第3話 忌み子の娘は夢を見る(後編)

 それから数日が経ち、私はまた夢を視た。

 そう、予知夢だ。

 私は寝間着のまま部屋から飛び出すと、夜中にも関わらず、カーティスの自室の扉を叩いた。


「カーティス!」

「どうしたの?もしかして夜這いに来て……ねぇ、どうしたの?」

 血相を変えた私を見て、寝ぼけ眼だったカーティスは覚醒する。

「大変よっ!大変な夢を視てしまったの!」

「ソフィー!」

 カーティスがガシッと私の肩を掴んだ。

「まずは深呼吸を。落ち着いて話して」

 確かに私が落ち着かなければ、伝えたいことも伝えられない。

 私は大きく深呼吸をし、自分が視た夢について話した。



 晴れ渡った空と、木々が青々と茂った山が見えた。

 山の麓には街があり、人々が忙しそうに往来を行き来している。

 通りには商店が立ち並び、活気に満ちている様子だ。

 その時、ふと通りを歩いていた一人の女性が立ち止まった。背に籠を背負った中年女性で、籠の中には採ってきたばかりと思われる薬草が入っている。

 その女性が山の方を指した。何やら白い煙が出ていると、その瞬間――


 爆発的な噴火が起きた。


 山からマグマが激しく噴き出し、岩やらガスやらを巻き込んで、物凄いスピードで山肌を滑り落ちる。

 街の人々が悲鳴を上げ、慌てて逃げようとするが……あっと言う間に火砕流は街そのものを呑み込んでしまった。



  私の話を聞いて、カーティスも青ざめた。

「その火山の噴火がいつ、どこで起こるか分かるかい?」

「時期は分からないわ。明日か、一か月後か。時刻は太陽の位置から、ちょうど昼過ぎくらいだと思う……場所は……」

 私は必死に夢の記憶を辿たどった。何か特徴的な地形はなかっただろうか?

「ちょっと待ってて」


 そう言って、カーティスが引っ張り出したのはこの国の地図だった。そのあちこちに、何かの印が書き足されていて、それは活火山を示しているという。

「よく、こんな地図持っていたわね」

「仕事でちょっと、ね。実はこの国に活火山が四十以上あるんだ」

「そんなに……」

 その中から、目的の山を見つけるなんて可能なのだろうか。


「ソフィー。夢で視た街の人たちの格好はどうだった?」

「格好……あっ!」

 カーティスの意図するところが分かって、私は声をあげた。

「軽装だったわ」

 春に近づいてきたとは言え、王都はまだ寒さの残る冬だ。外出時、人々は外套を着ている。しかし、夢の中の人々にはそうではなかった。

「つまり、夢の場所は温暖な南の地方というわけだ」

「あと、常緑の広葉樹の山があったわ」

 他に、他に、何かヒントはないだろうか。

 私はハッとする。

 山の方を指さした中年女性。彼女は籠を背負っていて、その中には――


「セレーン領じゃないかしら!?」


 私は叫んだ。

 籠の中にあったのは雷光草という種類の薬草だった。薬草学の本にも載ってあり、その産地がセレーン領だと記憶している。


「つまり、ソフィーが夢で視たのは……」

 カーティスは一つの山を指した。

 これまでの条件を全て満たすのは、ここだけである。

 


 これからカーティスは、セレーン領の危機を知らせに行くという。

 しかし、王都からセレーン領までどれだけ急いでも二日はかかる。こちらの警告が届く前に、火山が噴火してしまう可能性も十分あった。


 どうか間に合いますように。

 私が祈るような気持ちでいると、

「じゃあ、ソフィー。行ってくるよ」

 カーティスはその言葉と共に、忽然こつぜんと姿を消した。

 本当に、魔法みたいに。私の目の前からいなくなってしまったのである。


「え?」


 事態を呑み込めず、私はその場に立ち尽くした。



 王都内でもひときわ大きく立派なお屋敷。その客室に私は通されていた。

 緊張して、出されたお茶の味も分からない。

「緊張しなくても大丈夫だよ」

 のほほんとカーティスは言うが、それは無理な話であった。

 ここはセレーン侯爵家のお屋敷だ。

 そう、私の異母妹が無礼を働いてしまった、あのサラのお屋敷である。


 客室の扉が開いて入って来たのは、十代の少女と壮年の男性だ。

 どちらとも初対面だが、誰なのかはその身にまとう雰囲気で分かった。

 サラと彼女の父親の侯爵である。


 私は慌てて立ち上がりお辞儀をしようとする。だが、ここで思いもよらぬことが起こった。なんと二人の方が、私たちに向って深々と頭を下げたのである。

「おやめください!」

 私はとっさに声をあげたが、

「いいえ」

 サラはきっぱりとした口調で言った。

「私も父も、貴女あなたたちには感謝してもしきれません」

「貴女方のおかげで領民が救われた。心から感謝します」



 私の予知夢の通り、セレーン領の火山が突然噴火し、火砕流がふもとの街を襲ったのは、つい先日のことだ。

 しかし、噴火の数時間前に領地へ辿たどり着いたカーティスが危機を知らせ、街の人々は全員避難できたという。


「街は溶岩に呑まれてしまいましたが、何よりも大切なのは人命ですから」

「皆さんが無事で良かったです。しかし、私はモナシュ家の人間でして……」

 内心ビクビクしながら伺うと、サラと侯爵は顔を見合わせた。

「あの件は貴女に関係のないことです。カーティス様からも伺っています。貴女はあの舞踏会のことも予知し、その上で止めようとして下さったのでしょう?その結果、鞭で打たれることになってしまった」

