忌み子の娘は夢を見る

猫野早良

第1話 忌み子の娘は夢を見る(前編)

 冷え切った、狭く埃っぽいいつもの物置。

 その中の粗末なベッドの上で私――ソフィア・モナシュは目を覚ました。

 文字通り飛び起き、今さっき夢でたことを確かめる。



 きらびやかな舞踏会。着飾った貴族たち。

 彼らの視線は広間の中心に注がれていて、そこにいたのは唖然あぜんとする王太子と泣き叫ぶ美しい少女。

 彼女の名前はローズ・モナシュ。私の腹違いの妹だ。

 皆の前で悪事を暴かれてしまった妹は半狂乱で、その美しい顔を歪めている。

 一方、妹を断罪した相手――王太子の婚約者である侯爵令嬢は冷ややかに愚か者たちを見下ろしていた。



 そういう夢を私は見た……いや、視てしまったのだった。


「なんてこと……」


 私は頭を抱え込んだ。



 私の生家であるモナシュ家は、しがない男爵の家だ。領地も持たない貧乏貴族。

 私の実母は、まだ私が幼児のときに亡くなった。

 そして後妻が家に入り、私には腹違いの妹弟ができた。

 よくある話だが、私は彼らから嫌われていた。さらに、実父からも憎まれる始末だった。

 家族から嫌われる理由――その最たるは、私がを持つことだろう。


 私は未来が視える異能者だった。



 この国で異能者というのは、不気味な者として嫌われている。

 そのきっかけは、数十年前に異能者のカルト集団が起こしたテロ事件らしい。彼らのせいで大勢の罪のない人々が亡くなり、異能者は恐怖と嫌悪の対象になってしまった。


 私は予知夢という形で未来を視るのだが、それは幼い頃から備わっていたようで、よりにもよって私は実母の死を視てしまった。幼児の私は舌足らずの言葉で、母の死を予言したという。

 そして、母は本当に死んだ。

 父親は私が母を呪い殺したと考え、以来『忌み子』として私を憎んでいる。


 それでも、昔はまだ良かった。

 家庭教師をつけてもらったし、一応は貴族の娘として扱われていた。

 おそらく、まだ私に利用価値があると考えてのことだろう。令嬢として育て、良縁を得て結婚すれば、モナシュ家に利益をもたらす可能性がある。

 私はできる限り自分の価値が高まるよう、勉学に励んだ――礼儀作法、国の歴史、裁縫、音楽などに加えて、外国語や薬草学……等々。


 しかし、それも無駄な抵抗だった。ローズがとても美しく成長すると、私など用済みになってしまったのだ。

 私にかけるお金があるのならば、両親はローズにドレスや宝石を買い与えた。

 ローズは華々しく社交界デビューし、一方で私はその舞台に上がることすらできなかった。

 もはや両親にとって、私はお金をかける価値すらない。今じゃ、下働きの使用人以下の扱いになっている。


  一方で、ローズは両親の愛情と期待を一身に受けていた。

 我が子なら玉の輿に乗れる――そう両親は夢想し……恐ろしいことに、それは現実となる。

 とある舞踏会で、ローズはこの国の王太子であるアレクサンダーに見初められたのだ。


 男爵令嬢が王太子と結婚なんて色々と問題があるように思われるが、両親はもろ手を挙げて喜んだ。

 ただ、『王太子にはすでに婚約者がいること』には、さすがに気になった様子。

 その婚約者は、サラ・セレーンという侯爵令嬢だった。

 向こうは国内でも指折りの有力貴族。こちらは貧乏男爵家。家格は比べるまでもない。

 加えて、侯爵令嬢は聡明なことでも有名であり、正妃となって公私ともに夫を支えることが期待されていた。

 両親に甘やかされて育ったローズが、サラよりも正妃にふさわしいなんて思えない。

 しかし、王太子はサラとの婚約を破棄し、自分が王になったあかつきにはローズを正妃に迎えると約束したそうだ。


「セレーン侯爵が黙っていないんじゃなかろうか」

「大丈夫よ。あんな嫌味な女、敵じゃないわ。アレックスもそう言ってる。ふふ、私には秘策があるの」

 心配無用と言い張るローズは自信たっぷりで、その様子に両親は「さすが、我が娘」と舞い上がるのだった。


 そんな状況下での――私の予知夢である。



 ローズの言動から、彼女が何か良からぬことを考えていることは明白だった。

 そして予知夢が意味するところは、その悪だくみが失敗し、ローズと実家が窮地に陥るということだろう。


 異母妹のせいで私まで破滅なんてまっぴらだ。

 私ができる選択は、ローズのはかりごとを説得して止めること。あるいは、この家を見捨てて逃げること。


 育ててもらった恩はあるが、この家は私にとって決して温かいものではなく、家を捨てることに未練もない――はずなのだが……このまま見捨てるのは寝覚めが悪かった。

 私は悩み――そして決断した。


「私の言葉を信じてくれれば良いけれど」


 私は予知夢について父親に相談した。

 その結果――。



「いっ!?」

 物置部屋で傷の手当てをしていると、あまりの痛みに涙がにじんだ。

 腕や背中のあちこちに、みみず腫れ。中には皮膚が裂けて血がにじんでいるものもある。

 父に予知夢について相談した結果が、コレ――鞭打ちだった。



 あの日、私は自分が視た未来を父親に話した。

 このままではローズが、ひいてはモナシュ家が破滅に向ってしまう。だから、妹の浅慮を止めるように、父にお願いしたのだ。

 しかし、返ってきたのは――


「今度は妹を呪うのか!?」


  激高した父の声だった。


「育ててやった恩も忘れよって!」

 あまりにも父が騒ぐので、それを聞きつけた継母と妹までやって来てしまった。彼女らは事情を父から聞き、


「許せないわっ」

「ブスが私をねたまないでよ」


 そして、継母は私に鞭を振るったのだった。



 親子の絆なんてあるはずのないものを、まだ信じていた私が愚かだった。しかし、これで気持ちは決まる。


――逃げよう!


