図書館作戦!

 駅前にある図書館はぼくの学校の近くにある図書館と比べて半分くらいの大きさしかない。前に一度来た時は、予想外の狭さに驚いたものだ。

 しかし、その時の記憶をさかのぼると雑誌エリアの一角に地元特集のコーナーがあったはずなのだ。そこなら、この町で起きた宇宙人にまつわる事件について何か情報があるかもしれないと思って、今回の図書館作戦を計画したのである。


「借りてもすぐに返せんから、借りるのはなしやでー」


「はーい」


 ロビーのソファーに座るお母さんに返事をしてから、ぼくは速足で目的の場所へと向かう。ぼくの記憶が正しければ、受付からさらに奥の方の突き当りのところにあったはずだ。

 本の匂いと静寂に満ちた空間では、マットに吸収されたぼくの足音でさえ響く。ぼくは歩く速度を少し緩める。この程度の雑音が迷惑になるわけはないけれど、なんとなくそうする。


 通路の突き当りに雑誌エリアがあった。右を向くと、「地元の本読みませんか?」と書かれたパネルが置かれていた。そこには、この辺りが作中に登場する小説やこの地域の歴史を解説する冊子などが並べられていた。

 小説には、現実に起きた事件のことは書かれていなさそうだし、歴史というほど昔の事件でもないので、どうしようかと悩んでいると、「みんな通信」というローカル雑誌のバックナンバーがまとめられた棚を見つけた。

 ローカル雑誌なら、きっとマニアックな事件も色々と取り扱っているはずだ。そう思って、事件が発生したと思われる時期のバックナンバーを探す。大体、ぼくの誕生日よりも前の1年くらいだろうか。この雑誌は毎月発行されているらしいので、12冊分を確認する必要があった。


 ぼくの誕生日に近い月からさかのぼるように調査していく。雑誌の中には、今よりも少し綺麗な地域センターの写真や、すっかり鳥の糞で汚されてしまった駅前の銅像がまだキラキラしていた頃の記事などが掲載されていた。ところどころ読めない漢字はあったが、内容はおおむね理解できた。


 12冊全てを調べ終えたが、それらしい記事は見つからなかった。そもそもが、新しくオープンするお店のことだったり、市長のインタビューだったりで事件に関する記事は一つもなかった。多分、そういうネガティブなものは扱っていないのだろう。


 気落ちしながら、もっと昔のバックナンバーを手に取る。ぼくの誕生日の3年くらい前だろうか。表紙に目を通していると、そこに宇宙人という文字を見つけて心臓が高鳴った。


 ”まるで本物⁉ 宇宙人のミイラを作る職人にインタビュー”


 (宇宙人のミイラ! まさに探していたものだ!)


 ぼくは焦ってページを勢いよくめくる。そのインタビューは見開き2ページにわたって掲載されていた。


 ”新進気鋭 謎のミイラ職人に迫る!”


 そんな見出しだった。小さな文字でひたすらに羅列されているインタビューよりも先に、右下の写真に目を引かれた。不慣れそうな笑みで箱を抱えている男の人が写っている。その箱の中にあるのは、確かに昨日蔵の中で見つけた宇宙人のミイラだ。

 写真下部には、その人の名前も書かれている。苗字がぼくと同じだった。これは偶然だろうか。しかし、ぼくの苗字は結構珍しい方だと思う。少なくとも、学校でもテレビに出ている芸能人でもプロ野球選手でも見たことがない。


 つまり、この男の人はぼくのお父さん。ということだろうか。頭の中が混乱している。しかし、そう考えると色々とつじつまは合う。小さい頃に死んでしまったぼくのお父さんはなぜか宇宙人のミイラを作っていて、それがたまたまおばあちゃんの家の蔵に紛れていた。ぼくの家にあるUFOの置物やオカルト雑誌はお父さんの趣味だったのかもしれない。考えを整理しつつも、ぼくはインタビューの内容を読んだ。