 はぁ、とサラはため息を吐く。


「私も以前から、殿下がローズ様にご執心なことは知っておりました。彼女を側妃にするのなら私は目をつむりました。でも……」

「この結婚は当家だけの問題ではない。娘が正妃になることは、国にとって最良だと国王陛下が判断し、王太子との結婚を取り決めたのだ」

「当然、殿下もその辺りを理解していると思っていたのですが。まさか私を陥れて、ローズ様を正妃にしようとするなんて」

「あまりにも浅慮な殿下の行動に、陛下はたいそうお怒りだ。すでに殿下の廃位は決まり、新たな王太子に弟君が選ばれることも内定している。そして、娘は新たな王太子と婚約する」

  二人の話を聞きながら、私はほうっとなった。

 王太子との結婚に頭の中がお花畑だった妹や両親とは次元が違う。最初から、敵う相手ではなかったのだ。



「貴女は男爵家でずいぶんと酷い扱いを受けていたと聞いているわ。こんな有能な人材をそのように扱うなんて……」

「ローズ嬢の件についてもそうだが、男爵はまるで見る目がないな」

 二人の反応に、私はパチパチと目を瞬く。

「有能……?わ、私がですか?」

「ええ。貴女の未来予知は素晴らしいわ。今回も、貴女のおかげで未来が変わり、多くの人命が救われたのよ」

「でも……異能は……」

 異能は忌み嫌われるもの――そういう社会通念がある。

「確かに。我が国では過去に異能者によって凶悪な事件が起こってしまった。しかし、それは異能の力が悪なのだろうか?いいや。大切なのは、異能という大きな力を誰がどういう風に使うかだ。そうだろう?」

 そう言って、侯爵はカーティスを見た。



 私が予知夢を見た後、カーティスはその危機をセレーン領に知らせに行った。

 瞬間移動テレポートの異能を使って――。


 カーティスは、遠く離れた場所へも瞬時に移動ができる――そんなとんでもない能力の持ち主だった。

「黙っていてごめんね」

 大役を果たして屋敷に帰ってきた彼は、軽い口調で自らの異能について説明し、私はくらりと眩暈めまいを覚えたものである。


「ヴァイス伯爵家については聞いているかい?」

 侯爵が私に尋ねる。

「はい。昔から異能者が多く生まれる家系だと……」

「そう。そして彼らはその力を使い、この国を守ってくれている。いわば影の守護者なんだ。カーティス殿自身もその類まれな異能で、国内を飛び回っている。今回のような自然災害や大きな事件があったときは、いち早く中央にその情報を知らせる役目を担ってくれているのだよ」


  コホンと侯爵は咳払いをした。

「話が長くなってしまったな。今日来てもらったのは他でもない。我が領民を救ってくれた君に何かお礼をしたくてね」

「お礼なんてとんでもございません!」

「遠慮しなくていい。私にできることなら何でもしよう」


 私は迷いに迷い……それから意を決して口を開いた。

「私の家が侯爵家にしてしまったこと。その重大さはよく分かっているつもりです。でももし、私の望みを叶えていただけるのなら……その処分を軽くしていただけないでしょうか?」

「えぇっ!?」

 そう声をあげたのは、サラでも侯爵でもない。カーティスだった。

「あんな酷い仕打ちを受けておいて許すの!?」

「家が取り潰しになったら……たぶん家族は路頭に迷うと思うの」


 私の両親ははっきり言って、庶民として生きていけるタイプではない。

 ローズは若く美人だから何とかなるかもしれないけれど……でもあの性格だからどうだろう?コロッと悪い男に引っかかりそうでもある。


「そんなの知ったことじゃない!自業自得だよ!」

「ええ。それは分かっているのだけれど、さすがに野垂れ死に……なんてことになったら寝覚めが悪いわ」

 認めたくはないが――どうしても長年同じ家で過ごしてきた情が私にはあった。

 父も継母も異母妹弟も……嫌いなはずなのに、憎みきれないのだ。


 そんな私の様子を見て、カーティスは頭を抱え、侯爵たちは困ったように微笑んだ。

「分かった。無罪放免というわけにはいかないが、君がそう望むなら男爵家については善処しよう」

「ありがとうございます」

 侯爵の言葉を聞いて、私はホッと胸を撫でおろした。



 侯爵家を後にして、帰りの馬車の中でカーティスは呟いた。

「本当にお人好しなんだから。こんなんじゃ心配で目が離せないよ」

「ごめんなさい。色々と心配かけちゃって」

「……そう言えば、の話なんだけれど」

 そうだった。カーティスには私の就職先を探してくれていた。

 本音を言うと、カーティスや使用人さんたちと過ごすのが楽しすぎて、このままで居たいという気持ちが強い。

 もちろん、そういうわけにはいかないけれども。


「何か、良い就職先を見つけてくれたの?」

「うん。俺のおすすめの!」

 ニコニコと笑いかけてくるカーティス。そんなに良い仕事なのかと、私も期待する――が。

 どうしてだろう。 

 カーティスの顔がどんどん近づいてくる。

「ちょっと、カーティス!?」

 慌てて彼を押しのけようとするが、ぐっとその腕を掴まれた。

 そして、カーティスは私の耳元でそっとささやく。


「俺のお嫁さんなんてどうかな?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忌み子の娘は夢を見る 猫野早良 @Sashiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説