第3話 この気持ちに添える花

 約束の日、ウルに連れてきてもらったとっておきの場所は一面の花畑だった。

「わぁぁ!」

 花の香りに身を包まれながら、エンジェルは感嘆の声を上げた。

「ウル、ありがとう!森にこんな場所があるなんて知らなかったわ」

「ヘヘ、エンジェルが気に入ってくれて良かった」

 ウルは嬉しそうに尻尾を振りながら、照れ笑いを浮かべた。

「そうだ、エンジェル。この花を摘んで家に持って帰るといいよ」

 エンジェルはウルの提案に賛成した。

「いい案ね、家に飾ったら華やかになりそう」

 両の手のひらを合わせながら嬉しそうにしているエンジェルを見て、ウルの顔もほころんだ。

 

「ねぇ、エンジェル。目、瞑って」

 エンジェルの手の中が色とりどりの花でいっぱいになる頃、ウルがそう言った。

 エンジェルは不思議に思いながらもウルの言う通り、目を瞑った。

 と、同時に、エンジェルの鼻腔は甘い花の香りに包まれた。

「もう開けていいよ」

 エンジェルがそっと目を開けると目の前にウルの顔があった。

「似合ってる」

 ウルの優しい笑顔に惹かれて、エンジェルの頬も赤く染まった。

 頭には六本のガーベラをメインに作られた花冠が乗せられている。

「ウル、ありがとう」

 エンジェルは膝に置いた花冠を愛おしそうに見つめながら、ウルにお礼を言った。

 そして、また明日合う約束をして互いに別れた。

 その日、エンジェルは頭に花冠を手に花束を抱えて帰路に着いた。


「まぁ、綺麗なお花ね!」

 家に着くと台所で料理を作っていた母が目を輝かせて言った。

 どこに飾ろうか迷っていたエンジェルだったが、最終的に食卓に飾ることにした。

 食卓が一層、華やかに飾られるとなんだかエンジェルの心まで華やいでいくような気がした。

「エンジェル、綺麗な花だが、どこで摘んできたんだ?」

 食事中に突然、父から聞かれたのでエンジェルは戸惑ってしまった。

 今まで、誰にもウルの事を話していなかったからだ。

 お父さんになら話しても大丈夫だよね…。

 ウルは少し他の人とは違うけど、話せばわかってくれるはず…。

「あのね、花畑の場所は、森で出会った友達に教えてもらったんだけどね。その子ね、半分、狼の血が流れてるらしくって、獣の尻尾と耳を生やしてるの。でも、話してみると面白くて、この花冠も…」

 バンッ

 突然、父がテーブルを叩いてエンジェルの話を遮った。

「もう二度と…、二度と、奴に近づくな…」

 普段聞くことのないような低く、暗い声でエンジェルを睨みつけながら父は言った。

「え…、で、でも、ウルは優しくて、えっと、今日だってね」

「いいから!もう二度と近づくんじゃない!!こんなもの!!」

 そう言って父はテーブルの上にあった花束を床に投げつけ、乱暴に踏みつけた。

「なにするのよ!」

「うるさい!こんなもの!こんなものがあるからいけないんだ!!」

 そして、ウルが作ってくれた花冠も父が力任せに引き千切った。

 父は、バラバラになった花冠を床に投げつけるとエンジェルに三日間の謹慎を言いつけ、自室に戻ってしまった。

 母もいつの間にか自室に戻ったらしく、この場にはエンジェル一人が取り残されてしまった。

 床にへたり込んだエンジェルの手に優しくマリーゴールドの花弁が触れる。

 ごめんね……。私…、なにか間違っちゃったかな…?

 エンジェルの瞳からこぼれ落ちた感情の粒が、静かに頬を伝った。

 頭にはしばらく会うことのできない彼の姿が浮かぶ。

 ねぇ、ウル…。私なにか間違ったかな…?

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