第13話 きて


「ちょっと綴!? それはダメだよ! 抜け駆けじゃん!」

「チャンスは平等に、あったって……ひ、響、言ってたよ……」

「それはそうだけど、限度があるって! 流石に別のに――」

「響にも、命令。響も……渚とキス、し、していいよ」

「……」


 途端に黙った響。

 俺をチラリと見て、難しそうに眉を寄せる。……と、止める流れはどこいったんだ?


「いやいや、待てよ。俺たち、兄妹みたいなもんなのに。兄妹とはそういうこと、しないだろ?」

「……する、けど」

「えっ?」


 聞き返すと、綴は響の手を握り軽く引き寄せた。


「私……響とキス、したことあるし……」

「何でそれバラしちゃうの!?」

「兄妹とはしないって……い、言うから……」

「渚、勘違いしないでよ! 変な意味じゃないから! ちょっとこう、興味本位っていうか、気の迷いっていうか、そういうのだから!」

「お、思ったより気持ちよかったって……響、言ってたよね」

「だからぁ!! 何でバラしちゃうの!?」


 顔を真っ赤にしてマットレスを叩く響と、あくまで真面目な表情の綴。

 俺はどういう顔をすればいいのかわからず、ひとまずハハハと乾いた笑みで誤魔化す。このまま話が流れてくれないかと祈りながら。


「……こう、しよっか」


 綴は名案を思い付いたように微笑を浮かべ、響の手をキュッと強く握った。


「わ、私と響がするから……そしたら流れで、渚も、で、できるよね? 兄妹、なわけだし……」


 無茶苦茶な理屈。

 流石に受け入れられないと、文句を言いかけた瞬間――。


 綴は何の躊躇もなく、響の唇を奪った。




 ◆




 初めて綴とキスをしたのは、中学二年生の頃だ。


 思春期真っ盛り。

 クラス内には何組ものカップルがいて、友達もその手の話題が大好き。彼女らが得意げに話す性体験に、僕たちは無関心なふりをしていた。


 実際のところ、渚に会いたくて、触れたくて仕方がなかった。

 綴といつも、会ったら何をするだとか、付き合ったらこうするだとか、くだらないことを話していた。


 そんな時、僕と綴はちょっとした喧嘩をする。


 ――ファーストキスを最初に捧げるのはどっちか。

 今思うと微笑ましい喧嘩だが、当時はこんなことで熱くなり、三日ほど口を聞かなかった。


 どうにか仲直りはするも、しかし答えは出ない。


 すると、綴が言った。

 お互いが初めての相手になればいいのでは、と。


 ファーストキスなんて概念があるからいけない。失ってしまえばモヤモヤすることもない。

 ……という、至極単純な理屈である。


 僕はそれに同意した。

 これ以上綴と喧嘩したくなかったし、何よりそういう行為に対して興味があったからだ。初めての相手が綴なら、特に後悔もない。


 一度経験してみると、こんなものかとお互い納得し。

 そのまま二度、三度として……まあ、とやった。本当に……い、……。


 とにもかくにも、その時僕たちは決めた。

 こういうことはもうやめよう。次する時は渚としよう、と。


 それなのに――。


「わ、私と響がするから……そしたら流れで、渚も、で、できるよね? 兄妹、なわけだし……」


 うちの姉は物静かで気の大きさがミジンコほどだが、時たまとんでもないことを言ったりやったりする。


 い、今ここで? 渚の前で? 嘘でしょ!?


 流石にこれはまずいと思った矢先、僕は綴に思い切り手を引かれて。

 造作もなく、唇を奪われた。




 ◆




「んっ……ん、ぅう……! ちょ、っと、待って……うぁっ!」


 いきなり唇を奪った綴。

 一度は響に振り払われるも、両肩に手を置いて後ろへ押し倒し続行する。


 ……な、何だこれ。


 映画やドラマではありふれたキスシーンだが、肉眼で見たのは初めてだった。

 生命活動の上でまったく必要がないのに、そのくせ妙に魂の袖を引く行為。

 しかも同性同士、よりにもよって実の姉妹の絡みから目が離せない。


「つ……づりっ、渚が……渚がっ、見てる、からっ、はうぅ……んっ……♡」


 最初はただ唇を押し付けるだけだったが、響の下唇を甘噛みし始めたところで空気が変わった。


 足をバタつかせて抵抗していたのに、今は溶けかけの雪のようにのっぺりとベッドに沈んでいる。

 唇に歯が食い込むたび甘い呻き声をあげて、困ったように眉を寄せて手をギュッと握る。


 瞼を閉じてされるがままの響に対し、綴の目は捕食者のそれだった。


 ギラリと輝く赤い双眸。

 両手両足で獲物の動きを封じ、相手の反応を探るように、それでいて自分勝手に唇を貪る。

 容貌の美しさのせいか吸血鬼の食事のように優雅で、危険で、目が離せない。心臓が鼓動を早め、勝手に息が切れる。


 ――あそこに混ざれたら、きっと楽しいだろう。

 そんなバカみたいな考えが脳裏を過ぎり、俺は首を振って追い出した。

 

「もうわかった! 十分だからそのへんに――」


 言いかけて、続く言葉を飲み込む。


 というのも、食べられていた響がぱちりと目を開き、涙をいっぱいに溜めた瞳で俺を見たからだ。こっちにおいでよ、と誘うように。


 綴も行為をやめて、ジッと俺を見つめた。

 唾液で濡れた口周りを拭こうともせず、ただただ熱く脅迫的な視線を送り続ける。口の端から垂れた涎が、シーツにシミを作る。


「……い、いや、俺は……っ」


 コップいっぱいの綺麗な水の中に黒いインクを落としたように、淫靡な空気がじわじわと部屋を染めてゆく。不思議と吸い込む空気すら甘く、ビリビリと脳を侵す。


 つけっぱなしのゲーム。愉快なBGMすら、今は耳に入らない。

 二人の荒い吐息を拾うので精一杯で、他のことに使う余裕がない。



「「渚」」



 残った理性で後退ろうとした俺を見て、二人は言った。



「「きて」」

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