第12話 リィシア・カヤバナ


 俺とミリヤは校舎の中庭で仲林愛莉の逆探知を行っている。

 だが、その最中ミリヤが驚きの発言をしたのだ。


「孫って、レイシアはまだ子供すら居なかったぞ!?」

「だから時間の流れがずれているのです。私も信じられません」

「……マジかよ」


 本当に驚くべき事だ。

 だけど今はさっさと芹那の呪いを解かないと。


「クソ、とにかく考察は後だな。仲林を早く見付けてくれ」

「アクセプト」


 ミリヤは魔法の粒子を再び手のひらに集め、上空へと解き放った。


「彼女は屋上に居ますね。フルステルスも解除しました」

「良し、ならミリヤ俺を担いで跳んでくれ!」

「……相変わらずださいですねぇ」

「うるせぇな」


 階段を駆け上がる時間も惜しい。

 超人のミリヤに頼んだ方が早い。

 俺の跳躍スキルは、精々バスケでダンクが出来るくらいにしか跳躍力が上がらないし。


「行きますよ」

「おう!」


 ミリヤの背に乗った。

 一息で屋上まで跳躍する勢いがもろに顔面に直撃する。


「ぶぶぼっ!」

「頑張って下さい」


 一瞬で屋上まで来ると、俺の髪の毛はぐしゃぐしゃになっていた。

 だがそれを気にする暇は無かった。


 目の前には完璧に姿を現している仲林愛莉が居たからな。


「……私のフルステルスを破ったのはどっちかしら?」


 俺はミリヤの背から降りて、冷や汗を拭う。

 不敵な笑みを伴って。


「俺の優秀な奴隷だよ」

「あなたがお婆様の言っていた……?」

「ミリヤです」


 ミリヤは制服のスカートを払いながら、仲林に視線を向ける。

 既に仲林の正体に気付いているミリヤは、彼女のフルネームを口にする。


「リィシア・カヤバナ──ナカバヤシアイリとはまた自己顕示欲のある名前ですね。誰かに気付いて欲しかったのですか?」


 煽るようなミリヤの言い方に、仲林は表情をきつくする。


 普段のミリヤなら初対面の相手にそんな事はしない。

 俺の仇という事で余程頭にきているのだろうか。


「……忘れない為よ。私の復讐を」

「あなたの過去を探らせて貰いました。同情する余地はあります。出会い方が違えば、私はあなたを溺愛していたかも知れません。ですが──」


 ミリヤは俺よりも一歩前に出て、一体どこから持ってきていたのか、刃渡り20センチ程の短剣を取り出した。

 切っ先を仲林に向けて声を低くする。


「──マスターに手を出した事だけは許せません。あなたにはここで死んで頂きます」

「お、おいミリヤ!」

「マスターは黙っていて下さい」


 この頑固者め……!

 確かに、このまま仲林を殺せば芹那は助かる。


 だけど、ミリヤは言った。

 同情の余地がある、と。


 それを聞いてしまったら──レイシアの孫だと聞いてしまったら、せめてその事情とやらは知っておきたい。


 甘いかも知れないが、あんな事を聞けば昨日までとは心境も変わってしまうってもんだ。


 それに、事情を知った所で結果は変わらない。

 俺はどんな事があっても芹那の命を優先する。

 それだけはもう決めているから。

 

