第9話「竜脈と竜骨」

 日の出堂を出た三笠たちは真っ先に目の前にある松江城へと向かった。


 鷦鷯明里、および日の出堂からの依頼は次のようなものだった。


『その、昨夜からなんですが……竜脈が枯れているんです。最近スペクターの活動が活発だって言うじゃないですか。竜脈が枯れてからは特にひどくなったと思うんです。ウチは一応結界の中にあるからまだいいんですけど……竜脈が枯れているので、いつまで持つか分かりません。それに、リソースが無いということになるので修理も満足にできないんです』


 要するに水道竜脈が止まったからその根元の一つを見てきてほしい、というものだ。


 いまいちぴんと来ていない様子の初瀬と春河に、三笠はそう説明した。


「それじゃ、ぼくたちは南側の竜脈を見てきます」


 赤鴇たちと別れた三笠と初瀬の二人は北側、城山稲荷神社に近い入り口から城山に入ることになった。城山の中に作られた道は、ばらばらと人が歩いている。今日は何のイベントも無い。それならばこんなものか、と三笠は感じた。


「そもそも竜脈って何?」


 先ほどの説明では満足できなかったのだろう。初瀬がどこか遠くを見ながら三笠に尋ねる。


「さっき言った通り魔力が通ってる水道みたいなものです。魔術師にとってはかなり大事なものですね。所有している魔術師は他と区別され特別扱いされるくらいです」

「……かなりの大事じゃないの?」

「そうなんですが……先輩方から何も言われなかったのか気になりますね。とりあえず城山にある竜骨、えぇと、水源地、みたいなところを見てから報告しに行った方がいいかもですね。一応城山は敷宮の管轄外なんですけど……」


 そんな話をしながら歩を進める。三笠ののんびりした歩みに合わせているのか、初瀬は三笠の三歩後ろを歩いている。管轄外とはいえ日の出堂からの頼みだ。確認するくらいであれば問題は無いだろう。スペクターが発生しても無視すればいい。


「ふーん。……なんか、冷えるな」


 不意に初瀬がそう呟いた。


「……言われてみれば確かにそう、ですね……?」


 ふと、強烈な違和感を覚えた。視界が白っぽい。何事かと辺りを見回した頃には辺りは真っ白になっていた。一瞬の出来事に三笠は目を白黒とさせる。


「え、な、」


 初瀬も初瀬で何が起きたのか分からないせいか、辺りをしきりに見回し気にしている。その間にも空気は冷え、手はかじかむ。


「竜脈が枯れると霧が出るの?」

「聞いたことないですね……明らかな異変です。早く確認しに行きましょう」


 そう言って三笠は駆け出した。霧で視界が悪いものの、まだ移動に困るほどではない。動けなくなる前に目的は達成しておきたい。


「ちょ、危ないんじゃ……!」


 初瀬もその背を追うようにして追いかけた。城山稲荷神社の鳥居を抜け、その先にある古井戸を目指す。


「うわっ」


 角を曲がった三笠の懐に小さな何かが飛び込んできた。かなりの速度だったが突進力が弱かったおかげか、三笠は体勢を崩すことなくそれを受け止める。彼の懐に飛び込んできたのは小学生くらいの女の子だった。赤いランドセルを背負い、目にいっぱい涙を溜めて小さくさえずるようにこう言った。


「た、助けて……」

「え……!?」


 強く三笠のコートを握りながら少女はしゃくりあげ始めた。そこへ初瀬が駆けこんでくる。


「な、何事?」

「さぁ……」


 三笠も初瀬も困惑しながら少女へ視線をやっていた。が、すぐに異変を感じ井戸の方、拝殿の手前へ目を向けた。


「っ!?」


 井戸には簾で蓋がしてある。その間からずるり、と何かが這い出た。青く淡く光を放つ白いそれは明らかに普通のものではないと理解できる。それを目にした三笠は腹に霜を生やしながら一歩後ろに下がった。


(あれは、スペクター……? でも、今まで見たことがないタイプだ)


 その姿かたちに見覚えは無い。初瀬も警戒した様子で姿勢を低くした。三笠は咄嗟に攻撃態勢を取ろうとして、少女がいることを思い出す。動こうにも上手く動けずに大きな隙ができる。


