第11話「ギフト」

 午後、十九時を過ぎた頃。三笠があのタコ足らしきものに吹っ飛ばされた後、初瀬は一人で少女をかばいながら城山を抜けた。三笠を探しに行くかどうか迷ったが、恐怖のあまり気絶してしまった状態の少女を放っていくわけにもいかず道に出ることにした。初瀬自身も度重なる戦闘で疲労していた。何より、己の作り出す魔力に酔い、頭痛も酷かった。


 これ以上戦えば魔力に己が飲まれてしまう危険がある。自身のためにも初瀬は道へと飛び出した。そしてそこでちょうど到着した救援隊と春河に遭遇した。


 春河に少女を任せ、初瀬は三笠を探しに行った。無事見つけ、回収した後に初瀬は三笠と共に潮田診療所へ連れていかれた。不機嫌そうな院長に山ほど文句を言われながら、手当てを受け、先ほど解放された。


(すごい勢いだったな……)


 初瀬はそう思いながら院内に戻る。潮田という人は、口は悪いが心底患者のことを思っているらしく、文句を付けるのも体のことばかりだった。初瀬の人格を否定するようなことは一切言わなかった。


 いい医者がいたものだ。一課の刑事たちの口の悪さとは違う。


 初瀬はその後頭痛がしてきたので外で一服していたが、すぐに身体が冷えて一本吸い終わる前に建物内へ戻った。暖房の効いた部屋へ戻るべく廊下を歩いていた初瀬は、前から来た人物に気が付いて足を止めた。


「三笠……無事だったんだ」

「あー……えっと、ごめんなさい。油断してたっていうか、僕の実力不足なんだけど……」


 三笠は咄嗟に軽く頭を下げて申し訳なさそうな顔をした。初瀬はそれに若干むっとしながらも首を横に振った。


「いいよ別に。あの後攻撃されることは無かったし。それより怪我は?」

「だいぶやられたみたいだけど、潮田先生が治癒魔術かけてくれたから。もう大丈夫です」

「そう。それはよかった」


 初瀬と同じく潮田にこってりと絞られたのか、三笠は少し疲れた顔をしている。それでもこうして会話ができたり立って歩けたりする辺り怪我は本当に問題ないのだろう。見た感じ派手に傷があるようにも見えない。


「……あの、ちょっと訊きたいことがあるんですけど」

「何? ……いいや、あっちで話そう」


 そう言って初瀬は廊下の先にある、休憩室を指した。あそこなら暖房が付いている。頭痛の心配もないだろう。三笠は初瀬の提案に頷き、そちらへ向かった。


「それで訊きたいことって?」

「そのー……魔術師じゃないっていうのは前に聞いたんですけど」

「あぁ、それのこと」


 初瀬はそれですぐに三笠の疑問が分かった。初瀬としては職場で知られた以上、隠す必要もない。特にこの三笠に対しては己の手札を明かしても問題ないだろうと感じていた。それが油断か、信頼なのかは分からないが。


「別に……そうだな。とりあえず敬語止めてくれる?」

「えっ」

「さん付けもしなくていい。呼び捨てされる方が慣れてるし」

「そ、そうなんだ……」


 初瀬の言葉に三笠は控えめに頷いた。初瀬としては呼び捨てされたり多少口が悪い話し方をされたりする方が馴染みがある。敬語で話しかけられると調子が狂うまであるのだ。歳はほぼ同じ。何の問題もないだろう。


「それで、わたしが魔術師じゃないのに、って話だろ? 魔道具使いって言うとちょっと違うから、なんて言えばいいのか分からないんだけど……えぇと、わたしは異能力ギフト持ちでさ」

「! じゃあ、もしかしてあの魔力は」

「そうだよ。異能力でできてる。ただ、知ってるとは思うけど異能力はコントロールできないでしょ。でもそれだと普段の生活に支障をきたすからって、魔道具で無理やり封印してたんだよ」


 初瀬の説明に三笠は深く頷いた。やはり魔術師ということで異能力についてはよく知っているらしい。


「じゃあ……無限に魔力を生み出す異能力ってこと?」

「そう」


 この能力はとにかく目立つ。


 それ故に初瀬はスペクターに襲われたり、魔術師に変な勧誘を受けたりすることがあった。異能力持ちはそんなこともあるため、己の能力によって身を滅ぼしてしまう者も多い。開花してもいいことがあるとは限らないのだ。


