第6話「昔の話」
初瀬渚には魔術師の友人がいた。父母共に魔術師で、その父母も魔術師という立派な魔術師家系の子だった。初めて会ったのが中学生になったばかりの時で、偶然進学した高校が同じだったことからぐっとその距離は縮まったと記憶している。
いつだっただろうか、ぽろっと何気なく母にその友人の話をした時だっただろうか。
「……××さんのところの娘さん?」
そう確認する母の顔が異様に怖く感じたのを初瀬はよく覚えている。記憶の中の母はいつだってどこか不満げで、影があった。この時は特に、そしてこれから友人の話をするたびに暗い顔になった。いつも以上に暗い顔に気圧された渚は思わず肯定してしまう。
「そう、だけど……」
いつもは『友達』と言っていたところをうっかり名前で言ってしまった。渚もマズい、と思ったが後の祭り、母は見たことのないような暗い顔をしてこれだけを言った。
「──魔術師と絡むのは止めてって言ったよね」
「いや……あの子は魔術師じゃ」
「でも親がそうなんでしょう? この辺では有名じゃない」
母の言葉に反論するのを渚は止めた。
「そうだね……分かったよ」
ここでは大人しくしておこう。そうやって話を終えた。それから渚は母に対しその子の話をする時は絶対に名前を明かさないように努力した。
(わたしだって、魔術師の子なんじゃないの?)
それから少し経った頃だろうか。
二〇〇七年、その十月。とある事件が起きた。それからしばらくは空気がピリついていただけだったが、年末になって急にタガが外れ始めた。
みるみるうちに友人は追い詰められていった。半ば村八分のような、そんな具合で地域からも家ごと孤立していった。そうなってもそこそこに付き合いがあった渚だったが、友人にとって根本的な助けになるようなことは何一つできなかった。
──できてせいぜい、傷のなめ合いくらいだった。
その頃から母はより一層、渚の人間関係に口を出すようになった。それでも反抗心からか渚はその友人との付き合いを辞めなかった。
それが仇になったのだろうか。
目の前で段々と元気をなくしていく様に渚は耐えられなかった。元が明るく元気な性格であったせいで、それは余計に目に付いた。そのうち会うのも辛くなってしまい、渚自ら会いに行くことは極端に減った。そこからはただ黙って見ているだけだった。
何かしようにも、自立すらできていない一介の女子高校生にできることなどたかが知れているからだ。
「──ごめん」
棺の前でいくら謝罪しようが、彼女は罵ってくれなかった。
※※※
「お疲れ」
「! お疲れ様です!」
月照寺横の駐車場、その隅に座り込んでいた初瀬は、声をかけられるなり勢いよく立ち上がった。浦郷は少し驚いたように目を丸くする。
「あ、別に立たなくてもよかったんだが……」
「すみません、つい反射で」
初瀬は浦郷に軽く頭を下げた。浦郷は頭をかきながら肩をすくめる。
「なんというか、真面目だな」
「向こうじゃ文句を言われます」
「……それもそうか。とりあえずお疲れ様だな。後始末は他に任せればいい。松島さんがそう手配をしてくれた」
そう言って浦郷は横でせわしなく動き回る警察官たちを見る。彼らは零課の所属ではないが、こうしてそこそこに大事になった場合駆り出されることになっているらしい。初瀬は一度も呼ばれたことはないが、呼び出された一課の元同僚が愚痴を言っていたのを思い出す。
「それでどうだった。とりあえず今回が初顔合わせなんだろ?」
「……それが初対面じゃなかったんですよ」
初瀬は彼の顔を思い出しながら浦郷に話す。経緯を聞いた浦郷は「こんなこともあるんだな」と少し感心したように頷いた。
「てっきり魔術師は避けているものかと思っていたんだが」
「わたしが避けていても向こうから寄って来るんです」
「あぁ、そういう。初瀬は厄介なのに好かれるタイプなのか」
「さぁ……どうでしょう」
浦郷はどこか納得できるところがあったらしく、勝手にうんうんと頷いている。
「そういえばさっき、浮かない顔をしていたが本当に大丈夫なんだろうな。問題があるなら一応聞いておきたい。連携に支障が出るやもしれんからな」
「そんなに面白くない顔をしていましたか?」
「まぁ、そこそこには」
ハッキリと肯定する浦郷を見て、初瀬は話すかどうか迷った。正直なところ浮かない顔をしていた自覚は無い。初瀬は元々表情筋の動きが乏しいためか、何を考えているのか分からないと言われることの方が多い。こうやって訊かれるのは珍しいことだ。せっかく気づいてくれたのだ、そう考えた初瀬は口を開いた。
