第2話 アルティメットセックスアピール兵器
程なくして、渚が暮らす家――今日から僕たちが住む家に到着した。
アホの渚をリビングに放置し、僕は綴を連れ自室にこもる。
「僕たちを男だと思ってた!? はぁああああ!? 何だよそれ、くそっ、何だよそれぇ!!」
フンフンと鼻息を荒げながら、僕はクッションを殴っていた。
形がひしゃげて、元の姿が見る影もないほどに。
「僕たちの気持ちも知らないで……くそぉっ、どれだけ長いこと片想いしてたと思ってるんだぁ!!」
ギリッと奥歯を食いしばり、クッションを叩く。
そう。
僕たちは、ずっと昔から渚のことが好きだった。
ただ、渚とは幼馴染。
ずっと一緒にいて、あまりにも一緒にい過ぎて、もはや家族のようなもの。
そのせいだろう。
彼はこれまでただの一度も、僕たちを女の子として見てくれたことがない。
ルームシェアに誘われた時は、もう完全に異性扱いされていないなと諦めた。
それでも、一緒にいられるのなら――。
そう思って久々に顔を合わせたら、なにそれ? なにそれぇ!?
……い、いやまあ、確かに小学生の頃は男の子と間違われても仕方ない感じだったけどさ。その上、売れるまで会わないって願掛けしてた僕たちにも非はあるけどさぁ。
だとしても、テレビで観てたらわかるでしょ!
幼馴染なら、普通気づくでしょ!
お前の目は節穴か!!
ぜぇー、ぜぇー……。
はぁー、はぁー……。
頭に血がのぼり過ぎてフラフラする。
一旦深呼吸しよう。
百万歩譲って、僕はいいよ。
声低いし、一人称も男っぽいし。実際、王子様キャラで売ってるわけだし。
でもさ、綴まで男扱いってどうなの!?
普通の声だし、一人称も私だし、髪型はアレだけど別に男要素ないよね!? おかしくない!?
「……ダメだ、またムカムカしてきた。渚のバカ野郎、もう一発殴って来る」
「ま、まだするの……? もうよくない……?」
部屋に着くまでに、渚のことはしこたま叩きのめした。
まだ足りないと腰を上げる僕を、綴がやんわりと注意する。……むぅ、綴がそういうならやめとこう。命拾いしたな、バカ渚め。
「綴はもっと怒りなよ。こういう時はムカついていいんだよ」
「そ、そうかも、だけど……」
「だけど?」
膝を抱えて三角座りをし、小さく縮こまる綴。
指先で爪を弄りながら、赤い瞳を濡らして頬を染める。
「……渚、わ、私たちのこと男の人だと思ってたってことは……下心とか、なかったってことだよね?」
「……それは、そうかもね」
「い、今まで沢山助けてくれたし。何でも相談乗ってくれて……あ、会えないのに、いっぱい悩んでくれて……その全部に、嫌らしい気持ちとか、なかったってことだよね?」
「……」
「だとしたら……わ、私は、嬉しいな。よ、余計……好きになっちゃった、かも……」
そう言われて、ふと冷静になって考え込む。
渚は僕たちのことを苦労人だと思っているが、本当に一番苦労しているのは彼だ。
生まれてから今日に至るまで、真に心休まる時間など片手で数える程だろう。
そんな中でも、僕たちのために時間を捻出し、時に身を削り、ここぞという場面で救ってくれた。それは紛れもない真実で、覆しようのない事実。
……今までの全ての行動に、下心がなかったというのは。
まあ確かに、ちょっと、そこそこ……いや、かなり嬉しい。心の底から大切にされていたのだと理解できる。
「……そ、それにさ……」
ポツリとこぼして、妖しく蕩けた笑みを口元に滲ませる。
「こ、これってまだ……チャンス、あるってことじゃん……! 渚に、す、好きになってもらえるかも……!」
ニマニマとあまり人には見せられない顔をして、恥ずかしくなったのか手で顔を覆うも、それでも指の隙間からは抑え切れない感情が漏れていた。
「……私、渚の全部が、ほ、欲しい……♡」
そう口にして、「わっ」と甲高い声を漏らして縮こまった。自分で言って、恥ずかしくなってしまったらしい。……この姉は人一倍気が小さいくせに、変なところで大胆というか何というか。
でも、同感だ。
「……僕も、欲しい」
ゴクリと唾を呑む。
「渚の全部、欲しいよ」
「……う、うん」
「そんでもって、その……」
「私たちの全部も……も、もらって欲しい……」
僕の代わりに綴が言って、二人して恥ずかしくなりクッションを叩いた。
ベシベシ。ペシペシペシ。
軽快な音を響かせて、ふと目が合い笑い合う。
「でも、忘れちゃダメだよ。二人一緒にって、決めたよね」
「わ、わかってるよ」
どちらが渚と付き合うかで、昔はかなり揉めた。
というか、それ以外の話題で綴と喧嘩したことがない。
でも結局、どちらも譲れなかった。
だから、僕たちは決めた。
二人で一緒に好きになってもらおうと。
もし渚がどちらかしか選べないというなら、その時は仕方がない。
でも、もしどちらも受け入れてくれるなら……その時は、二人で僕たちの全部をあげる。心も身体も、何もかも。
世間体的にも倫理的にも問題はあるが、僕たち双子にとってはこれが最適で最良だと判断した。
だって渚のことを想うくらい、お互いのことが大切だから。
幸せになって欲しいと願っているから。
「……で、どうする? 好きになってもらうって言っても、やり方は色々あるけど」
「ま、まずは、異性としてハッキリと、い、意識して貰うのが先じゃない、かな?」
綴の言葉に、僕は頷いた。
既に十分異性として意識されていたら、好きだ何だと露骨に迫るのもありだろう。
ただ渚は、ついさっき僕たちを女だと知ったわけで。
だとしたら、いくらか段階を踏む必要がある。
「あれ……使う? ほら、前に買った、あれ……」
「あれ? いいけど、ドン引きされないかな?」
「渚には……た、多少、荒療治が必要だと思うし……」
一時の気の迷いで買ったはいいが、恥ずかしいので封印していた、あれ。
アルティメットセックスアピール兵器――。
確かにあれを使用すれば、もう二度と、絶対に、僕たちの性別を間違えることはないだろう。
「んじゃ、あれは明日使うとして、今日はもうさっさと寝ちゃお」
「な、渚とお喋り、しないの……?」
「今夜くらい一人でへこませて、僕たちに嫌われたーって悩ませとけばいいよ。それくらいのお灸は据えてやらなきゃ、向こうも僕たちを異性として見ようって心構えができないだろ」
「……まあ、た、確かに、一理あるかも……」
お互いに納得したところで、綴は自分の部屋に戻って行った。
渚め、覚悟しとけよ。
でろでろに意識させて、どろどろに惚れさせてやるからな。
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