 その記事曰く、お父さんは元々は皮や木材を加工した動物のオブジェを作っていたらしい。しかし、妙な生々しさのせいで気持ち悪がられてほとんど売れなかったそうだ。そこで、当時のオカルトブームに乗っかって宇宙人のミイラというものを作ってみた。すると、気持ちの悪い生々しさが効果を発揮して、オカルト界隈で高い評価を受けたらしい。お父さんは地元はこのあたりではなかったけれど、工房をこの地域に設けていたというので、ローカル雑誌に取り上げられたのだそうだ。


 もちろん、これがお父さんではない可能性もあるにはある。だけど、ぼくはこの記事を読んで、この人はぼくのお父さんだなと確信した。カメラを向けられた時の無理に笑う感じとかインタビューの中で語っていた学生時代の話なんかはぼくとすごく似ていたからだ。


 ことの真相が判明して、ぼくは安堵感に包まれていた。予測が間違っていたのにどうしてだろう。ぼくが宇宙人のこどもじゃないと分かったからなのか、お父さんのことを知れたからなのか。


 ロビーに戻るとそこにお母さんの姿がなかった。トイレにでも行ってるのだろうか。ソファーに座って5分ほど待ってみるが、帰ってくる様子はなかった。ぼくはとりあえず、館内を探すことにした。それほど広くない図書館だから端から端まで探してもそんなに時間はかからないはずだ。


 探し始めてから1分ほどで、お母さんはあっさりと見つかった。文庫本エリアに置かれた椅子に座って、小説を読んでいた。


「こんなとこにおった」


 お母さんは顔を上げると、眉をぱっと上げた。


「ああ、もう調べもの終わったん?」


「うん」


 お母さんは席を立つと、小説を元あった場所に戻した。


「お母さんも本読むんやな」


「最近は読めてなかったけどなぁ。学生の頃はもうずっと読んでたわ」


 昨日吉廣さんが話していたことを思い出した。学生時代はおとなしくて、ずっと本を読んでいたのだろう。今の姿からはまるで想像できない。けど、それはきっとぼくとよく似ているのだと思う。


 お母さんの後ろをついていって、図書館から出ると直射日光が肌に刺さるようだった。


「昨日の今日でこんな暑くなるかね」


 お母さんがぱたぱたと顔を仰ぎながら独り言ちる。


「なあ、あのさあ」


「どうしたん?」


「ぼくってお母さんのこどもやんなぁ」


 そんな言葉が自然と出てきた。緊張はしていなかった。


「何言ってんの? 当たり前やん」


 お母さんは呆れ顔をしながら笑う。そして、車に乗り込みながら、続ける。


「ほんまに、破水して大変やったんやから」


「ふうん」


「予定日より結構早くてなぁ」


「へえ」


「自分で聞いといて興味ないんかい!」


 そんなツッコミと同時に車のエンジンがかかる。ぶるんと音がして車が振動する。


 お母さんもお父さんも昔は、学校でのぼくみたいにずっと独りぼっちで本を読んだりしていた。お父さんに至っては、ずっとその調子のまま大人になって宇宙人のミイラなんてよく分からないアイテムを手作りしていたのだ。お母さんが一体、お父さんのどこを好きになったのかは理解できないけれど。でも、ぼくは間違いなくそんな二人のこどもだ。


 お父さんのことについて聞きたい気持ちはもちろんあった。蔵の中にあった宇宙人のミイラについても、なぜか「お父さん」と書かれた紙切れが挟まっていたことも。でも、それは止めておいた。


 今まで、お母さんがお父さんについて詳しく教えてこなかったというのは、何か事情があるはずなのだと思い至ったからだ。ぼくはそういう配慮ができる程度には大人なのだ。しかし、お母さんが真相を語るほどには大人だと思われていないのもまた事実なのだ。


 いつか、お母さんがぼくに「実はあんたのお父さんは宇宙人のミイラ職人なんや」と告白されたときには、ぼくはしたり顔で「知ってた」と言ってやろう。進みだす車の中でそんなことを思った。

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