「……とある人がわたしにあの魔道具を貸してくれて。出世払いでよろしくと言われていたんだけど、就職してからは会えてないな。刀が鞘に収まっていればあの刀が魔力を食ってくれるから、疑似的な封印ができるんだって」

「そんな器用なことができるんだ……すごいな」


 三笠は心底感心したようにそう呟いた。その目にはどこか羨望にも似た光が宿っている。


「これで納得?」

「とりあえずは」

「んじゃわたしも訊きたいんだけど」

「いい、けど……何を……?」


 三笠は何を訊かれるのか予想が付かないらしく、少し身を固くしている。


「あの時、あの子が巻き添えになる可能性ってあったの」

「……! あの時って、あの腕に遭遇した時?」

「そう。あの時あんた攻撃しようとしたよね。どういうつもりだったのか、未だによく分からないんだけど」

「あれは……」

「別にあんたの魔術がどういうものか知らないし、アレに太刀打ちする能力もない」


 少しだけ悔し気に初瀬はそう言った。足手まといだけにはなりたくない。そんな自我を抑え、話を続ける。


「ただ、人を巻き込む事だけは看過できない。監視官としてではなくて、警察官としてそれは見過ごせない」

「……」


 強い口調できっぱりと初瀬はそう言い切った。少し出過ぎたことを言った、という自覚はあるが、明確な線引きは必要だろう。三笠は少し目を伏せた。


「わたしがいいたいことはこれだけ。ここは明確な線引きをしておきたいから。次やったらあんたを攻撃することも厭わない」

「分かった。気を付けるよ」


 三笠はしっかりと頷いたが、その目はどこか不安げだった。それを変だと思いながらも初瀬は話題を変える。


「そういえばだけど、あの城山公園にいたアレって何?」


 アレ、というのはもちろん城山で遭遇したあの無数の青白く光る手だ。初瀬がそれについて触れると三笠も心当たりがないのか首を傾げた。


「それが……僕にも全く覚えが無くて。すみません。一応スペクターについては勉強してたんだけど、アレっぽいのは見たことがなかったな」

「ふーん、なら後でそっちの詳しい人たちに訊くしかないか……」


 初瀬も腕を組んで記憶を探るが、当然知っているはずもない。これまでに遭遇し、返り討ちにしたスペクターのことを思い出すがアレに該当するものはない。完全なるお手上げだ。


「さて、どうしたもんか──」

「だぁああああ! すいませんッ! マジ、ホント、勘弁してくださいって! オレが悪かったですからぁ!」


 突如廊下から聞こえてきた絶叫に初瀬も三笠も目を丸くしてそちらを見た。そっとドアを開けて覗き込んでみれば、診察室から飛び出してきたであろう春河進一とそれを押さえつける赤鴇が廊下にいた。


「あっ、先輩! ご無事でしたか!」


 赤鴇は春河をねじ伏せながら三笠に向かって笑顔でそう言った。そんな状況に初瀬も思わずぽかんとしてしまう。


「ちょ、トキさ……むり、許して……」

「赤鴇……離してやりなよ……」


 半泣きの春河を可哀想に思ったのか、三笠が眉を下げながら赤鴇にそう言う。


「でも先輩、この人離したらすぐ逃げますよ。まだ手当の途中なんです」

「こんなの怪我人の扱いじゃない……ッ」


 不満げな赤鴇の下で春河は呻くようにそう言った。それでも赤鴇は春河を信用していないのか、その手を緩めない。


「ていうか春河さん、怪我したんですか?」

「してな」

「しました。この人魔術が使えないのに、どんどん前に出て行っちゃうんですから。むしろこの程度で済んでいるのが不思議なくらいです」


 そう話す赤鴇は春河の身体のあちこちにできた打撲痕を指す。


「とりあえず骨折してないかの確認が終わるまで大人しくしててください。もうすぐ会議あるんですから。先輩、もしぼくらが会議にいなかったら、進一のせいだと思ってください」

「あ、あぁ……うん、分かった」


 三笠は若干引き気味に頷いた。初瀬は最初、春河が保護者で赤鴇が面倒を見られていると思っていたのだが、どうやら逆だったらしい。春河は赤鴇に引きずられて診察室の中へ消えていった。

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