第13話「月と姉」

「もしもし?」


 深夜。二十二時を過ぎた頃に三笠の携帯に着信があった。今夜もまた、家ではなく敷宮探偵事務所で夜を明かそうと考えていた三笠は急いで外に出る。事務所には三笠の他にも富士と鷦鷯が泊っている。


 仮眠室の壁はそこまで厚くないため、既に寝込んでいる二人を配慮しての行動だ。外はすっかり冷え込んでおり、雪がちらついている。


『もしもし? 冬吾?』

「あぁうん、僕だけど。急にどうしたの」


 電話を掛けてきたのは姉だった。いつも通りなんとなく気になったから、という電話だろう。時間帯もいつも通りだ。


『定期連絡。最近どう? この前は雑務ばっかりだ―って愚痴ってたけど』


 予想通りの返答に三笠はどこかホッとする。姉から電話が掛かって来るときと言えばこの定期連絡と嫌なお知らせの時、主に訃報くらいだろうからだ。安心しつつ三笠は姉の質問に答えた。


「あー、それさ、やっと仮登録が済んで、本格的に働けるようになったんだ」

『へぇ。意外と時間かからないんだ。でもよかったじゃん、もう少しってところまで登って来たも同然でしょ』

「まぁ、そうだね。姉さんの方は最近どうなの?」

『んー、特別言うことはないかな。もう受験期だし。あとは頑張ってるところを見守るしかないんだよね』


 姉、こと三笠光希みかさみつきはそう話す。彼女は今、関西で物理の高校教諭をしている。今年は三年生のクラスの授業をいくつか担当したと三笠は聞いている。クラスはまだ持っていないらしい。


「そういえばそうだったなぁ。ねぇ、姉さん」

『なによ、急に改まって』

「んー……いや、やっぱいいや。あのさ、この前監視官の人と顔合わせがあったんだよ」

『へぇ。どんな人だったの』

「……なんかものすごく気とこだわりが強い人。良(よ)くも悪くも警察官っぽいなぁって。姉さんに似てるって言ったら先輩に『お前それは無い』って言われた」

『あはは、何それ。でも同感だわ。その先輩の言う通りだよ。ホント、我が弟ながらそこだけはいつまでも心配だわ! ってことは女の人だったの? まさか男と私を似てるって言ったの?』


 姉はひいひいと笑いながら三笠に訊き返した。きっと電話の向こうでは笑い過ぎて出た涙を拭っているのだろう。


「ちゃんと女の人だよ。結構男勝りっぽいけど……」

『あんたみたいなの相手ならそのくらいがちょうどいいと思うけどね。実際会ってないからなんとも言えないけど』

「そーなのかなぁ……結構価値観も違うし、大変だよ」

『価値観ねぇ。その点で言ったらあたしと冬吾も結構違うでしょ。そんなもんよ。むしろよかったわ。同じ価値観の人間内で籠ってると常識を忘れるしね。それにあんたは衝突を避けまくるたちだし。それだから親友も彼女もいないのよ』

「う、いないとは言ってない……」


 うんうんと教師らしいことを得意げに話す姉に、三笠は弱弱しく反論する。しかし姉はそれを綺麗にスルーした。


『ま、監視官が付いたってことはもうちょっとなんでしょ。頑張んなさいな。どうせ真面目なんだから、すぐになれる。あたしは手伝わないけど見守るくらいはやってもいいよ』

「うーん、そうだよね……」

『言ったでしょ、二度とやらないって。ま、そういうことだから。また近いうちに電話するわ。その監視官のことまた聞かせてね、んじゃ』


 そう言って姉は一方的に電話を切った。これまたいつも通りだ。三笠は電話を下ろし、ため息をつく。


 一際強い風が吹いて雲の切れ間から月が顔を出す。が、風に流された雲によってすぐに隠されてしまった。雪は道端に積もり始めている。薄赤い空を見上げて三笠はまた一つ白い息を吐いた。



「! あれ、富士先輩、寝てたんじゃ……」


 姉との電話を終え、事務所へ戻るとスタンドライトを前に富士が机に向かっていた。ついさっき起きたのだろうか頭の後ろには寝癖が付いている。


「あぁ、いや、師匠からの電話で叩き起こされたんだよ。ちょっと訊きたいことがあるからってな。それに答えたついでに、復習をしてたんだ。お前は?」

「僕は姉さ、えー、姉から電話があったので」

「そうか。なぁ三笠」


 富士は手元に目を落としながら静かに問いかけた。


「今回、モズが関わっていると思うか?」

「それは……」


 富士の目は本当に意見を求めているだけのように見えた。試しているようなそんな冗談を言っているようには見えない。


「ぶっちゃけどうよ」

「七割方、そう思います。手がかりがあのスペクターと魔力の性質だけですけど」

「なんで七割?」

「……先輩も分かってると思いますけど、殺された人の条件が合わないじゃないですか。でも模倣犯にしては雑だと思いますし、何かしらの変化があったと考えるのが妥当……だと思います」