「あ、しまっ……!」


 そこへチャンスと言わんばかりに白い手がいくつも三笠に向かって伸びていく。


「クソボケ! 邪魔!」

「多少は仕方な、んなっ!?」


 反撃態勢を取ろうとした三笠の肩を誰かが思い切り後ろに引く。背後に関しては完全に油断していた三笠は背中から勢いよく、少女を抱えるような形で地面に転がった。


「なに平気で反撃しようとしてんの!?」

「いや、僕だって死ぬかと思って!」


 鞘に収まったままの刀で腕を打ち払いながら、初瀬は三笠に文句を言う。


「もっとちゃんと考えて、その子のことも! ぶっ放すしか能がないの!?」

「んなっ!? そんなことないですって! だったら僕はどうすりゃよかったんだよ!」

「わたしがいるだろうが。戦力に数えられてないのかは知らないけどさぁ! 不満なんですけど!」


 初瀬は勢い任せにそう口走った。彼女の目は一点の曇りすらない。それどころか怒気を感じる。魔術師ではないから、と戦力に考えてないのは事実だった。三笠としては数えるべきではないと考えていたが、それが初瀬の癪にさわったらしい。


 三笠は少し目を丸くし、困惑しながらも少女を抱え上げた。


「そ、それなら……とりあえず逃げる、でいい?」

「お願い」


 三笠はその軽い少女の身体を抱え走り出した。その三笠の前を塞ごうと腕が一斉に動き出す。それを初瀬がまとめて斬り裂いた。文字通り血路を切り開きながら、二人はゆっくりと、それでも確実に進んでいく。


「! 初瀬、後ろにも!」

「くそっ、キリが無い!」


 息を切らせながら初瀬が咆えた。また一つ、迫ってくる白い腕を斬り落とす。斬って、斬って、斬って斬って斬って。技、というよりかは半ば力任せに殴りつけるような斬撃を繰り出し続ける。そんな彼女にも少し疲労の色が見え始めた。機動力はあるものの、攻撃手段はあまり持ち合わせていないらしい。


「初瀬さん! お願いします!」


 攻撃の波が止んだその一瞬を突いて三笠は前に出る。もちろん少女を初瀬に預けてからだ。逃げながらいつでも繰り出せるように準備していた術式を起動させる。冷たい空気を己の魔力が塗り替える、そんな心地よい感覚を三笠は覚えた。


「っ!?」


 そんな心地よさを冷たい空気が高波となってかき消していく。今までに無かった現象に三笠はぎょっとする。


 術式が未知の何かに侵食され置き換わっていくのが分かった。そうはさせまいと、三笠は急いで術式の制御を取り戻そうとする。魔力が火の粉となって霧の中に舞った。


 役割の持てなくなった、余剰魔力が己目掛けて降りかかる。


「このっ!」


 精いっぱいの力を込めて術式から魔力の塊を放つ。二段に組まれた魔方陣を通過した光弾は細かく分かれ、弾幕を形成した。それが腕に覆いかぶさっていく。


「三笠! 今だッ!」


 初瀬の声が逃走の合図となって三笠の足を突き動かした。酷い痛みを訴える右手を抱え、三笠は初瀬の背を追う。ここで初めて、三笠は初瀬の背を見た気がした。


 未だに晴れない霧の中、三笠たちはコンクリで舗装された道を外れて軽い傾斜のある山道へ入っていく。背後を気にしながら三笠は自分の右手を確認した。先の攻撃の際に無茶をしたせいでまだらに火傷をしていた。


(さっきのは、術式が消されかけてたってことでいいのか……!?)


 未だに困惑する頭を抱えながら必死に初瀬の後を追う。いつもであれば絶対に使わないが、魔力の塊である竜鋼をも使って術式を起動しては弾幕を張る。クールタイムの間はひたすらに回避に専念する。腕は近いからなのか、三笠ばかりを執拗に狙ってきていた。


 少し遠回りになるが、道なりに進んだ方がよかったのだろうか。今更なことを考えながら、三笠は必死に足を動かす。軽い傾斜が確実に疲労を蓄積させていく。


「しまっ!」


 道に転がっていた枝を踏み、三笠は体勢を崩してしまう。手は一斉に三笠に襲い掛かった。


「どんくさいな!」


 前方、進行方向から初瀬の声がして何かが迫り来る手を弾いた。地面に転がったそれはそこそこの大きさの石だ。一瞬だけできたその隙を突いて三笠は立ち上がる。そしてそのままの勢いに乗せて魔術を発動させる。不十分ではあるがクールタイムは稼げた。少しでも大きな隙ができれば、その分距離が稼げる。意を決して魔力を注ぎ込む。詠唱も飛ばすことになるが、このチャンスを逃すわけにはいかない。


 周囲の水気が勢いよく蒸発していくのが分かった。魔力と術式によって生み出された激しい熱波は霧を晴らし、暗い森を焼く。手たちは溶けるようにして薄闇に消えていく。確実な手ごたえをその目で見て感じた。が、そこへ飛び込んでくるものが一つ。これまで見てきた腕とは違い、一回りも二回りも太いタコ足のような触手が一本。攻撃が終わった直後の隙を鋭く突いた反撃はしっかりと三笠を捉えていた。

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