「……特別気になるというわけではないのですが」
そう前置きをしてから話し始める。話すのはもちろん、今日の戦闘であった『ボス個体をおびき出す』作戦のことだ。
「──と、まぁ。わたしも理屈が分からないわけではないのですが、魔術師とわたしじゃ優先事項がここまで違うのかと感じました」
「なるほどな。──というか、お前、前に出たのか?」
うんうん、と頷いてから浦郷は「信じられない」という顔をする。
「え、あ、はい……あまりにも危なっかしかったので、つい……」
「前代未聞だな。ギフト持ちとは聞いていたが、そこまで好戦的だとは聞いていないぞ」
首を傾げつつ浦郷は眉根を寄せた。それだけで初瀬は先の行動が零課において不正解であったことに気が付く。
「次は気を付けます」
「あぁ。それでいい。俺らの仕事はあくまで監視。駆除ではない」
チクリと釘を刺される。先ほど三笠が言っていたことと同じことを浦郷にも突っ込まれてしまった。
(まぁでも、たぶんわたしにはあの危なっかしいのを見守ることはできなかっただろうな……)
なんとなしに己の世話焼き、傲慢なところが嫌になる。それでも浦郷の場合はそれを咎めるような姿勢ではなく、純粋なる心配から発せられた釘のように感じられた。
「それで……結局は向こうに任せた感じか」
初瀬は頷く。実際直前まで初瀬は迷っていた。手は動かしながらも、すぐにこのネズミたちが自分を越えて校舎の方へ行ってしまうのではないか。気が気でなかった。
「初瀬的には安全確保が優先って思っていたわけだ。まぁ俺もそうだな。そっちを優先したい。大人ならともかく中学生だしな」
「そう、ですね」
浦郷の言葉を受けながら初瀬はあの時のことを思い出す。
凄まじいものだと思った。
人畜無害な顔をしたあの男があんな破壊力を持った魔術を扱うとは予想もしていなかった。虫も殺せなさそうだ、という印象はあの魔術と共に吹き飛んだ。あの弾幕も光線も初瀬にとっては初めて見るものだった。それ故なのか、あの破壊力を知ったからなのか、どこか戦慄していた。
「なんだか、コンビニ強盗と遭遇した時と同じ感覚がします」
「え、なんだそれ。お前そんな目に遭ってたのか」
「えぇ、まぁ……あまり話したことはありませんが」
「それはまた調べておくか……まぁそうだな。向こうの言い分は俺も理解できる。今回駆除した種類のスペクターは、報告通り群れで活動するタイプだった。巣も見つかるだろうし、統率力を失ったアレはすぐに狩り取れるだろうな。ただ、そうだな──初瀬、魔術師は別に俺らが護る対象じゃない」
ふと、真面目なトーンで浦郷はそう言った。初瀬は目を丸くする。その言葉はとても嘘には聞こえなかった。
「お前も見ただろうが、魔術師は俺らにできないことを平然とできる。ちょっとズレてるヤツの方が多い。一歩間違えれば危険分子だ。監視官が付いて身元がはっきりしているからまだいいんだが、そうでもないやつはゴロゴロいる」
「それは……」
「三笠、だったか。あの魔術師の使う魔術は他よりも攻撃性が高いらしい。近代兵器であれを再現しようと思ったらそうだな、戦車は要るだろうな。コストは魔力だけって言うんだから、戦車よりお手軽だが。要するに俺らが特別意識をして護る必要はどこにも無いわけだ」
そう話す浦郷の声を聞きながら初瀬は校庭の方を見た。校庭のど真ん中は焼け、抉れている。あのネズミ型のスペクターは跡形もなく消し飛ばされていた。手加減の仕方が下手くそなのか、これでも頑張って控えている方なのかは知識のない初瀬が知ることはできない。浦郷は戦車だと言ったが、初瀬には大型の艦載砲でもおかしくないように見える。
「そうかもしれません、はい。……片付け大変そうですね」
浦郷の言葉に初瀬は頷いて返す。
「まぁな。事後処理って言っても現場の修復しかやってもらえないからな。各所への根回し連絡は俺の仕事だ」
「ありがとうございます。何か手伝えることがあったらいつでも言ってください」
「問題ない。松島さんが手すきだろうし、そこへ投げる。お前は監視官としての仕事に尽力してくれ。今回の指摘はよかったと思うぞ。それから……アドバイス、忘れないようにな」
「……はい」
初瀬は軽く頭を下げて浦郷を見送った。
『気に食わなければ撃っていい』
浦郷が初瀬にそうアドバイスした理由は明白になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます