第19話「時間外営業」

 三笠は初瀬と共にまた県警へやって来た。モズのことでまだ居残っている人がいるのか、二十時半を回った今でもところどころ電気が付いている。初瀬は目星がついていたのか真新しい紙がファイリングされたクリアファイルを探して持って来た。


「やっぱり。もう出てると思ってたんだ」


 そう言いながら初瀬は三笠にもその中身が見えるように横に差し出す。覗き込んだその書面にはぎっちりと文字が詰め込まれていた。


「これは……?」

「今日の昼、あんたの目の前で死んだやつの詳細」

「あっ」


 そう声を上げて左上に貼り付けられた写真の方を見る。確かにあの時見た顔、写真の人物は同じ特徴を持っていた。


「……無理ならいいけど」


 横目で三笠を見ながら初瀬はそう呟いた。その言葉に棘はない。それに対して三笠は首を横に振る。


「い、いや。見るよ。でも、何が気になったの?」

「わたしはこいつと会ったことがある」

「……! 知り合い?」


 そう三笠が尋ねると初瀬は首を横に振った。


「いんや。城山でゴタゴタしたのは覚えてる?」

「あー、うん」

「わたしはとりあえずあの小学生の安全を確保してから、あんたを探しに行ったんだよ。雑木林に分け入ってね。それでやっと見つけたって思ったら、何故か側にこの人がいたんだよ」

「……あぁ! そういえば、誰か居た気がする。あんまり覚えてないし、そもそも顔は見れてないけど……」

「だろうと思った。でもわたしは見たからな」

「よく覚えてられるね? 一回しか見てないんでしょ? しかも短時間」

「顔覚えられないと一課の刑事とかできないって。──それで、見事にその人だったわけ。黒子の位置が一緒だし、覚えやすい」


 クリアファイルに入った顔写真を眺めながら初瀬は言い切った。


「……って言っても、この人は魔術師じゃないし、魔術師の家系でもなさげなんだよね」


 三笠も資料を覗き見る。既に零課か事務所の誰かが調べたのか、魔術師の関係者はおらず家系ではないと断定されている。既に出ている情報を鵜呑みにするのもよろしくないが、身内が出したとなればある程度は信用できるものだろう。


「じゃあ偶然出会っちゃった無関係の人っていうのが今のところ有力だね」

「そーね。家から物が無くなってるわけでもなさそうだし……保留かな。ところでさ、モズの被害者リストにある三笠ってあんたの家のこと?」


 話題が切り替わる。


「うん、そうだね」


 初瀬は松島に渡されていたメモを開きながら続けて問う。


「このメモとか資料には詳細が載ってないんだけどさ、盗まれた魔道具ってどんなものだったの?」

「あー、えーっと」


 そう言いながら一度言葉を切る。話すか、話さまいかやはり悩んでしまう。これは同業者である富士にも詳細は話していない。この場合は同業者だから、というのが正しいが。それでも初瀬なら、話しても問題は無いだろうと今の三笠には思えた。


「口外はしないで欲しいんだけど、小型魔力炉なんだ。しかも試製品で、一番新しかったやつ」


 強く前置きをしてから三笠は話す。初瀬はぴんと来ないのか少し首を傾げる。


「炉……? 燃やすの?」

「うーん。どちらかって言うと原子炉みたいな感じかな。そこを起点に少量の魔力を増幅させる装置。それの軽量化を図ったやつ。こういうのは大きくなりがちなんだ。一応家宝みたいなものでさ」


 術者が魔力を保有してさえいれば扱えると聞くが、詳細は三笠も知らない。完全に開発を引き継ぐ前に先代は死に、試製品は持ち去られ、設計図も欠けてしまっているからだ。それでもやはり、どこか納得がいかないことがあるのか初瀬はまた小首を傾げた。


「ふーん、家宝か。それってそんなに秘密にしなきゃいけないこと? 要するに発電機みたいなものなんだよね?」

「これが一般的だったら竜脈問題とかない……かな。今でもバチバチにやり合ってるところがあるんだよ?」


 竜脈を持っていない三笠のような魔術師は『水ナシ』と呼ばれている。竜脈の問題は水利権の問題と似通っている点があり、殺伐としているものそれほど魔術師にとって必要な物だからだ。水ナシはどうしているのかというと、魔道具で消費を抑えたり魔力晶と呼ばれる宝石類で補ったりするのが普通だ。それでもその方法はそれなりに金がかかるという大きな欠点がある。


