第2話 忌み子の娘は夢を見る(中編)

 あれからひと月が経った。

 書置きと共に実家から出て……現在、私は王都にあるカーティスの屋敷にいる。

 こぢんまりとした――けれども素敵な――お家で私はお世話になっていた。


 カーティスはどうやら私の就職先を探してくれているようだ。その間、しばらくこの屋敷に滞在するように、とのことだった。

「客人として、ゆっくりしてよ」

 しかし、こちらは迷惑をかけている身。お客様扱いなんてとんでもない。

  私は彼に頼みに頼みこんで、下働きのお仕事をもらった。


「貴族のお嬢さんがこんなに働き者とはね」

 カーティスに長らく仕えているらしいメイド長は、感心したような、少し呆れたような口ぶりで言った。

「貴族と言っても貧乏貴族でしたから」

「こんな働き者が坊ちゃんのお嫁さんになってくれたらねぇ」

 お世辞だと分かっていても、私を受け入れてくれたように思えて嬉しい。

 彼女だけではなく他の使用人たちも、とても親切に接してくれて、私は楽しい生活を送っていた。


 そう言えば、カーティスは言っていた。うちの使用人たちなら、私の異能がバレてしまっても大丈夫だと。

「彼らはちゃんと理解しているからね。異能が問題じゃなく、それをに使うかが重要だって」

 それが本当ならどんなに良いだろう、と私は思った。



 どうしよう。

 こんな居心地が良いと、いつまでも此処にいたくなってしまう。

 いつかは去らなければいけないのに。


 そんな風にぐずぐずしているうちに、あるニュースが飛び込んできた。

  新聞のトップに、大きく見出しがあるのを目にして、私は驚愕する。


――アレクサンダー殿下、突然の婚約破棄 モナシュ男爵令嬢の悪行を暴いたセレーン侯爵令嬢の見事な手腕


 見出しだけで、一体何が起こったのか容易に想像できてしまった。

 実際に記事に目を通してみると、予想通り。あの予知夢が現実になったことを知る。



「昨夜の舞踏会だろう?うん、すごかったよ」

 夕食の席で、カーティスはそう話した。彼は例の舞踏会に招待され、事件を目の当たりしていたのだ。

 それで、カーティスは事の顛末てんまつを語ってくれた。



 王太子のアレクサンダーが遅れて舞踏会会場に現れ、その場にいた一同の視線が、彼とその隣の男爵令嬢ローズに集まった。

 なぜ、王太子が婚約者の侯爵令嬢ではなく、別の女性をエスコートしているのか。皆、興味津々に二人を見ていた。


「この場を借りて話したいことがある!サラ!」

 アレクサンダーの呼びかけに、一人の女性が前に出た。

「どうなさいましたか。殿下」

 皆の注目を受けながら、侯爵令嬢サラは真っすぐに自分の婚約者を見返した。

「僕はここで宣言する!君との婚約は破棄し、このローズと結婚する!!」


 前代未聞の事態に、会場でどよめきが起こった。

 しかし、当事者であるサラは顔色一つ変えなかった

「理由を伺ってもよろしいですか?」

「理由?そんなことも分からないのか?自分の胸に手を当てて考えてみろっ!君はこの国の妃にふさわしくない!」

「いったい、何のことでしょう?」

「とぼけないでください!」

 大きな目に涙を浮かべるローズ。

「常日頃から私を邪険にし、ひどい悪口を言っていたではありませんか!」

 ほろほろと涙をこぼすその様子は、まさに悲劇のヒロインそのもの。周囲の人間がローズに同情的な視線を送る中、サラはきっぱりと言った。

「身に覚えがございません」

「白を切る気か!?」

「白を切るも何も、私と彼女には接点がほとんどありませんもの。どうやって邪険に扱い、悪口を言うのでしょうか?」


 サラの発言を聞いて、その場にいた貴族たちは「おや?」と思い始める。

 たしかに、モナシュ男爵家とセレーン侯爵家では家格が違いすぎて、交流の機会がほとんどない。あるとすれば、おおやけの式典など、とても機会は限られていた。


  場の空気が少し変わったのをいち早く察知して、ローズは叫んだ。

「嘘を吐かないでください!そう、あれは秋のノイマン公爵家のお茶会の時です。いつものようにあなたは私に暴言を吐き、それだけでは気が済まなかったのか、バルコニーから私を突き落としました!」

