第12話「モズ」
午後八時。敷宮探偵事務所には登録魔術師たちが呼び出され、退屈そうに会議までの時間を潰していた。そんな中に初瀬と三笠、そして春河と赤鴇は交じっていた。
「はいはーい、そんじゃ会議始めますよー」
そう言いながら奥から出てきたのは松島だった。怪我は相変わらずなのか、白い三角巾で左腕が吊られている。セミロングの髪を耳に掛けながら、松島は所長の机の前に出た。その後ろには富士が付いている。立場上は零課の方が上なのだろう。
「さて、それじゃあ先日の事件について現状報告と捜査方針をお話しします。とりあえずだけど、全員、市内で女性が殺害されたってことは把握はしてるかな? ……まぁ、今から説明するけど。それじゃ、富士。よろしく」
松島はそう言って富士の肩を叩いた。富士は少しめんどくさそうにしながらも前に出、紙束を片手に説明を始めた。
「殺されていたのは市内で働く二十七歳の雑賀里香、女性だ。現場は自宅のアパートだな。んで、問題は死に方なんだが」
富士はここで一度話を切った。
「体中を未知の物体が串刺しにしていた。まぁ、即死だわな」
その言葉に三笠が反応したのを初瀬は見逃さなかった。初瀬自身もこの死に方に心当たりがある。登録魔術師たちにも動揺は伝播した。一方、春河や赤鴇はぴんと来ていないようだ。
「予想通りっていうか、全く同じ手口の連続殺人犯を知っていると思うが、今のところ関連するようなモンは挙がっていない。ただ、魔術師が犯人であることは確定だ。前にも連絡があったように、ウチと零課がこれの捜査の中心になった。そんで、現場で目撃されたスペクターらしきものだが、その後の消息は不明のままだ。目撃すらされていない」
「現場で目撃? 逃がしたって聞きましたけど」
白いジャケットを羽織った女が口を挟んだ。スーツを着ていないことからこの女が零課のメンバーではないと分かる。女の指摘に富士は眉を下げ、少しめんどくさそうに訊き返す。
「どっから聞いたんだそれ」
「現場に行ってた
そう言って女は近くにいた眼鏡の男を指した。鷦鷯と呼ばれた男は眼鏡の位置を直しながら話を引き継ぐ。
「俺だけじゃないですよ。……未知の相手とはいえ、逃がしてしまったのは事実でしょう。先が思いやられる。やることが増えたんですから」
初瀬は名前こそ出ていないが三人は三笠のことを話しているのだと分かった。当の三笠はというと、どうとも取れない微妙な顔をしてその様子を見ている。
「これからの捜査にはその取り逃がしたスペクターの捜査も含まれているんですか?」
「まぁそうだな。というか、最優先事項だ」
富士の返しに登録魔術師たちは不満そうな顔をした。建前も何もない、正直な感情の発露を初瀬は見た。さすがの三笠も段々と居心地が悪くなってきたのか下の方を見ている。
「……それ」
「まぁまぁ、話聞きましょーよー。富士先輩も、これをぼくらに割り振るとは一言も言ってないじゃないですか」
赤鴇がわざとらしく会話に割り込んで流れを断ち切る。
その顔はぱっと見とても可愛らしい笑顔だが、そこはかとなく怒気が感じられた。あれだけ『先輩』と呼んで慕っていたのだ。当然と言えば当然だろうか。赤鴇の言葉にそれなりに力があったのは少し意外に感じた。
(まぁ、あの時はわたしが止めたしな……)
若干の責任を感じながら初瀬も赤鴇の言葉に頷いた。
「そうだぞ。んで、だ。これから捜査の振り分けを行う。って言うのもな、今日の夕方からスペクターの活動がさらに活発になった。どう考えてもあの霧が原因だろう。そっちの調査もしなくちゃいけない」
「てなわけで、零課だけじゃなく警察も全面協力で捜査を進めます。でも警察ができることには限りがあるからね。できて聞き込みとか、データベースの洗い出しだと思ってちょうだいね。やることは五つ。一つ、逃げたスペクターの捜索。二つ、被害者の情報の洗い出し、三つ、スペクターの駆除と見回り強化。四つ、登録魔術師の確認と調査。五つ、これは保険だけどモズについての調査」
「多いですね。……ところでモズ、っていうのは?」
「あぁ、そうか。お前の世代だと馴染みがないだろうな」
赤鴇の質問に富士が反応した。
「さっき言った殺し方と全く同じ殺し方をする連続殺人犯かつ魔術師だ。かの有名な十月事件の一端だな。魔術師だけを狙って殺し、晒上げるように串刺しにする。工房とか拠点を荒らして、そこにあった魔道具を盗んで去っていく変わり者だな。あんまりにも凄惨だから伏せられることが多い」
「じゃあ、雑賀里香さんは魔術師だったんですか?」
富士の説明を聞いた赤鴇は首を傾げた。この質問にはその場にいた、恐らくモズを知っているであろう全員が注目したのが分かった。
「いや」
しかし富士の答えは否定から始まった。
「それが帳簿には登録されていない。雑賀家も普通だし、魔術師ではない可能性が高いんだよ。さっきおれがモズだって言わなかったのは、殺し方は一致しているが被害者の条件が一致しなかったからなんだよ。関連性はないとは言ったけどな? 可能性はゼロじゃない。というか手段からして十中八九ヤツなんだろうがな」