「んじゃー……つまり、えー……術者が魔力さえ持っていればいいから小型半永久機関的な?」

「それが近いかも。どんな欠点があるか試運転する前に持って行かれちゃったんだけどね。まだ一つ、前作が残ってるけどだいぶ違うからあんま参考にならないんだって」

「それ、相当まずいんじゃないの? 科学技術で再現できたら戦争モノでしょ」

「だから秘密なんだって! それにアレは──」

「あれは?」

「あ、いや、さすがにこれはちょっと言えないかな」

「あー、そう。ていうかてっきり仇討かと思ってたよ。家族のさ」

「うーん、まぁある意味仇討にはなると思う。じいちゃんばあちゃんが人生懸けて作ったものだったわけだし」

「あぁ、それは確かに……俄然やる気が出てきたな。それじゃあモズは魔力が欲しかったのかなぁ」


 初瀬は首を傾げながらそう指摘する。


「あー……水ナシの可能性は高いなぁ。竜脈が持てる家なんて結構な名家ぐらいだし。当たり前と言えばそうなんだけど……」

「そうなんだ。ここに書いてある家は大体竜脈を持ってるの?」


 初瀬が被害者リストを指す。名だたる名家、そして三笠家の名が載っている。


「ウチ以外はそうだったと思う」

「ふーん? というと?」

「ウチの家は竜守だから、所有ってわけじゃないんだよね」

「竜守?」

「竜脈の管理を選任された家のことだよ。流れる量の調節をしたり、質の調査と維持をしたりするんだ。だから管理人として竜骨のすぐそばに住んでる。強い権限はないけど、ある程度発言権はある……あれ、でもなんで」


 竜守の説明をしながら三笠はふと顔を上げた。三笠家が竜守であることはそこまで有名ではない。それもそのはず、意図的に隠し通してきたからだ。三笠家が竜守であることを知っているのは本家である三条家とその分家それから周辺に住む有力な魔術師の家くらいだろう。


「……いやいや、そんなまさか」

「なに?」

「あぁいや、竜守ってそんなに大っぴらにすることじゃないからさ。襲撃されたりしたら困るし。竜守のコミュニティはあるけど……契約書があるから口外はできないだろうし」

「それじゃあ、コミュニティ内か知っている者の中にモズがいるかもしれないってこと?」

「いやいや、そんな……まさか」


 三笠は首を横に振るが初瀬の疑いを拭えない。もしそうだとしたらとんでもない話である。


「……でもそうだな。それにしては違和感があると思う。竜守ってことが分かっているなら、他を襲う必要は無かったんじゃないの? それも四件。一番最後に三笠家を襲う意味が分からない。犯人の狙いが竜骨ならだけど」


 そう言いながら初瀬は頭を抱えた。ここまでモズの捜査が迷走しているのは『何が目的でこの事件を起こしているのか』が不明だからだ。物的証拠が残りにくい魔術が絡む事件ではその動機が解決の糸口となる。それなのにこの事件は八年経った今でもその動機がよく分からない。当時の捜査が杜撰だったこともそれを加速させているのだろう。もう確かめようのないものもある。


「魔道具の傾向からして、やっぱり水ナシで大量の魔力が必要だったのかな」

「それは納得できるけど、何するのさ」

「うーん……大規模な儀式……だろうけど、候補が多すぎるなぁ」


 三笠はそう言いながらいくつかアタリをつけて記憶を探る。大規模かつ大量の魔力がいるとなれば、何かしらの神格の召喚や魔道具の作成の可能性が高い。他にも色々とあるが三笠に今ぱっと思いつくのはそれだけだった。


「儀式? なんかこう、盛大なやつ。映画とかでよくある感じの……」


 そう言いながら初瀬は手を動かしてなんとなく表現しようとする。三笠の目にはただおにぎりを作っているようにしか見えない。それに吹き出しそうになりながら三笠は己の知識に総動員をかけた。


「それかなぁ。八年前に失敗したからもう一度やろうとしてるとか? 月齢とか関係してるのかな? それならこのラグも納得できる気がする」


 そう言いながら三笠はスマホを起動して検索をかける。八年前の事件前後の天気と最近の天気、それから月齢や星の配置を調べた。その中からさらに魔術に関連することの多い星や星座を見ていく。


