第8話「日の出堂」

 松江城下には多くの結界が張り巡らされている。一番大きな結界は堀を利用したもので、この城下町の守護の一角を担っているらしい。堀の形が松江城建築当時から大きく変化していないのは、そういった裏事情があるからだ。


 そんな話を赤鴇から聞きながら、堀川のほとりにある小さな骨董屋、出堂でどうに初瀬たちは訪れていた。


「すみませーん、敷宮の三笠ですー」


 三笠が半開きの戸に半身を突っ込みながら中に声をかける。


「こんな所に骨董屋ってあったんすねぇ。知らなかったっすわ」

「わたしも初めて知りました」


 初瀬と春河は半歩引いた場所でそれを眺めていた。春河と同じく初瀬もこの場所に骨董屋があったというのは知らなかった。一応この街で生まれ、育ってきたのだが一度も見たことはなかったのだ。


 ここにもまた、魔術的な仕掛けがされているのだろうか。


「あれー……?」


 中から返事が無いのか、三笠が首を傾げながら店舗を見上げる。この日の出堂は入り口が狭く、奥行きがあるタイプの木造建築のようだ。小綺麗なせいかそこまで年季が入っているようには見えない。


「あっ!? います! いるんです!」


 三笠が何度目かの呼びかけをしたのちに、二階の方からそんな声がした。ベランダのようになっている二階部分の窓から慌ただしく少女が顔を出す。羊の角のように三つ編みをくるっと前へ持ってきている、独特な髪形をしたかわいらしい子だ。紺色のセーラーの上からパステルピンクのエプロンを身に着けている。制服のかわいらしいデザインからして市内の私立の学生だろうか。


「あ、よかったー」


 人がいることに安心したのか、三笠はほっと胸をなでおろした。


「ちょ、ちょっと待っててくださいね! 今降りますか……ら!?」

「え?」


 窓から身を乗り出していた少女が体勢を崩した。



「いや、ホントごめんなさい!」

「あぁー、大丈夫。気にしないで」


 濡れたタオルを顔に貼り付けられた三笠が、必死に謝る少女をなだめる。あの直後、少女が身を引こうとした拍子にベランダに置かれていた水やり用の桶が三笠目掛けて落下した。少しだけ中に入っていた水が見事に三笠に被った上に、見上げたその顔に桶の底が直撃した。


「いやー、ピタゴラスイッチみたいだったよ。オレあんなアニメみたいなの初めて見たわー」


 春河が感心したように呟く。幸いにも三笠は無傷だった。少し額と鼻の頭が赤くなっている程度だ。それでも少女は気になるのだろう。心配そうにいくつもの保冷剤を抱えている。


「ほんっとにすみませんでしたっ! お怪我が無くてよかったですー!」

「いや、ホント気にしないで! 僕、人より頑丈だしこの程度ならよくあることだから」

「そうですよね……よく柱にぶつかってらっしゃいますよね。……ところで、本日はどうしてこちらに? 魔道具の新調ですか?」


 少女──鷦鷯明里ささきあかりはぺこぺこするのを止めて話題を変える。


「あ、これなんだけど……富士先輩がお師匠さんにこれを渡してほしいって」

「お手紙ですか。分かりました。師匠が帰ってき次第お渡ししますね。急ぎですか?」

「たぶん。事件捜査の協力をお願いしたいって言ってたし」

「分かりました。それなら手紙が来たことは先に連絡しておきましょう」


 鷦鷯明里は手紙をエプロンのポケットに入れ、メモ帳に何やらメモをして一緒にそこへしまい込む。三笠たちがそんなやり取りをしている間、初瀬は店内を眺めていた。


 明らかに値打ちものだろう花瓶や白磁の皿、大きな甕に刀剣類。骨董品が所狭しと並べられている。地震が起きようものなら大惨事は回避できないだろう。そのくらいにぎゅうぎゅうに床の上にも棚にも骨董品が詰め込まれている。


「ところでところで……そちらのお兄さんとお姉さんは初めてですよね? 新メンバーですか?」

「あ、いや、この人たちは──」


 鷦鷯明里は初瀬と春河に視線をやりながらまた話題を変えた。己に話題が移ったことを察知したのか、春河が鷦鷯明里の前に出た。


「初めまして! オレ春河進一っていうんだ! ヨロシク!」


 身を屈めわざわざ小柄な鷦鷯明里に目線を合わせながら春河は自己紹介をした。その様子を相方である赤鴇は『また始まった』と言わんばかりに白けた目で見ている。


 話しかけられた当人である鷦鷯明里は少し驚きながらも小さく頭を下げた。


「えぇと、魔術師の方ですか?」

「いえ! オレはマジの一般ピーポーなんすよねぇ。一応警察官やってます」

「け、警察官さんなんですか」


 鷦鷯明里が驚いているのはただ単に春河が警察官だからではないのだろう。初瀬はその光景を見ながらそう思った。初瀬に話しかけてきたときもテンションが高かった。恐らく異性に対しては皆こんな話しかけ方をするのだろう。初対面の時も思ったがとても分かりやすい人物をしている。


「同僚がすみません。わたしは零課の手伝いをしている初瀬渚といいます」


 頃合いを見計らって初瀬が会話に割り込んで自己紹介をする。その自己紹介を聞いた春河はぱっと目を輝かせた。


「え、渚ちゃん、今オレのことなんて……?」

「……同僚」


 先輩、と呼んだ方がよかったのだろうか。しかしそれにしては嬉しそうである。


「うんうん、そうそう! オレ、今は渚ちゃんの同僚なんだすよねぇ! 今までずーっと後輩ナシ同僚ナシだったからなんかいいわぁ」

「期間限定だけどね」

「そう言わないでって! 明里ちゃん……あ、明里ちゃんって呼んでいい?」

「あ、はい。お好きに呼んでいただいて。じゃあお二人とも、もしかして魔術師ではないのですか?」

「うん、まぁ」


 鷦鷯明里の質問に初瀬と春河は顔を見合わせてから頷いた。


「なるほどです……噂の零課さんに会えるとは思っていませんでした」

「噂?」

「はい。お話はかねがね聞いていたのですが、実際にお会いすることはなくってですね……お師匠は何度も零課の方に会っているみたいなんですけど、私みたいな鑑定士、しかも見習いだと会う機会はそうそうないんですよねぇ」


 しみじみと鷦鷯明里は話す。その表情は年ごろの少女らしく好奇心やら興奮やらで柔らかいものとなっている。


「鑑定士? 明里ちゃんって魔術師じゃないん?」

「はい。私は魔道具の鑑定と、あとは改造と修復をやってます。まだ見習いなんですけどね」

「はえー! かっこよ。ねぇねぇ、今度さ──」


 春河が目を輝かせて鷦鷯明里に少し寄ったその時。間に赤鴇の手が割り込み、鷦鷯明里から春河を引きはがすようにして離れさせた。


「そこまでです進一。すみません、この人の悪癖なんです」

「トキくん!」


 抗議するように春河が赤鴇の名前を呼ぶが赤鴇はツンとした顔でそれを無視した。


「まぁまぁ……あぁ、そうだ。皆さんって今お時間ありますか?」

「時間? あると思いますけど……」


 鷦鷯明里の問いかけに赤鴇が答えた。


「あの、折り入ってお願いがあるんです。報酬はもちろんお支払いします。その、急ぎのお願いなのですがよろしいですか……?」

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