富士は改めてそう言った。
「それじゃあ、模倣犯の方の可能性も、まだあるのか……」
眼鏡の男は唸りながらそう呟いた。
「そうだな。模倣犯にしては手ぬるい感じもするが、そういう意見もある」
松島も富士も彼の言葉に頷いた。
「そうね。それから、城山で出たスペクターについてだけど、正体不明。データベースにも該当する特徴がないってことで特定ができてないんだよね。さっきの五つに加えて城山のスペクターについて調べるのも追加ね。鷦鷯班と和泉班はこの城山のスペクターと登録魔術師の確認、東班と岩代班は見回り強化を。各々明日から動くように。以上!」
バラバラな返事が魔術師たちの口から発せられる。元よりまとまりを求めてはいけない人々だと認知していた初瀬でも、このまとまりのなさには言葉を失った。捜査一課と比べてはいけない。そう分かっていながらも開いた口が塞がらなかった。
そんなこんなで呆れている初瀬の横に、一人の男が立ち止まる。
「これ、サラの報告書」
「あっはい。ありがとうございます」
眼鏡の男はクリアファイルを三笠に手渡した。それを三笠は両手で受け取り頭を下げる。
「始末書、次は自分で書けよ。そんなに書く機会があっても困るが」
つん、としながら眼鏡の男はそれだけを言って去っていった。
(なんかヤなヤツ)
初瀬はそう思いながらその背を見送る。なんとなしに一課にいた上司を思い出す。今の間だけでもあの男から離れられると考えれば存外にここでの仕事も悪くはないと思える。……かもしれない。
「はいはい、ちょっといいかな」
そう言いながら初瀬に話しかけてきたのは松島だった。その両手にはファイルやコピー用紙の束を抱えている。
「えっと……じゃあはい、というワケで君らはモズの調査と逃がしたスペクターの捜索! スペクターの方を優先してね。一応」
頃合いを見計らって松島はメモ帳を初瀬に手渡しながらそう言った。
「これは?」
「これは前に調べたモズの情報。私が調べた分だから結構偏りがあるんだよ。その辺は気を付けてね。それから……」
「はいはーい。スペクター捜索には私も手伝いますよ」
松島の肩にもたれかかりながら現れたのはとんでもない美人だった。垂れ気味の優しい翡翠の瞳に艶やかな口元の黒子が印象的だ。
「や、
三笠はその女性のことを知っているのか、目を丸くして名前を呼んだ。八束と呼ばれた女性は「ふふん」と鼻を鳴らしながら腰に手を当てた。
「探し物、探し人なら私です。わざわざ月ちゃんに呼ばれてきたのですよ」
「初瀬さんは初対面だよね。この人は
松島はそう言って八束を指した。八束はその紹介に合わせてぺこりと綺麗な礼をする。
「魔術師、ですか」
「そ。唯一の魔術師だったんだけど……実家の方を継がなきゃいけなくなったみたいでね。ちょうど初瀬さんと入れ替わる感じで辞めちゃったんだ。逆に言えば初瀬さんが引っ張ってこられた元凶でもあるね」
意地悪に笑いながら松島はそう言った。それに対し八束はその柔らかな眉を寄せて抗議する。いちいち仕草がかわいらしい。あざとい、と言う人もいるだろう。
「んもう、月ちゃんそういう言い方止めてください。……えぇと、初瀬さんですよね。お話は聞いています。すみません、私が辞めたせいであなたを一課から離すことになってしまって」
「え、いえ、そんな。最終的には自分で決めたことですし」
初瀬が慌ててそう言うと、八束は眉を下げ「そう? 本当に?」と小さく言った。
「結局呼び戻されたから辞めた意味あんま感じないけどね。いづみの魔術は探し物とか探索に向いているから、貴方たちについて行ってもらいます。三笠君はいづみとは知り合いなんでしょう?」
「はい。以前お世話になりました」
「だよね。ってわけでそこまでぎくしゃくすることもないだろうしてことで。二人をよろしくね、いづみ」
「はい。お任せください」
八束は両手を合わせてにこやかに返事をした。ぱっと見刑事にも魔術師にも見えないが、よくよく目を凝らしてみればその動作は隙が無い。柔らかなあの翡翠色も時々探るように初瀬を見ていたように感じてしまった。やはりどんなに柔らかな態度を取ろうと隠せる仕事ではないのだと初瀬は思った。
松島はそんな初瀬たちの横にいた春河たちに声をかける。
「あと春河君たちはお使いがあるからそっち優先ね。日の出堂に行ってちょうだいな」
「了解っす! 協力が得られたんですか?」
「そうよ。昨日のうちに富士に連絡があったみたい。さすが師匠よね。愛弟子のことだからってすぐ連絡くれたみたいでさ。あっちに置いてある段ボール持って行ってもらうから」
「はーい。分かりました! それじゃ、渚ちゃんまたねー!」
「それじゃ、先輩、また明日―」
「トキくんははや帰ろうなー」
「はいはい、分かってますよ」
そんなやり取りをする二人を初瀬は見送った。敷宮探偵事務所は消灯を始める。
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