 しかし、いくら調べてもそれらしいものは見当たらない。彗星が来るという話も小惑星接近という目立った宇宙イベントの話もない。


「やっぱ、もっと違うところなのか──」


 「別の場所に目星を付けよう」そう提案しようとした三笠は口を閉じた。ドアの開く音がしたからだ。初瀬も気が付いたらしく入り口の方を凝視している。足音はまっすぐにこちらへと近づいてくる。そうこうしているうちに資料室のドアが開く。


「……何やってるんだ?」


 資料室に入ってきたのは浦郷だった。彼は「どうしてここにいる?」と言わんばかりに眉をひそめている。彼のことは一度だけ富士と共にあったことがあったため、三笠も知っていた。相変わらず難しそうな顔をした人物だ。


「少し気になったので調べ物を」

「ふーん……何が気になったんだ。あれだったら力を貸すが」

「過去のスペクターの動向について調べていました。スペクターの活発化の原因が分かればと思いまして」


 初瀬は平気な顔をして嘘をついた。三笠は手に持ったままのファイルをそっと閉じて抱きかかえる。装備している番号によっては何を見ていたのかバレてしまいそうだと感じたからだった。それくらいに浦郷の視線は鋭く冷たかった。


「あぁ、そういうことか……それなら竜脈が原因じゃないかっていう話が出ているぞ」

「竜脈、ですか?」

「あぁ、そこの魔術師は知ってるかもしれないがな」


 急な話の方向転換に三笠はきゅっと口を結んだ。当然知らない。知っていれば既に初瀬に伝えている。それを目で訴えると初瀬も察したのか首を横に振った。


「……これはどうせ明日通知されるんだが、どうも大社の方が先日の異変直後に調査隊を派遣していたらしくてな。それが帰ってきていないらしい。竜脈の枯渇が原因でスペクターが腹を空かせて暴れまわっているというのが今のところ有力な説だ」

「……嫌な予感がしますね」

「そうだろうな。なんせ精鋭が帰ってこなかったんだ。向こうも結構ピリピリしてるらしくて、明日にでも援護に来てくれと言われたよ」

「援護ですか」

「何者かが神域に居座っているのは間違いない、とのことだ。ところで……」

 浦郷が話を切り替える。その表情は不気味なくらいに『無』だった。

「何故ここにいる? 担当ではないはずだが」


 初瀬が息を飲むのが分かった。


「それはさっき──」

「違うな」


 そう言って浦郷は棚の前まで移動するそしてファイルの手前、棚の段を指す。


「ここの棚はしばらく放置していた。……殺人事件関連の棚だ。本来なら埃が被っているはずなんだよ。お前、いつもの癖でキレイにしただろ」

「……」


 さすがの初瀬も少し目を細めた。実際は初瀬ではなく、三笠が拭ったからだ。


「初瀬はともかく、魔術師まで入れるのは感心しないな。どういう訳かは知らんが」

「……彼はわたしについてきただけです。何の責任もありません」


 きっぱりと初瀬は言い切った。その瞳はまるで物怖じしていない。三笠は改めて彼女の肝の太さに感心した。それでも浦郷は手強い相手だった。疑いの目が晴れる様子はない。


「……黙って外したのは悪かったと思っている」

「え?」

「モズの捜査から外すよう指示したのは俺だ。だが恨むなよ。お前がそいつの監視官をしているから外さざるを得なかったんだよ」

「それは……どういうことですか。わたしはともかく、彼は被害者家族の一人かつ目撃者、そして犯人と同じ魔術師です。わたしたちでは分からないことも気が付けるんじゃないんですか」


 これまた強気に初瀬は返した。


「そうだ。『同じ魔術師だから』外したんだよ。犯人を殺されては困る……手加減ができるとも聞いていないしな。見たところかなり未熟なようだが」

「──、んな、」


 浦郷の返答に初瀬は言葉を失った。三笠も思わず息を飲んだ。『かなり未熟』という言葉が胸に刺さる。自覚していることでも他人に言われるとやはりその鋭さは違ってくる。


「事件『解決』には犯人の生存が必要不可欠だ。それは初瀬もよく分かるだろう。犯人が死んだら解決はできないということは、基本中の基本だろう?」

「わたしには、彼が犯人を殺すような人物には思えません。確かに不器用ですし卑屈で己の正しい評価を理解していませんが、人の道を外れるような人では決してありません」

「本当か? 勢い余って殺した、とか手に余るとかないのか? 人を巻き込みかけたことは? ──武器類を持たずとも、あんな破壊力を有しているその魔術師が本当に信じられるのか? お前だっていつ後ろから撃たれてもおかしくないんだぞ?」

