第2話 【卒倒注意】等分殺人鬼現る……。
「う、ギギ、オゥエッ……!」
男の充血した目は座り、口角には泡が付着してシンプルに汚い。
そんな状態の男が、大きな刀のような物を持ってフラフラと近づいてきた。
少しずつ後ろ歩きで距離を取る。悟られないように。
「ひ〜。たまに居るんだよねこういう———」
「ッッッッィギィアッ!」
戯言を言い終わろうとした瞬間、男は見違えるほど素早い動きで俺の顔スレスレに刀を振り下ろす。ブンと空気が割れる音がしたのち、切られた己の少量の髪が肩に落ちる。
「あッッッッぶなっ! こういうスキルに溺れた奴!」
———こりゃ下手に構うと死ねるね。ナマクラじゃない。刀も、使用者も。
一か八かダッシュで逃げてみるか。
「逃げるが勝ちだよ!このスキル狂いがッ!」
構造なんてとっくの昔に把握してる。ほんの少しだけ入り組んだダンジョンなど雑魚だ!
スキル狂いの歪んだ面を走りながらよく観察してみるが……配信者でも、取得物買取センターでも見ない顔だ。
この男にダンジョン勘がない事を祈りながら、カビ臭い通路を全力でダッシュする。ちゃんと考えながら。
「バアアアアアアッッ!!!」
「え!?」
狭く薄暗い通路に、黒い人影が素早く駆ける。奴だ。
過剰なほど腕を振り、異常なほど足を上げ、奴は迫り来る。
意味不明な声を叫びながら長い刀を振るうため、何度目かの傷を負う。
まずい、速すぎる。想定の1.5倍は速い!
「はぁっ!はぁっ!やばいよマジで!」
生暖かい血を背中から流し、振り向き確認しながらも全速力で走る。
通った道には血痕が点々と連なっている。もちろん全て自分のものだ。
奴は走りながらもどんどん刀を振るう。終わりは感じさせず、寧ろスピードが上がっているような気さえする。
……片や自分は失血と疲労でいつ失速するかもわからない。
「はあっ!はぁっ!ゲェっ! し、死ぬ」
足がもつれでもしたら即座にお陀仏。奴の輝かしい
死体だの事故現場だの撮ってたバチが遂に当たったか……!
い、いや、まだだ。あとすこしなんだ。
これがうまくいけば……!僕は数時間後も五体満足だ…!
「ああああああ、くそ、くそ!因果応報だなこれ!」
視界から色が消え失せていく。心臓の鼓動が、音だけでなく胸部の感触ですら感じ取れる。
ダンジョン内部の通路を曲がって、走って、呑気にくっついたりしてるスライムを横目に、血反吐吐きそうになりながら走り続ける。
「ッギッギッギッ!」
「裏拍取って叫んでんじゃないよ……!ゲホッ……!」
視界が狭まり、そしてチカチカと形容し難いノイズで汚染される。
正直走り過ぎた。体力の限界に至った上に、失血でダメージも食らって……
とにかくあちこちで鋭い痛みと血が流れているのを感じる。
きっとダンジョンはどこもかしこも血まみれだろう。
後から入ってきたヤツびっくりするだろうな。
それに……もうこれ以上進めないし、進む意味もない。
数百m先の行き止まりを見ながら———俺は覚悟を決めた。
ぶっつけ本番大作戦、ここで決めてやる!
「らあああああああああああっっっっっっ!!!!!」
立ち止まり、体を振る、振る、振る。とにかく振りまくった。刀が怖いは動きゃ当たらない……。そう信じるしかなかった。
体振ったらどうするか? やれる事はない。最後は結果が出るまで振る。以上!
ダメだったら自分の死体画像が知らない奴にアップロードされるだけ。
そんなもの覚悟の上だ。
今は体振って血を撒き散らすことに集中する!
「ッギ?」
さあ、そろそろだろう。俺は立ち止まって撒き散らしてもこいつは動かない。
いや、うごけない。
「………よおおおおし!後はお前らだああああッッ!」
「グググギギギグググッッッッ!?」
動かせない脚、自由の効かない腕、緑に染まる刀。
奥の手の非常手段をまさか使うとは思わなかった。
男が困惑の叫びを上げた瞬間、大量のスライムが男に纏わりつく!
「まあ、血撒き散らしてたらそうなりますわな……!」
魔物避けのスプレーを大量に自分に振りながら、俺は哀れな男を見下ろす。
スライムは特殊な粘液で相手を拘束する。粘性が非常に高いからだ。
「グッグググッッググ………だ、す」
そして——————。
「あ、あ、あ、ああああアアアアアア!!」
その粘液は服や肉に浸透し、その全てを溶かす。
そうやって相手を”駆除”するのだ。
男の服が破れ、僅かに皮下組織が見え始めた。
「頃合いだな……。おいあんた、こっち向いて」
「ああ、あ、ああ、ああたすけ……あああっ!!」
「動くなって、動くと裂けるよ」
「いいっ……!」
ただでさえ皮膚は溶けている。その上で暴れるもんだから、無理に皮膚は引っ張られ、溶けていないが非常に脆くなった皮膚も裂ける。
まるで刀で斬られたように。
そうなるとグロテスクに拍車がかかるので……。
当然サイトのネタになるわけだ。
まさか一度にネタが二つも手に入るとは……思わぬ収穫だ。
「はい、チーズ。」
「グアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!」
————
「この後男の身柄は無事引き渡された……と!」
ダンジョンにおいて、公権力は弱い。
何が起きても不思議じゃないこの異領域では、自分の身は自分で守るしかないのだ。
俺がこの男に殺されたとしても、男にはなんのお咎めがない訳であって。
でも逆に僕が男や、死体の写真や死体の一部を持っていってたとしても何も言われない。
この腐った稼業を続けるにおいては有難いことだ。
まあ、警官にはゴミみたいな対応されたけど。
———
『ぐ、ぐああ、たすけて、たすけてくれ』
『そりゃ無理だねあんた。俺のこと殺しかけてんだよ?止血したけどちょっとだけヤバいし」
『たすけ、たすけて、いたいあ、ああ、あ、ああ、あ』
『…………』
———
細かい場所を修正して記事をアップロードし、時刻は深夜2時を回った。
「病院」やら何やらで忙しかったことを考えるとまあ、妥当だ。
あの後男からスライムを魔物避けスプレーで剥がして、止血しながら適当に運んで、ああ、思い出しても疲れてくる。
何で助けたんだろうか。どうせ心神喪失で罪を償うわけじゃない。
警察もスキル狂いを積極的に捕まえるわけじゃないし、あの後も男の被害者と、近隣の行方不明者と照らし合わせて、死体をもって帰るだけだ。
何も旨味はないのに、何故……?
「まあいいか、考えるのはヤメだ。」
難しいことを考えても仕方がない。早々に付いた記事のコメントでも読んで寝よう。
「まさか初心者用のダンジョンでこんなバケモンが来るとは」
「死ね」
「ハイエナ以下の鬼畜異常者」
「お前もついでに死んどけ爆笑」
「斬撃スキルかな?切断面が美しい。抜けるわ」
「サイコー!」
「絶対殺す」
「警察も仕事しねえもんだね」
「死ね!死ね!死ね!死ね!」
「卑怯者」
「通報しようと思ったら、通報してました。畜生!」
やっぱり罵詈雑言まみれだ。でもこれでいい。
悪意と狂気の塊のようなコメントを見て、俺は死んだように寝落ちした。
ダンジョン・クローラー ダンジョンで死体を撮る男 上本利猿 @ArthurFleck
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