二、カレー

 ヤスシが高崎夫妻に出会ったのは、デザイン専門学校の試験の日だった。

 ヤスシは、幼い頃に両親を事故で亡くしていた。母方の叔父夫婦にひきとられたが、『引き取るつもりはなかった』『お金が無駄にかかる』など、小言を言われ続けた結果、中学に入学してすぐ暴力事件を起こした。

 叔父たちは、手に負えないことを理由に養護施設にヤスシを預けた。

 絵を描くのが好きで、人より得意とよべるものがあったヤスシは、それで心の平静を保つようにしていた。

 大学進学か、専門学校かで悩んだが、早く社会人になりたかったヤスシは、デザイン専門学校を進学先に決めた。

 高校を卒業したら、養護施設は出ていかなきゃいけなかった。入試の日に、これから先を思うと不安しかなく、うまくやっていけるのか自信をなくしかけていたところでもあった。

 お金は奨学金制度を使う。でも、卒業したら返済しながら、働かなきゃいけない。試験が終わったあと、明るい未来は想像できずにぼんやり歩いていた、そのとき。

 歩道橋の階段の途中でうずくまる妊婦をみつけた。動揺しながら、辺りを見回すと歩道橋の反対側に駐在所があるのに気づく。

 慌てながらも、ヤスシは走って駐在所に飛び込んだ。そこには、高崎が居た。

 高崎は、救急車を呼んだあと、元看護師の妻を呼んで対応にあたった。

 救急車で運ばれ、無事に出産した報告をきいて、ヤスシは安心する。

「よかった。慌てすぎて、駐在所にかけこんでしまいました。いろいろありがとうございました」

「駐在所あるのに気づいてくれたからよかったよ」

 そんな話をしていると、ヤスシのおなかが空腹を知らせた。高崎の妻が、「ちょうど、昨日のカレーの残りが一人分あるのよ。食べていってね」と言う。

 ヤスシは遠慮したが、夫妻の人柄にふれて、もう少し話をしたいと感じ始め、カレーをいただくことにした。

 高崎は、さりげなくヤスシの個人的な話を聞き取っていた。気がついたら、身の上を話してしまっていることに気づいて、情けなくて泣いてしまったのだ。

 だが、高崎は「今まで、弱音をはかずにいたんだろう。えらいぞ。今は、泣いていい。専門学校進学でこの町で部屋を探すなら、安くて良い部屋あるから紹介してあげよう」と、ヤスシを励ましながら言った。

 それからのつきあいだった。

 駐在所からほど近いアパートに住み始めた。

 高崎は何かとヤスシを、地域の人との交流の場に呼んだ。みんなでご飯食べて、たくさん話して、ヤスシはさまざまな学びを得たのだった。

 ヤスシが、学校の課題に躓いていて落ち込んだ時、高崎の妻はカレーを食べにきなさいと誘うようにしていた。


 今回も、カレーを作っている。

 それは、ヤスシのためなんだと気づいていた。

 高崎夫妻は、自分のしたことを知っているだろう。なのにどうしてだろうか、と考える。

 逃げているのに、わざわざカレーを。ヤスシは困惑していた。

 裏口のドアをノックして良いのか悩んでいると、高崎の妻がドアを開けた。

「ヤスシくん、いらっしゃい。どうぞ、あがって。裏口だけど」

 微笑みながら、優しい口調で、全身でヤスシを歓迎しているのが伝わる。

 ヤスシは、ためらいながら裏口から中に入る。

 台所の机には、三皿の洋食皿があった。

「今、主人はお客さんと話してるから、隣の部屋で待ってて」

 高崎の妻に居間に案内され、卓袱台の前にある座布団に座ることにした。





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