 今度は何のためらいもなく思う。

 

 幸い、逃亡するための準備は整っている。

 両親が私を社交界デビューさせる気がないと知ったときから、自分の将来が暗いと分かっていた。

 だから、この家を自力で出るため、ずっと用意をしてきたのだ。

 言いつけられた家事の合間、寝る間を惜しんでこそこそと内職をし、逃亡資金を貯めている。とりあえずは、このお金で隣国へ逃げるつもりだった。



 私が慌ただしく、逃亡のための最終準備をしていると、私を訪ねる者があった。誰かは聞かなくても分かる。私に会いたい人なんて、彼しかいない。 

 急いで門へ駆けつけると、そこには赤銅色の髪をした青年――カーティスが飄々ひょうひょうと立っていた。


 カーティスはヴァイス伯爵家の嫡男で、度々モナシュ家を訪れていた。

 両家になぜ交流があるのか――当初、私は疑問に思っていた。それを聞くと、どうやら私の亡くなった実母がヴァイス伯爵家の遠縁だからということ。


  実は王太子に見初められる前、ローズはカーティスの妻になろうと虎視眈々と狙っていた。

 家柄も本人の人柄も申し分ない。加えて、彼の容姿もローズのお眼鏡にかなったようだ。

 ただ、カーティス自身はローズに興味がないようで、適当にあしらっていた。 

 曰く、あんなわがまま娘が嫁いで来たら、家がつぶれる――と。


 実母の縁があるからか、それとも私の境遇に同情したのか、カーティスは私に対して親切だった。

 彼は神出鬼没に現れると、私の話に付き合ってくれた。

 いつしか、カーティスといる時間は私にとってかけがえのないものになり、彼は最も信頼できる人になっていた。

 そして、ついには予知の異能についても話すことになる。


 驚いたことに、カーティスは嫌な顔一つせずソレを受け入れてくれた。あの時の感動と言ったら……文字通り涙が出るほど嬉しかった。

 私がこの家から出るためのお金を稼ぎたいと相談すると、彼は代書屋や翻訳の内職を紹介してくれた。

 本当に、カーティスには感謝してもしきれない。だからこそ、この国を発つ前に、どうしてもお礼とお別れを言っておきたかった。



 私は家族の誰にも聞かれないよう、家から少し離れた路地にカーティスを連れてきた。風が冷たくて申し訳ないが、誰かに聞かれれでもしたら、私の逃亡計画は失敗する。

「どうしたの?こんな人気のないところに俺を連れてきて。告白でもしてくれるの?」

 軽口を叩く彼に、

「外国に行こうと思うの」

 私は宣言した。

 その瞬間、ポカンと彼は口を開ける。それからすぐに、

「が、外国!?なんで!!?」

 見たこともないくらい動揺して、私の腕を掴んだ。それがちょうど鞭で打たれた所だったため、私はたまらず声をあげる。


「え?何?まさか怪我してるの?」

「ちょ、ちょっとカーティス!」

 静止の声も聞かず、カーティスは私の袖口をめくり上げる。すると、痛々しく腫れあがった腕が出てきた。彼はそれを見てしばし言葉を失い、

「これ……あいつ等が……君の家族がやったんだよね」

 低い声でそう言った。


 こんなに怒っているカーティスを見たのは私も初めてだった。

  今の彼なら、何でもやりそう――そんな危うさがあって、私は彼に落ち着くようなだめた。

「落ち着いていられるわけないだろう?」

「でも、まずは事情を聞いて!」

 私は予知夢のことをカーティスに説明した。



「君の妹って本っ当に愚かだよね。あと、両親も」

 一通り私の説明を聞いて、カーティスが口を開いた。『本当』という単語をこれでもかと強調する。

 わった目をしている彼に、私は及び腰になりながら言った。

「だから、私は一人隣国に逃げることにしたの。薄情とは思うけれど」

「薄情じゃないよ!」

 カーティスが大声であげる。

「警告までしてあげて優しすぎるくらいだ。それなのに、こんな傷を負わされて」

「でも、おかげで未練も何もなくなった。これで心置きなく逃げれるわ」


 私はじっと彼を見つめた。

「カーティス、あなたにはお別れを言いたかったの。あなただけが私の味方だったわ。本当にありがとう」

 もしかすると、もう彼とは会えないかもしれない。そう思うと、自然と涙があふれ出しそうになったが、ぐっとこらえる。


  一方で、カーティスは――

「ちょっと待って!」

 彼は慌てた様子で私の腕をつかもうとし、それからハッとして、そっと手を取った。


「俺に任せてくれないか?」

「え?」

「ソフィーが幸せになれるよう、全力で頑張るから。だから、信じて欲しい」


 カーティスはいつも飄々としていて、掴みどころがないように見える。その彼が、こんなに真剣な顔をするなんて。 

  彼は自分を信じてくれと言う。そもそも、彼を信じなければ、他に信じられる人なんてこの世にいるのだろうか……私はそう思った。


 気が付けば、こくりと私はうなずいていた。



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