「ちょっと待ってください」


 三笠は立ち上がり二人の間に割って入る。初瀬は「余計なことをするな」と小声で言ったがそれをあえて無視する。畏れながらも三笠は口を開いた。


「それに関しては僕からも思うところがあります。僕ら──特に仮登録の魔術師に関しては、不審な行動があった場合は射殺してもいい、という制約がありますよね。これは監察官側にしか通知されていないようですので、当然知っていると思いますけど。だから初瀬がずっと拳銃を所持していたことも、今も持っていることも知っています。それに、僕は何度も危ないことをしました。恐らくあなただったら撃っていると思います」

「……自首か?」

「いえ。初瀬はたぶん、何度か撃つか撃たないか迷ったと思うんです。それでも口で『どうにかしてくれ、他人の命を優先にしろ』と言ってくれました。魔術も結局は使う、使わないの意志で操作できます。そういうものですから。そういう意味では拳銃と一緒です。それで、僕は──僕は決して犯人を殺しません。元より僕の目的は仇討ではなく盗まれた魔道具を取り戻すことです。仇討で殺すなんて予定にはありません。それこそ、殺してしまったら魔道具の在処が分からなくなるじゃないですか」

「……よく言う。狂人が正気だ、と言っても信用できるわけがない。今だっていつでも撃つことができるんだろう? 術者の感情によっては術式が暴走すると聞いているが。拳銃には安全装置セーフティが付いているぞ」

 浦郷は表情を一切緩めないままそう言った。思わぬ反論に一瞬三笠はたじろいだ。浦郷という人は少し魔術に知見があるらしい。その瞳は自信満々に光に満ちている。


「犯人はお前を挑発するようなことを言うかもしれない。それでも衝動的に動かないという自信があるのか?」


 彼が言うことは三笠も理解していた。というより、世間一般から見た魔術師というのはこういう『化け物じみた人の形をしたなにか』なのだろう。目の当たりにするのは初めてだが、三笠は思った以上に堪えていなかった。それは直前に言われた初瀬の言葉のおかげなのか、自分がただ鈍いだけなのかは判断が付かない。


「安全装置は──ない、ですけど。そのために貴方たちは拳銃を携行しているのでしょう?」


 情けないことに言い返す声は震えていた。ハリボテの威勢は長く続かない。大見得を切ったはいいものを、本当のところはとんと自信が無い。


 己が挑発に耐えうることができるのか。なけなしの自尊心は答えを出さない。


「まぁいい。今回は見逃してやる。今回は、な。……好きにしろ。ただしここはもう閉めるからな」


 少しの沈黙の後に浦郷は踵を返し部屋を出た。ドアが閉まる音を合図に初瀬が大きく息をついた。


「はぁ……肝が冷えた」


 そう言いながら彼女は手に持っていたファイルを棚へ戻す。三笠も抱えていたファイルを棚へと戻す。一通り片付けが終わり、消灯を終えたところで初瀬は少し気まずそうに口を開く。


「てかさ、拳銃の話、いつ気づいたの? 魔術師側には力づくで取り押さえることもあるよ、としか通告してないって聞いたんだけど」

「あ、うん。そうだよ。いつ気づいたかって言われると……本当は会った時に違和感があって。でも確信は持てなくて……えーと、城山で倒れてた僕を運んでくれたのって、初瀬だよね。意識がはっきりしなかったから見えはしなかったけど声で分かって」

「うん。あぁ、あの時かー……そーね、確かにそりゃ気づくわ」


 初瀬は納得したように天を仰いだ。初瀬自身も少しまずいと感じていたらしい。


(それなのにコイツ、わたしについてくることにしたのか。馬鹿だろ)


 内心でそう突っ込みながら初瀬は気を取り直すように問いかける。


「それで、どうするよ」

「どうするって言われても……とりあえず今日は帰らないとなぁ。明日また連絡ありそうだし」

「それもそうだな。……何が起きてるんだか」


 外に出てみれば、また空を厚い雲が覆っていた。舞う雪と冷たい風に三笠は身を縮めた。遠くでふと、雪おこしが轟いた。

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