第7話「見えない壁」

「あ、えーっ……と……」


 三笠は困ったように眉を下げながら、人差し指で頬をかいた。初瀬が浦郷と話している間、三笠は赤鴇と共に富士に呼び出されていた。


「……言いたいことは?」

「ないです」

「そうか。……もうちょっと、その、加減とかできなかったのか」


 酷い有様の校庭を横目に富士はため息交じりにそう言った。


 そう、駆除が終わって一番最初に三笠たちは零課の刑事から注意を受けた。その事はすぐに上司に当たる富士にも伝えられていたのだ。三笠自身、かなり頑張って火力を抑えたもののこの有様である。こうなるともう、ただただ謝ることしかできない。


「えぇと、すみません……つい。手加減は頑張ったつもりなんですけど、あの魔術だとやっぱり難しかったです……」

「まぁ、大事に至ってないからいいけど……頼むから巻き添え出すのとかやめてくれよ。そもそもお前、前科が付いた時点で登録魔術師から遠ざかるんだからな」

「そ、そうですね。気を付けます。すみませんでした」

(前科って、殺すか半殺しは確定しているんですね……)


 ぺこぺこと頭を下げる三笠を見ながら赤鴇はそんなことを思ってしまった。もう既に器物破損に問われてもおかしくはないレベルだ。それでも今回は仮登録中であること、スペクター駆除のためだったことを鑑みて不問とされた。ただし今回が特別だった、というわけであって次が許されるとは限らない。富士の口調が厳しめなのもそのせいだろう。


「……とはいえ、お前の魔術じゃ難しいだろうけどな」

「そうですね……他に何か考えないと難しいでしょうか」

「つってもお前、肉体強化も操作魔術も使えないんだろ?」

「あっ、そういえばそうでした。僕はできて放火ですね……」


 三笠は眉を下げて「困ったなぁ」と呟いた。富士が得意とする肉体強化魔術やまた別の先輩である鷦鷯鏡也が得意とする操作魔術は三笠には扱えない。絶望的に才能が無かったのだ。


「お前、放火は殺人罪と同等だからな。魔道具に頼ってでも被害は抑えてくれ。頼むぞ」


 富士はやれやれと肩をすくめながら遠くを見る。


「まぁいい。とりあえず今回はお疲れ様だな。夜には遠方に出ていたメンバーも帰ってくる。昨日の事件について会議をするから、あまり疲れないようにしてくれ。この後も見回りだろ?」

「はい。念のためやっておくようにと零課から指示がありました」

「それじゃあ頼んだ。そのついででいいから日の出堂に寄って、これを届けてくれ」


 そう言って富士が差し出したのは簡素な白い封筒だった。表には綺麗な字で『富士原様』と書かれている。


「分かりました。これは……」

「師匠への手紙。ちょっと今回はおれだけじゃ分からんことが多いからな。猫の手も借りたいってことで。いなかったら明里ちゃんに渡してくれ。そ、れ、か、ら! なぁ。三笠。ぶっちゃけ監視官どうだったよ」


 真面目な雰囲気から一変、富士は興味津々といった様子で三笠の相方について尋ねてきた。藤色の瞳はどこか輝いて見えた。赤鴇も黙ってはいるが気になっているらしく、期待のこもった目で三笠を見つめている。


「えっ、監視官さんですか。そうですね……なんだか、姉さんに似てるなぁって思いました」


 三笠は初瀬のことを思い出しながらそう答える。気の強い所なんかは特に似ていると感じた。そんな正直な言葉を受けた富士はげんなりしたように大きく肩を落とす。


「お前さぁ」

「な、何ですか」

「それはねーわ…………見る女全部姉に見えんのか。なぁ赤鴇」

「そうですねぇ。先輩、ちょっと若者成分足りてないんじゃないですか?」

「えぇ……何を期待していたんですか……」


 三笠は困惑しながら二人の方を見る。そんな三笠の反応が面白いのか富士と赤鴇は笑いをこらえながら話を続けた。


「全く赤鴇の言う通りだな。それで? 何か不満はあったか?」

「不満ですか? いえ、特に思いつかないですけど……」

「え、先輩なんか揉めてませんでした?」


 赤鴇の指摘で三笠は小さく「あぁ」と唸った。


「大きな問題じゃなくても共有してくれたら嬉しいんだが……連携に支障が出たら困るしな」

「いえ、そんな特別言うことではないとは思っていたのですが……そうですね、何と言いますか、ボス個体をこの場所でおびき出すというのが、向こうは嫌だったみたいなんです」


 三笠の言葉を聞き、富士は辺りを見回した。


「あぁー、そういうことね。ま、向こうさんはあくまで市民を守る警察官なわけだし、おれらとは違うってことだろうよ。不安になったか?」

「どうでしょう。実のところ考えたことがなかったので……駆除すれば問題ないってずっと思っていました」


 火力云々の問題はともかく、結局は早急にスペクターを処理してしまえば解決する問題のはずだ。それができないからこそ、向こうに嫌な顔をされてしまったのだろう。富士もそこは理解しているのか、腕を組みながら付け加える。


「お前は間違っちゃいないし、おれらの仕事はソレだからな。さっそく優先度の違いが浮き出たってワケか。まぁそうだなぁ。ぶっちゃけそこは各々了承して手分けして頑張ってくれたらいいんだが。あんまりにも反りが合わないってんなら組み換えも検討しなきゃなんだが、そうでもないんだろ?」

「はい。別に致命的ではないと思います」

「何かしら問題を起こしたわけでもなし。とりあえずは様子見だな。お互いにまだ知らないことの方が多いだろ。ってワケで頑張ってくれや」

「はい、分かりました」

「んじゃおれは事務所に戻るわ。赤鴇、引き続きサポートよろしくな」


 手をひらひらと振りながら去っていく富士の背を三笠と赤鴇の二人は見送った。


「トキくん、もう用事は終わったん?」


 タイミングを見計らっていたのか、ちょうど富士が見えなくなったところで春河が二人に声をかけた。その後ろには初瀬もいる。


「あぁ、なんだ進一でしたか。ちょうど報告が終わったところです。そちらはもういいんですか?」

「おうよ! とりあえずは見回りに従事してくれーって言われたわ」

「こっちもですね。それじゃ、引き続きよろしくお願いしますね。先輩、初瀬さん」

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