第8話 裸ワイシャツがいい


「渚、料理上手過ぎない……?」

「……美味しい。わ、私たちが作るより……は、遥かに……!」


 午前九時頃。

 二人が起きて来たところで朝食を始めた。

 

 絶対欠かせない白ご飯と味噌汁。定番の鮭の塩焼きと卵焼き。鶏肉とこんにゃくの煮物に、ほうれん草のおひたし。きゅうりの塩昆布おかか和え。響には別にもう一品、豆腐と卵の雑炊。


 気合を入れて作り過ぎた。不味いと思われたらどう処理しよう。

 などという不安は、杞憂に終わった。


 舌に合ったのだろう。

 三日ぶりの食事が如くがっつく二人に、自然と笑みがこぼれる。


「あんまり他人に振る舞う機会なかったから不安だったんだ。美味しかったならよかっ――」

「「よくない」」

「え?」

「せっかく胃袋掴もうと思って、お母さんから色々習ったのに……!」

「ぷ、プロの味だ……勝てないよ、これ……!」


 何やらブツブツと言う二人。

 暗い顔をしつつも、箸と口だけは止まらない。


「……よくわからないけど、不味かったら食べなくていいんだぞ?」

「「美味しい!」」

「お、おう」

「「おかわり!」」


 何なんだこいつら。




 ◆




 朝食が終わり、俺と響は予定通り病院に行った。


 熱はなく、他に風邪っぽい症状もない。

 診てくれた先生も、疲労とストレスが原因で一時的に熱が出たのではないかと言っていた。念のため薬を出してもらい、処方箋を片手に病院を出る。


「先生、響のこと知ってたな」

「僕のこと見た瞬間、変な声出してたもんね」


 担当してくれた女医は、Amazoraのファンだった。

 響を女だと知ってガッカリするのでは、と思っていたが、特にこれといった反応はなかった。聞くと、格好いいことに違いはないから性別はどうでもいいらしい。


 確かに今日の響は、俺でも少し照れてしまうほど決まっていた。


 黒のニットに黒の革ジャン、黒パンツと黒のキャップ。手や首回りを彩るシルバーアクセサリー。

 シンプルながらかなり人を選ぶファッションだが、彼女にはこの上ないほど似合っており非常に格好いい。中性的な顔立ちや髪型も相まって、昨日あれだけ煽情的な下着姿を見てなお、実は男なのではないかと思えてしまう。


 口に出したら今度こそ嫌われそうだから、絶対に言わないけど。


「なに? 僕の顔に何かついてる?」


 凝視し過ぎたせいだろう。

 響は俺の顔を覗き込み、小動物のように首を傾げる。


「相変わらず格好いいなぁと思って。羨ましいよ、本当に」


 本当のことを言う。重要な部分はしっかりと伏せて。

 すると響は、「へへっ」と俺を見つめたまま白い歯を覗かせる。


「そうでしょ。可愛いのもいいけど、やっぱり僕はこういう系が好きなんだよね。身体に馴染む、っていうかさ」


 スタイルの良さを誇示するように、得意げな顔でポーズを取った。

 一昨日見たスカート姿もいいし、昨日見たセクシー系の下着姿も素敵だ。しかし何だかんだ俺は、この手の服を着る響が一番好きかもしれない。


「っていうか、いきなり何だよー。褒めたって学費くらいしか出ないぞー?」

「キャバ嬢に入れ込んでるオッサン並みに財布ガバガバだな」

「あれ、でも渚って学費免除してもらってたっけ? じゃあ仕方ないから、社会人の僕がこの先の喫茶店で甘いものでも奢ってあげよう」

「別にいいって。早く帰るぞ」


 そう言うと、響はピーマンを出された子供のような顔で固まった。


「遊び……行かないの? 僕、せっかくオシャレしたのに……」

「昨日熱出したこと忘れたのか? 念のため、今日一日くらいは安静にしとかないと」

「でも先生、ストレス溜めないように気分転換とか大事って言ってたし!」

「だからって、今日遊べとは言われてないだろ? 駄々こねてないでさっさと帰――」


 ぐいっ。


 歩き出す俺の腕に、響がしがみついた。


 分厚い服越しに伝わる、確かな女性的な感触。

 物欲しそうな上目遣いと、むーっと膨らんだ頬。

 格好よさの下に隠された、子犬じみた可愛さ。そのギャップにくらりと眩暈がして、急激に体温が上がる。


「お、おい……響……?」

「……喫茶店でお喋り、するだけだから……」

「いや、だから――」

「言うこと聞いてくれなきゃ……きょ、今日から家で服着ないっ!」

「どんな脅しだよ!?」

「綴も一緒に!」

「勝手に姉を巻き込むな!」


 たちが悪いことに、響の頼みなら綴は確実に聞く。

 脱げと言ったら迷わず脱ぐだろう。


「靴下は履いてた方がいい? ニーソとかタイツでもいいよ?」

「俺の性癖を勝手に想像して、変な気遣いするのやめてくれないか?」

「裸ワイシャツがいいってこと……?」

「誰がそんなこと言ったんだ!?」


 俺はため息をついて、しがみつく響の額を軽く小突いた。

 「いてっ」と彼女は離れて、青い瞳を小刻みに震わせる。

 

「……わかったよ。ちょっとだけだぞ」

「ほんと!?」

「お茶飲んだら帰るからな」

「へへっ。わかってるよー」


 家に帰っても一緒なのに、どうしてわざわざ外で駄弁る必要があるのか。

 正直疑問だが……まあ、響が楽しそうだから別にいい。


 喫茶店に寄るくらいだったら、身体に障ることもないだろう。

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