに応えたのか長柄は血を流しながら膝をつく。戦意喪失は見て取れるが、好戦的な彼のことだ。隙を見せるわけにはいかないと三笠は警戒心を解かずに、身構えたままその様子を伺う。手にはいつでも撃ち込めるように複数のパチンコ玉を握っていた。
「フン、魔道具やら科学に頼ってる二流の割にはやるな」
「そうやって侮ってるからだろ」
三笠は嫌悪感を露わにしながらとどめを刺そうと右手を上げた。魔術師と化学は犬猿の絶対に相容れぬものだ。三笠の取る戦法は外道も外道。そんな当たり前の指摘ですら、今では火に油を注ぐこととなる。
「待って。落ち着きなさい」
その手を掴む者がいた。はっとして振り返ったその先には初瀬、そして松島がいた。
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