 ざわり。また会場がざわめいた。

「幸い、植木がクッションになって事なきを得ましたが、一歩間違えば死んでいたんです!」

「つまり、私が貴女あなたを殺そうとした――そうおっしゃりたいと?」

「そうです!医師の診断書……そして、目撃者もいますっ!!」

 ローズが振り返る先には、三人の令嬢がいた。


 令嬢たちのうち、二人は緊張のためか顔がこわばっていた。それでもハッキリと証言した。

「サラ様がローズ様を突き落とすところを見ました」

「ローズ様はサラ様に押されて、バルコニーから転落しました」

  証言者まで現れて、その場の空気がまた変わった。

「これでもまだ過ちを認めないのか!」

 アレクサンダーが吐き捨てるように言い、周囲の貴族たちも非難の目をサラに向ける。

 そんな中、最後の証言者が口を開いた。

「公爵家のお茶会で……サラ様がローズ様をバルコニーから突き落としました」

 会場のどよめきが一層大きくなり、


「……と、偽りの証言するようにローズ様から命令されました」


 一瞬で静まり返った。



「ど……どういうことだ?」

 その第一声はアレクサンダーのものだった。それに証言者の令嬢がすらすらと答える。

「ローズ様に脅されたのです。嘘の証言をしなければ、ご自分が王妃になったとき、私の家を取り潰しにすると」

「アンタ、何言ってんのよ!?」

 ローズが怒りに震える声で叫ぶ。そんな彼女を呆然と、アレクサンダーは見た。

「ローズ?サラにいじめられたと僕に話してくれたのは……アレは全て嘘だったのか?」

「違うの、違うのよ。アレックス。きっとあの子はサラ様に買収されたのよ!ええ、そうよ!そうに決まっているわ!!」

「だが……」

「お願いよ、アレックス!私を信じてっ」


 皆が騒然となる中、一人の婦人が前に出た。

 彼女はまず、王座に座る人物――国王に声をかける。

「国王陛下。発言のお許しを」

「……ノイマン公爵夫人。いいだろう」

 今まで黙って事の成り行きを見ていた国王がうなずき、公爵夫人は王太子とローズの方に向き直った。


「先ほどのお話、我が家の茶会での狼藉ろうぜきについてですが……サラ様には不可能と思われますわ」

「ど、どうしてそう言いきれるんですか!?あの日はサラ様もお茶会に出席していたはず――」

「ええ、でもね。サラ様は私に挨拶をしてくださると、すぐにお帰りになったんです」

「え……?」

「何でも急用ができてしまったそうで。それでもご丁寧に、挨拶にいらっしゃったのですよ。ねぇ?」

 公爵夫人がサラに微笑みかけると、

「その通りです」

 相変わらず、冷静そのものでサラは頷いた。



 形勢は完全に変わってしまった。

 もはや、ローズが虚偽の報告でサラを陥れようとしたのは、誰の目から見ても明白だった。

 真っ青な顔でへなへなとその場に崩れ落ちるローズ。そして、そんな彼女を信じられないというようにアレクサンダーが見ていた。

 だが、話はここで終わりではない。今度はサラの方が二人を糾弾し始めたのだ。


「ちょうどいい機会です」

 そう言って、彼女が皆の前で暴露したのは、アレクサンダーがローズに買い与えたプレゼントとその金額だった。

 どこから取り出したのか、長いリストを明瞭な声で読み上げるサラ。

 その総額は、貴族たちもびっくりするくらいの額で、王都で屋敷が一つ買えそうなものだった。

 最後にサラは、

「次期国王が、民の血税をこのように散財するのはいかがなものでしょうか」

 と正論を叩きつけた。



 息子の浅はかさを目の当たりにして、国王は深々とため息を吐く。

「王子の廃嫡も考えなければならないな……」

 その言葉を聞いて、アレクサンダーは唖然あぜんとし、ローズは泣き叫んだ。



 予想を上回る酷い話に、私は言葉を失った。

「おそらく、サラお嬢様は王太子と君の妹の企みを事前に知っていたんだろうね」

 カーティスは私が作ったひよこ豆と鶏肉の煮込みを「美味しい、美味しい」と食べながら、そうつぶやく。

「相手方にスパイを送ったか、もしくは本当に寝返らせたのか。どちらかは分からないけれども、情報が筒抜けだったんだろう」

「そうじゃなければ、準備が良すぎるものね。もしかして、新聞社に情報を流したのも……」

「あり得るね。まぁ、サラ様の方が一枚も二枚も上手だったというわけだ」

 そんな相手に喧嘩を売るとは……我が妹ながら無謀すぎる。

 そして、そんなローズに騙される王太子も酷い。彼は王にならない方が、この国のためだろう。


「まだ、二人の処分は決まっていないけれど」

 そう前置きしつつ、カーティスは話す。

「王太子は廃位になるかもしれないね。まぁ、彼の弟君はとても優秀だから、かえって良かったのかもしれない」

「私の実家もタダでは済まないわね……」

「そりゃあ、侯爵家に殺人未遂の冤罪を着せようとしてしまったからね。誣告ぶこくに名誉棄損……爵位ははく奪され、家の取り潰しも止む無し――かな。あ、でも」

「え?」

「ソフィーのことは俺が保障する。だから勝手に外国へ逃亡なんてしないでね」


 そう言って、私を見つめるカーティスの瞳は真剣そのものだ。

 どういうわけか妙に顔が熱くなり、私は慌てて彼から目をそらした。


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