第12話 ぐぅやじいぃ……!!


「やったぁ!! 勝ったぁああああ!!」

「おい綴っ! お前が変なとこで俺の妨害ばっかしてたからだぞ!」

「響に負けるなんて、お、思わなかった……」


 マリカー。言わずと知れた、アイテムなどを駆使して一位を目指す人気アクションレースゲーム。

 一戦目の勝者は響。俺と綴がくだらない争いをしている間に、勝利を掻っ攫われてしまった。


「じゃあ命令ね。綴は新しいお菓子、リビングから持ってきて。渚は僕の肩揉んで」

「「……はい」」


 小学生の頃、よく三人でゲームをして遊んだ。

 ただ勝った負けたを繰り返しても面白くない。そこで俺たちの間で、一つのルールが採用された。


 勝者が負けた二人に、適当な命令ができる。

 単純なものだが、これが中々緊張感があり面白い。


「おおー、渚上手いね。誰かに習ったの?」

「婆ちゃんの肩、よく揉んでたから。……にしてもこれ、本当にすごいな。いくらしたんだ?」


 これとは、壁一面にゲーム画面を映し出すプロジェクターのことだ。

 このサイズでのレースゲームは凄まじい迫力で、音質もよくまるで映画館のよう。正直かなり楽しい。


「ベッドに比べたらたいしたことないよ。それよりさ、これネトフリとかアマプラのアプリ入ってるから、映画もアニメも何でも映せちゃうんだ。今度三人で何か観ようよ」

「ホラー映画とか?」

「い、いいね! ドンと来いだよ!」


 苦手なクセにどうして強がるのか、と内心笑っていると、綴がお菓子を持って戻って来た。響はそれを受け取って開封し、綴と一緒にボリボリと頬張る。


 ……今更だが、新品のベッドの上でスナック食うってどうなんだ。

 豪快というか、考えなしというか。何にしても、寝る前にちゃんと掃除しなきゃな。


「つ、次……! 次は、勝つ……!」


 フンスと鼻息を荒げる綴。

 ゲーム好きとして、響に負けたのがかなり悔しいらしい。


 対する響は余裕の表情。

 嫌味な上司のように、「頑張りたまえよ」と綴の背中を叩く。


 俺だって負けるのは嫌だ。

 どうにか勝って、二人には洗濯物でも畳んでもらおう。


 ということで、早速第二回戦が始まったが――。


「よーし、また僕の勝ち!! 二人とも、ちゃんとタイヤに空気入ってるぅー?」

「うっ……ぐぐっ、ぐぅやじいぃ……!!」


 ここぞとばかりに煽る響と、ベッドのシーツを掴み本気で悔しがる綴。

 一回戦目は俺と綴で潰し合っていたから仕方ないにしても、二回戦目は全員が全力で戦っていた。俺はともかく、これで綴が負けたのは意外だ。子供の頃は響を完膚なきまでに叩きのめして、よく泣かせていたのに。


「んじゃ、綴には耳掃除でもしてもらおうかな。渚は……何も思いつかないから、逆立ちしながら腕立て伏せして。三十回ね」

「何も思いつかないで出すのがそれかよ!? 地味に回数多いし!」

「勝者の命令は絶対だよ?」


 早速部屋を出て耳かきを持って来た綴。

 姉の膝枕で耳掃除を堪能する響を尻目に、俺は部屋の隅へ行き逆立ちをする。


「「……」」


 一回、二回、三回……。

 言われた通り腕立てをし、ようやく十回目に差し掛かった頃。


 やけに視線を感じるなと思っていたら、二人がこちらを凝視していた。


「な、何だよ。あんま見られたら……しゅ、集中できないだろっ」


 十一回、十二回、十三回……。

 流石に疲れてきたため、一旦床に足をついて休息を取った。


 二人は依然としてこちらを見ており、なぜかその頬はほんのりと染まっている。


「……いい腹筋だったね、綴」

「う、うん」

「まあ、一応鍛えてるしな」


 筋肉や体力は、あるに越したことはない。

 勉強だって、最終的には肉体の強度がものを言う。友達付き合い……主に万川と一緒にいる上でも、頑丈な肉体は欠かせない。


「ちょっと触っていい?」

「何でだよ。命令は逆立ちしながらの腕立て伏せだろ?」

「じゃあ、勝ったらいいんだ」

「……そ、そうだな」


 ズボンの中にTシャツの裾を詰め込み、筋トレを再開。

 程なくして終了し、すぐさま三回戦が始まった。


 なぜか先ほどより気合十分な響と綴。

 鬼気迫る表情の二人に若干引きつつ、俺も勝利を目指してアクセルを踏む。


 ――が、結果はまたしても。


「っしゃぁああ!! 僕の勝ち!!」


 勝利の雄叫びと共に立ち上がり、高々と拳を突き上げた。

 それとは対照的に、綴はコントローラーをベッドに叩きつけ、玩具コーナーで駄々をこねる子供のようにその場でうずくまる。


「……何か響、強過ぎないか? ずるとかしてないよな?」

「失礼だなぁ。ここ最近、練習してるんだよ。イベントのために」

「い、イベント……?」

「プロゲーマーとかストリーマーとか芸能人とか集めて、皆でゲームで競い合うの。僕、それに呼ばれててさ。世界ランカーの人に鍛えてもらってるんだよね」


 夜部屋の前を通ると、たまに配信をしているのは知っていたが、まさかそんなことになっていたとは。新生活が忙しくて、完全に情報を追えていなかった。


 しかし、世界ランカーと練習か。

 そりゃ俺たちよりも上手くて当然だ。


「ず、ずるい……! 世界ランカー、とか……ずるっ、ずるだよっ!」

「どこが? 僕、綴も一緒に出ようって何回も誘ったよ? 他人と喋れないから無理って断ったの、そっちだよね?」


 この上ないド正論に、綴は打ちのめされたように再びうずくまった。少し可哀想だが、こればかりは擁護できない。対人関係において響に依存しまくっていることが、完全に裏目に出ている。