「ま、そーね。お前には特別に先に教えるけど、雑賀里香の家から物がいくつか、無くなってるらしい」

「え、それって」


 三笠は思わず身を乗り出した。消えた物によってはモズの犯行であることを裏付ける証拠にもなるからだ。富士はそんな三笠をいさめるように首を横に振った。


「詳細はまだ不明だけどな。師匠に訊いてるのはその辺。真偽は不明だが魔道具があったらしい」

「それじゃあ、雑賀さんって本当は魔術師だったんですか?」

「短絡的に考えればそうだけどな。まぁでも、一般人の家に魔道具があるのは特別変じゃない。大抵は魔術師が上手いこと言って買い取ったり何かしらの拍子に売ったりしてるだろうけどな。それが偽物ってなら尚更だろ」


 富士の言い分には三笠も頷かざるを得なかった。モズには『魔術師を襲って殺し、その魔術師が所有する魔道具を持ち去る』という特徴がある。それを鑑みるに、今回の被害者である雑賀里香が魔術師ではないのは違和感があるのだ。魔道具は基本、手入れをしなければその効果を失う手のかかるものだ。もし仮に彼女が魔術師であったとして無抵抗で殺されるのだろうか。そんな疑問もある。


「……先輩は、モズが関わっていると考えているんですか?」


 己の予想はさておき、三笠は富士に尋ねる。彼はうーん、と小さく唸り横髪を引っ張る。毎度毎度同じところを引っ張るせいだろう、富士の癖毛は右の横髪だけ真っすぐになりかかっている。


「まぁそれなりには。証拠を出せって言われると出せないけどな。おれはモズが雑賀里香を魔術師と誤認したんじゃないかって思ってるんだよ」

「あぁ、なるほど……」

「そんなドジ踏むようなヤツとも思えませんけどね」


 不意に会話に乱入してきたのは鷦鷯鏡也ささききょうやだった。彼もまた寝起きなのか、眼鏡を手に持って仮眠室から顔を出している。


「仮にドジったとしても、八年もラグがあるのは変じゃないですか」

「悪い、起こしたか?」

「着信音で起きましたよ。なんで銃声なんですか」


 少し呆れたように鷦鷯は眼鏡を掛けながらそう言った。それを聞いた三笠は富士のあの着信音を思い出して吹き出してしまう。最初は三笠もかなり驚いた。そんな鷦鷯の抗議に富士は腕を組み、肩をすくめながら言い訳をする。


「そりゃ……師匠からの電話、出なかったらとんでもない量の着信が来るんだよ。お前もあの人に会ったら分かるって。すげー心配症なんだよ」

「知ってますよ、そのくらい。妹の師匠でもあるんですから」


 そう言って鷦鷯は近くの椅子を引っ張ってきてそこに座った。三笠も立っているのは疲れたと感じ、接客用のソファーに腰掛ける。


「あぁ、そうだったなぁ……てことは、妹弟子だしおれは兄弟子になるのかぁ」

「そんなことより、何を話していたんです? 内緒話ならこんなところでするべきではないと思いますけど」


 ちら、と三笠の方を見ながら鷦鷯は重ねて富士に抗議する。三笠は心なしか身を細くしてしまう。前々からこの鷦鷯鏡也という男とは相性が悪い。向こうは三笠のことが好かないらしいし、三笠自身も鷦鷯のことを少し苦手に感じている。お互いに相性が悪いと自覚しているのは不幸中の幸いか。


「だってお前寝てたじゃん」


 抗議を受けた富士は口先を尖らせながらそう言い訳をした。


「そりゃそうですけども」

「まぁいいや。お前もモズのことは知ってるだろうし。んでなんだって?」

「……十月事件は八年前です。いくらなんでも再犯にしては間が開きすぎじゃないですかっていう話です」


 鷦鷯の指摘はもっともだった。再犯、と言うにはあまりにも間隔が開きすぎている。八年となれば誰かしらが模倣していると言われた方が納得できるほどの長さだ。


「んまぁそうね。それはおれも疑問なんだよ。まぁでも、目撃者が言うんだし、モズの可能性は限りなく高いんじゃないの……って、あれ、言うの忘れてたか」

「聞いてませんけど」


 鷦鷯は腕と足を組みながらより一層不満そうにそう言った。


「それでコイツだけに話していたわけですか。なるほどなるほど……」

「そういうことだわな」

「目撃者ってことは……当時は十六ですか」

「あ、はい。そうです。大体そんな感じです」


 三笠は鷦鷯の言葉に頷いた。


「ちょうどいい。三笠、話してやれよ。おさらい代わりにな」


 そう言って富士はいつの間にどこかから持って来たコーヒー缶を開けながらそう言った。三笠としてはあまり、特にこの鷦鷯に話したくないのだがここまで来ると話さざるを得ない。隠せばきっとなにかしらやましいことがあると疑われてしまうだろう。腹を括った三笠はおずおずと口を開く。


