第14話 冒険の日々
次の日の放課後。
「んだよ、あいつ結局来ねぇじゃん……」
重たい体を叩き起こして向かった学校で、芹那と会う事はなかった。
せっかくミリヤの拷問に耐えてサボらずに学校に行ったってのに。
だけどそれも当然か。
芹那はもう余命幾ばくもないと言われていた。
緊急入院をするほどに。
一応昨日の時点で解呪が成功しているのは、ミリヤに確認させたから安心はしている。
それでも本人の顔を見るまでは、どうにもそわそわしてしまう。
俺のそんな様子にうんざりしたのか、教室の俺の席までやって来たミリヤがため息を吐く。
「はぁ……マスター、1日中うるさいですよ。それ程気になるなら病院へ直接赴けば良いのでは?」
「いや、そうなんだけどさ」
「『心配だけど告白の返事も出てないし、わざわざこっちから会いに行くとか恥ずかしい』そんな所ですか?」
「分かってるなら言わんでよろしい……」
ほんっといい性格してるよこいつ。
だけど、ミリヤの言う通りなのだ。
どうせ学校じゃ出来ない話もある。
「……行くか。お前はついて来るか?」
「もちろん」
俺はもともと知っていた芹那の父親の携帯に電話を掛けて、彼女の下へと向かった。
※
「よ、よう」
「出流君!」
学校から2駅離れた、県内でも一番大きな病院に芹那は居た。
広々とした個室のベッドに腰を掛ける彼女は既に目を覚ましており、俺はほっと胸を撫で下ろす。
「わざわざ来てくれてありがとうね。お父さんに聞いてびっくりしたよ」
「さすがに心配だったからな。元気そうで安心したよ」
「お医者さんが驚いてたけどもう大丈夫そうだって。精密検査はまだ続くけど、すぐに退院出来ると思う。出流君のおかげだね」
「……そんな事ないさ」
俺の顔を見て朗らかに笑う芹那。
本当に俺のおかげなどではない。
全て俺のせいなんだ。
俺はその事実を芹那に伝える事も怖くて、この場所に来るのに二の足を踏んでいた。
だが、いい加減腹をくくろう。
でもその前に、だな。
(ミリヤ、少しいいか?)
(はい)
俺は念話で隣に居るミリヤに、芹那のステータスのチェックを再度確認させる。
ま、念には念を入れてだ。
(呪いの再発はないよな?)
(えぇ、完全に消えてます。もう問題はないでしょう)
(了解だ)
俺は念話を切り、芹那の隣まで歩く。
段々と彼女の表情がハッキリと分かる所まで近付くと、芹那の頬に一筋の涙が流れていた事に気付く。
「本当に……また会えたね……!」
涙を拭う事もせず、ただ俺の顔を見つめ続ける芹那は俺の手を握った。
「出流君……私さ、もう無理だって思ってたんだ。だって原因不明の衰弱でもう半年も無いって言われてたんだよ……!」
「あぁ……本当良かったな……」
「出流君が何かしてくれたんでしょう……?」
「……」
とうとう来たか。
全て語る時だ。
俺は芹那の手をぎゅっと握り返した。
「……約束だ。ちゃんと教えるよ」
「うん……!どれだけ長くても大丈夫だから。全部、聞いてられる時間を出流君がくれたから……!」
俺はベッドの隣の椅子に座り、ミリヤの方に顔を向けた。
「俺さ、ここからずっと遠く離れた所に行ってたんだ。信じてくれなくても良い。でも嘘は一つも無いんだ。そこで出会ったのがミリヤでさ……ほんと、どうやって話したものか……」
「ゆっくりで良いよ。全部信じる。出流君は私の事を救ってくれた英雄だから」
「! 英雄か……」
今にして思う。
俺は……リィシアにとっての英雄にもなりたかった。
あの屋上でリィシアは消えた。
心臓を貫いた瞬間、返り血や短剣に残った血痕共々。
あいつはたぶんあのクソ女神の下に行ったんだ。
生まれて初めて──いや、本物に出会ってから初めて神に願うよ。
どうか、リィシアの来世が幸せに満ちたものであれ、と。
幸せを奪った俺が言うべき事じゃないけれど、そう願わずにはいられない。
そしてもしも……また会う事があれば、その時こそ──
「出流君……?」
「……あ」
不意に流れた涙に芹那が戸惑っている。
あぁ……ほんと情けない。全部自分で撒いた種だってのに……。
消せるものなら全て消したい記憶ばかりだ。
思い出したくないことばかり、色褪せずに残っていやがる。
それでも、ちゃんと伝えなきゃな。
嫌な事しか無かった訳じゃない。
得たものも多い。手離したくない奴も見付けた。
全部言葉にしよう。
俺が過ごした、過酷で残酷なあの異世界での事を。
そこで出会った掛け代えのない人達の事を。
──そして、俺の罪を。
「
「! うん……!」
俺は涙を拭いて、今度こそ芹那の目を見つめて言った。
「異世界ってのが本当にあってさ──」
芹那は俺の話を飽きる事なく全て聞いた。
ミリヤも後ろで助けを入れながら俺の言葉を紡いでくれた。
嘘のような、嘘であって欲しいくらいに苦い、冒険の日々を──。
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