「さーてと。んじゃ、綴には部屋の掃き掃除でもしといてもらおうかな。渚はー……」


 わかってるよね? と言いたげな目で俺を見て、白い歯を覗かせた。俺はため息をついて、手を後ろについて仰け反り腹を晒す。


 ベッドの上をずりずりと這うように移動し、距離を詰めて来る響。目の前まで来ると、コホンと咳払いして俺の腹に手を伸ばす。


「おぉお~……」


 ぺた、ぺたぺた。

 知らない動物に触るような手つきで、腹筋の感触を確かめてゆく。ひと通り触ったところでおずおずとTシャツを捲り、少し汗ばんだ熱い手を添える。


「すごーい、ちょっと割れてるー」

「……何か、メチャクチャ恥ずかしいんだけど……」

「そう? 格好いいと思うよ?」

「別に格好よくは……な、ないだろ……」

「ふーん。僕の言うこと、否定するんだ」


 響は人差し指を立てて、ツーッと上から下へ、下から上へなぞった。それがくすぐったくて、意図せず変に上擦った声が漏れる。


「何今の声? 渚ってば、そういう感じで鳴くんだ」

「ちょ、ちょっと待て! ひっ、あぅっ……だ、ダメだって!」

「僕を否定した渚が悪いんだよ? 反省した?」

「いや、否定ってわけじゃ……! 照れ隠しというか、何というか……ほ、褒められたのが嬉しくて……!!」


 俺から無理やり本音を引き出し、響はご満悦。

 途端に手つきを変え、子犬でも撫でるように優しくまさぐる。


「渚は格好いいよ」

「……そりゃどうも」

「せ、世界一……格好いいよ?」

「お前、仕事で散々アイドルとかと会ってるのに、その褒め言葉は無理があるだろ」

「……僕にとっては、渚が一番だもん」


 拗ねるように言って、唇を尖らせた。頬を赤らめながら。


「うぅう……うぅうううう……!!」


 箒とちりとりを手に命令を遂行する綴は、響を見つめて低く唸っていた。


「ぬ、抜け駆けっ……抜け駆けだよ、それっ……!」

「チャンスは平等にあったんだから、抜け駆けってのはおかしくない? 綴も勝てばいいんだよ」

「ぐっ……うぐぐぐっ、うーっ! ぅうう!」


 子供の頃と状況が真逆。

 綴は今にも泣き出しそうな勢いで、対して響は勝者の余裕を漂わす。


「前々から思ってたけど、その抜け駆けって何なんだ……?」

「「……」」

「何で黙ってるんだよ」

「「自分で考えて」」


 相変わらずの仲良し具合を微笑ましく思いつつ、しかし欲しい回答をもらえなかった。

 程なくして、俺へのお触りが終了。四回戦目をやろうという話になったところで、綴が手首に嵌めていたヘアゴムで髪を括る。


「次は……絶対、勝つから……!」


 家の外や仕事へ行く際にするマンバンヘア。彼女にとっては、気合を入れる時のルーティーン。

 赤い瞳に猛々しい炎を灯して、ジッと響を睨む。向こうも向こうで煽るように鼻を鳴らし、くるくると銀色の髪を弄る。


「……二人とも、俺は眼中にない感じか……」


 敵とすら思われておらず、ちょっと悲しくて悔しい。

 そしていざレースが始まってみると、やはり俺は完全に蚊帳の外で、二人が熾烈なトップ争いをしていた。


「な、何で!? 僕、いつも練習してるのに!!」


 響が上手いのは間違いない。

 しかしゲームにおいて、綴の方が才能があったのだろう。


 三回分の敗北から学習し、四回目の今も響からテクニックを盗み、全力で活かしている。

 バトル漫画風に言うなら、戦いの中で成長してやがる、というやつだ。


「待って待って! うわっ! あっ、あぁ! やだぁああああ!!」


 一位でゴールしたのは綴。

 二位の響はこの世の終わりのような顔で絶叫し、そのまま前のめりに倒れた。……ちなみに、俺は三位。最後の最後まで、まったくトップ争いに食いつけずに終わった。


「じゃあ……な、渚、命令っ」


 勝利の余韻に浸る間もなく、綴はこちらに顔を向けた。


「はいはい。綴も腹触りたいのか?」

「う、ううん」

「じゃあ何させたいんだ?」

「――――」

「……ん?」


 上手く聞き取れず、俺は首を傾げた。

 綴はやや躊躇いながら、しかし俺を一点に見つめて薄い唇を開く。




「だ、だから……キス、したい」

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