「……分かりました。殺されたのは祖父母です。離れで二人一緒に魔道具作成に取り組んでいたところを襲撃されたようです。どういう手段であの二人が無抵抗のまま殺されたのか、今でも分かっていません。僕は……祖父母が襲撃された直後にモズと遭遇してしまって、殺されかけましたが姉が助けてくれたので死なずに済みました」

「……? 姉は魔術師か?」

「その時はまだ魔術師でした。今は違いますけど……」

「なるほど。その時にモズの魔術も、姿も見たと」


 簡単にではあったが三笠の話を聞いた鷦鷯は頷きながら内容を飲み込んだ。


「そこまで見られてて、なんで捕まってないんだよモズ」


 当然の指摘を鷦鷯がする。三笠は先ほど縮まった身をさらに縮こませた。


「そこなんだよなー。ま、警察も魔術師は難しかったんだろ。それにハッキリ見えたわけじゃないんだろ、顔は」

「はい。何せ殺されるところだったので……」


 背を丸めながら三笠は首を縦に振った。顔を見た、と言ってもモズは認識阻害の魔術を使っていたらしく、三笠にはその顔を正しく認識できなかった。モザイクが掛かったように全身もぼんやりと、色合いくらいしか思い出せない。そんな様子の三笠をみて鷦鷯はため息をついた。


「まぁ、しょうがないか……そういえばお前、雑賀の事件が起きた時にスペクターを取り逃がしていたよな」

「す、すみません……」

「別に。お前に期待はしてない。ちまちました作業が苦手なのは、目に見えて分かり切っている。──それでその時に魔術の気配はしたのか。使役するにしても魔術は使うだろうし」


 鷦鷯の質問に三笠はその時のことを思い出す。あの時は目の前に初瀬がいた。戻るように言った彼女を無視して三笠が前に出たのは、凍り付くような、あの独特の強い魔力を感じたからだった。それでも、なんとも言えない違和感がある。それがずっと気になって仕方がないのだが、その答えに心当たりはない。


「しました。し、モズの魔力と同じだったとは思うのですが……」

「なんだよ」

「未だに分からないんですが、なんか違和感があるんです。間違いないとは思うんですけど」

「なんだそれ。分かりづらいな」

「すみません。もう一度会ったら分かるかもしれませんけど」

「そりゃ難しそうだけどなぁ」


 富士が身体を伸ばしながらそう言う。相手は連続殺人犯、しかも魔術師だ。富士が難しいというのも仕方がない。なによりそんな機会があればまず、無力化をしなければならないだろう。三笠に魔力を識別する能力があれば別なのだが、あいにくそんなものは持ち合わせていない。それを心の底で三笠は悔しく思う。


「そもそもモズからしたら、お前は一番最初に殺したい相手だろうな。もしかしてだけど、モズはお前と雑賀を間違えたんじゃないか?」


 鷦鷯がとんでもない考察を投下した。


「家は隣だし。こんなところで吞気に寝られているからまだいいが」

「そ、そんなことって……あるんでしょうか」

「さぁ」


 鷦鷯は三笠に適当な返しをしながら、富士の机の上に積まれた資料を手に取ってめくった。


「ま、警戒は必要かもな。実際、魔術で殺したっていうのは分かっているが、どうやって殺したかっていう詳細は不明なまんまだ。本当に単純に串刺しにしたのか、内に入れてから炸裂させたのか……後者ならもうお前は死んでるか」

「富士先輩、怖いこと言わないでください」


 手段である魔術の特定ができていないのは、遺体の損傷が激しすぎるというのと魔術自体後に残りにくいという特性があるからだろう。三笠の表情が固まったのを見て富士はにへらと笑いながら手を振った。


「すまんすまん。たぶん単純に串刺しだと思うぞ。明日からはいづみも付くし、瞬殺されるってことは無いと思うぞ。お前もそれなりに頑丈だし」


 そう言いながら富士は頷く。本当に大丈夫なのかと三笠は不安に思いながら夜は更けていった。

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