第2話 好奇心に誘われて

 翌日の学校からの帰り道、エンジェルは昨日の道まで来ると足を止めた。

 そして、肩にかかったカーディガンをギュッと握ると一つ深呼吸をし、昨夜、人ならざる彼が入って行った草陰に一歩、足を踏み入れた。


 高草たかくさはエンジェルの腰ほどあったが、数メートルも進むと木々が生い茂る開けた場所に出た。

 太陽の光を浴びた木の葉が風で揺れ動き、エンジェルの肺からも新鮮な空気が吹き抜ける。

「空気が美味しい、気持ちいいなぁ」

 しばらくの間、薫風くんぷうの心地良さに浸っていたエンジェルだったが、視界の端に昨夜の彼を見つけ、思わず目を見張った。

 静かに肩を上下させている様子から、どうやら、木に靠れて寝ているようだ。

 しかし、その頭からは相変わらず三角系を丸くしたような動物の耳がちょこんと生えていた。

 エンジェルは彼を起こさぬようにそっと近づいた。

 が、3歩目を踏み出そうとした時、彼の耳がピクンッと動き、振り返った彼と目が合ってしまった。

 初めて見た彼の目は、優しさに包まれた黒曜石のような瞳だった。

 彼は一瞬、その瞳を大きく見開かせ、予期せぬ来客に驚いたような顔をしたが、すぐに表情を緩ませエンジェルに微笑みかけた。

 それを見たエンジェルはホッとして彼に歩み寄ると、隣にそっと腰を下ろした。

「こんにちは。私はエンジェル、あなたは?」

「こんにちは。俺はウル、俺も質問していいかな?」

 エンジェルは「ええ」と短く答えた。

 正直、無視をされる事も視野に入れていたエンジェルにとって、逆に質問される事というのは予想外だったので、面食らってしまった。

「エンジェルは、俺が怖くないの?」

 彼の純粋な質問にエンジェルは素直な気持ちで答えた。

「怖くないわ。最初は少し驚いたけれどね。」

 その答えが嬉しかったのか、ウルの尻尾が左右に振れ始めた。

「でも、どうして動物みたいな耳と尻尾が生えてるの?」

 そう聞くとウルは少し困ったような顔をしたが、隠さずに答えてくれた。

「俺には、人間の血と狼の血が流れているからだよ」

「オオカミ…?」

 エンジェルは小首をかしげた。

 その可愛らしい仕草にウルはクスリと笑った。

「少し俺の話し相手になってくれない?」

「ええ、もちろん!」

 エンジェルがそう言って微笑むとウルは安心したように話し始めた。

「狼の父さんは俺が幼い時に亡くなったって人間の母さんから聞いてる。母さんは女手一つで俺を育ててくれたのに、いつも明るく笑ってたのを覚えてるかな。その母さんも最近死んじゃって今は一人だけどね。やっぱり、森に一人だと寂しいって感じる事もあるけど、のんびり暮らしてるんだ。俺に動物の耳とか尻尾が生えてるのは多分、父さんの血が入ってるからじゃないからかな?」

 エンジェルは時折、相槌を打ちながらウルの話に耳を傾けていた。

 ウルは自分の話が終わると今度はエンジェルに話を振った。

 エンジェルは少し緊張気味に、それでもウルがしてくれたように優しく話し始めた。

「私の父は村長をしているんだけど、村の人たちは良い人たちばかりで、とっても親切なの。そうそう、今着ているこのカーディガン!すっごくお気に入りなんだ!誕生日にお母さんから貰ったの!」

「失礼かもしれないけど、エンジェルは何歳になったの?」

 女性に年齢を聞くのは失礼かもしれないと思ったウルが控えめに聞いた。

「全然気にしないから大丈夫だよ。私は17歳、ウルは?」

「俺も同じ、17だよ。一緒だったね」

 ウルがニカッと笑うとエンジェルもつられて、ホント!?と嬉しそうに笑った。

 その後も二人はお互いの事をたくさん聞き合った。

 その中には、意外だと思う事も想像通りだと思う事もたくさんあって、二人はすぐに打ち解けた。

 楽しい時間が過ぎるのはあっという間で、気がつくと森には夕日が差しかかっていた。

「なぁ、エンジェル。明日はこの森のとっておきの場所に案内するよ」

 ウルが自信満々に尻尾を振りながら言った。

「本当!約束ね!」

 エンジェルが無邪気な顔で笑うとウルの胸が温かくなった。

「おう、約束だ」

 ウルが拳を前に突き出すとエンジェルはその拳にコツンっと自分の拳をくっつけた。

 夕日で照らされた二人の顔に優しい笑みが浮かんだ。

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