第2話「登録魔術師」
一時間ほど前。
「おー三笠じゃん。おつー」
事務所の戸を控えめに開けた
「あ、あぁ……富士先輩ですか。こんにちは」
「はいはい、おこんばんは」
富士は本当に適当な挨拶を返しながら、机の上のロールケーキを一切れを素手で鷲掴みにして口へ運んだ。
「先輩、それまさか半分も一人で食べたんですか?」
三笠は机の上のケーキに目をやりながら訊く。机の上にはロールケーキがどっかりと大皿に乗っている。しかしその半分近くは既に無かった。三笠の質問に富士はぎくりと肩を震わせ首をゆるゆると横に振った。
「いやいや、まさかまさか。
「三分の一も食べたんですか!?」
まさかの量に三笠は目を丸くした。大きなカットフルーツがクリームと共に巻かれた、ちょっとお高めのロールケーキだ。それの一本、その三分の一を食べたというのだろうか。三笠の責めるような目に富士はたじろぐ。
「三分の一だけだって! ホラ、残りは全部お前にやるからさ。なっ?」
「僕が言いたいのはそういうことじゃないんですけど……」
富士はいつぞや甘いものの食べ過ぎで、医者から食事制限を言い渡されていたはずだ。この様子だとそれも無視しているのだろう。三笠は事情をよく知らないが、富士は異常に甘いものに執着している。それしか食べていないのではないか。いつしか三笠はそう思うようになっていた。とにもかくにもこの人はいつの間にか甘い物に殺されていそうなくらい、甘い物に目がない。
「あの……それで、話って何でしょうか」
ロールケーキを横目で見ながら三笠はそう尋ねる。先ほどまで三笠はお使いに出ていた。買い物リストの半分を埋めたところで、急に富士から話があるから帰ってきてほしいと連絡があったのだ。
「あ、そうそう。それだ。ちょっとそこに座ってくれや」
富士は思い出したと言わんばかりに顔を上げた。彼の指示通りに三笠は富士の向かい側にある接客用ソファーの片割れに座った。それを合図に富士は話を切り出した。
「いいお知らせと悪いお知らせ、どっちが先がいい?」
「え、何ですかそれ……じゃあ、悪い方からでお願いします」
「はいよ。悪いお知らせは、お前に監視が付くことになったってこと」
「監視、ですか」
目をぱちくりとさせた三笠を見て、富士は盛大にため息をついた。
「はぁー……お前、もう少し喜べよ。いいお知らせは仮登録が済んだって話だ。明日から監視官がついて、本格的に仕事ができるようになったぞ」
察しの悪い三笠に呆れたのか、富士は答えを全て示した。それでやっと、三笠は嬉しそうに口角を上げた。
「……じゃあ! これでやっと!」
「あぁ、雑務ともおさらばだな。よかったじゃねーか」
富士も満足げにそう言った。政府公認の魔術師である、登録魔術師になるために三笠はこの敷宮探偵事務所に入った。登録魔術師の一歩手前、仮登録魔術師にやっとなれた。目標へ近づいたという実感がじわじわと三笠の胸を満たしていく。
「そんじゃま、明日からは忙しくなるし、今日は帰って明日に備えてくれ」
※※※
「──って言ったけど、まぁ、隣室で事件が起きてたら休めんわな」
腕を組みながら先輩、かつ登録魔術師である富士はそう言った。アパートの前、パトカーや警察がせわしなく動き回る横で二人は話していた。銀髪の青年こと三笠は、身を縮こまらせながら小さく謝罪の言葉を口にした。
「すみません……」
「お前は悪くないだろ。しょうがない、けども……こんな市街地で有害なスペクターが出るなんてな」
「最近多いですね」
玄関前から拾ってきた黒い塊を摘まんだ富士は困ったように眉を下げた。
「まぁ、今回は非常事態だし監視官がいないところで魔術を使ったのは不問だろうけど……逃がしたか」
「すみません、躊躇してしまって」
「こりゃ仕方ない。駆除だって簡単にできるものじゃないしな。お前は手加減が下手くそだし。事務所の仮眠室を開けておくから、もしアレだったら使ってくれ。どうせこれから警察に絞られるだろうし。家は騒がしいだろうしな」
「すみませ──」
三度目の謝罪の言葉を、富士は三笠の頭を上から押して遮った。三笠がハッとしたように「あっ」と小さく呟いたのが聞こえた。
「ありがとうございますが先だろ」
「あっはい。ありがとうございますっ!」
わたわたと恐縮しているその姿に、富士は小さくため息をついた。
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