「仲林──いや、リィシア。今度こそ俺を狙った理由を話して貰うぞ。ミリヤの口からではなく、お前から聞きたい」

「マスター!!」


 俺の行動を咎めるようにミリヤが睨んでくる。

 だけど仕方ないだろ。レイシアが絡んでくるなら、無下には出来ない。


「……良いわ。どうせ二人掛かりじゃ勝ち目はないもの。逃げも出来ないしね」

「そういうこった。だからミリヤ、頼む」

「……はぁ。手短に終わらせて下さいね。私は分かっているので」

「だそうだ、リィシア」

「……気軽に呼ばないで頂戴」


 どんだけ嫌われてんだよ俺。

 レイシアはそんなこと無かったのになぁ。


「気付いての通り、私はお婆様──レイシア・カヤバナの孫よ。この黒髪で分かるでしょ?」


 自慢するように髪を手で靡かせるリィシア。

 確かによく似ている。前髪以外は。


「レイシア譲りの黒髪か……。顔立ちもよく見りゃ面影がある」

「私の誇りよ」


 レイシアを尊敬していたのがよく分かる。

 だからこそ疑問なのだ。


「……レイシアは、俺を……その特別に想ってくれていた筈だ。なのにお前はどうして……!」


 自分で言うのはあれだが、彼女は間違いなく俺に好意を抱いてくれていた。

 それなのに、何故孫であるリィシアは……。


 リィシアはぎゅっと拳を握り、俺を強く睨んだ。


「えぇ……!お婆様の中であなたは特別だったわ!だからこそ、私はあなたを許せない……!!」

「何で──」

「あなたのせいで王国は──お婆様は死んだ!!」

「え……?」


 俺達があの異世界を離れてから何が……!?

 その疑問に答えるようにリィシアは語る。


「あなた、一度帝国の要塞を崩壊させたでしょう。お婆様を助ける為に」

「あ、あぁ……」

「帝国があれから復興するのに40年かかったわ。国の重鎮まであなたは吹き飛ばしてしまったから」

「……」


 思わず絶句してしまった。

 帝国にそこまで深刻なダメージを与えていたなんて知らなかった。

 もう関わりたくなかったから、ミリヤに情報を調べさせなかったんだ。


「王国の最悪の英雄、そしてお婆様は帝国からとてつもない恨みを買っていたのよ。ここまで言えば分かるでしょ?再興した帝国は真っ先に王国へ侵攻したわ」

「だ、だけど、王国はそんな再興したての国に負けるようなやわな国じゃないだろ!」

「……王国は国力を落としていたわ。血を狙われて他国との戦争続きだったからね」

「そんな……」

「お婆様はいつも言ってたわ。『イズルが──私の英雄が居れば』ってね」

「……買い被りだ」


 俺に出来る事なんてしれてる。

 戦争で活躍するなんて俺の力じゃ不可能だ。


「そうね。この世界に来てあなたを見てガッカリしたわ。お婆様の言う英雄は何の力もないただの嫌われ者だったのだから」


 いつもみたいにうるせーだなんて言い返す気力も湧かない。

 だってそうだろ?レイシアは──


「お婆様は高齢だから子供が作れなかった。だから侵攻に屈した時、真っ先に殺されたわ。最後まであなたという希望を持って!!」


 約束……したからな。助けるって。

 

 リィシアは俺に近付いて力なく拳を振り上げた。

 それは、ぽすんぽすんと俺の胸を叩く。


 彼女の両目からは涙が溢れていた。


「何で、何で王国を……私達を……お婆様を助けてくれなかったの!?あなたは英雄だったんでしょう!?お婆様との約束を放ってこんな所で何をしていたのよ……私はあなたを絶対許さない!!」


 一見すれば、彼女の怒りは逆恨みのようにも取れる。


 だが、こいつは俺に向けられて当然の責任だ。

 そりゃあミリヤが説明しない筈だ。


 帝国に手を出したのはレイシアではなく俺だ。

 俺があそこまでやり過ぎ無ければこんな悲惨な未来は迎えなかった。

 例えレイシアからの依頼だったとしてもだ。


 それなのに、俺はリィシアの誕生を見守る事すらなく、あの異世界から消えた。

 ……レイシアは、必死で俺を探したかも知れないな。


 俺が何も言えず、リィシアの拳を受けていると、ミリヤが間に入ってきた。


「……そこまでです、もう十分でしょう」


 リィシアを俺から離したミリヤに、リィシアは視線をきつくする。


「私はあなたも許さないわ……!お婆様はあなたの事も血眼になって探していたというのに……!」

「……姫様には気の毒ですが、私にとってはマスターが全てです」

「……っ!」

「これ以上マスターの心を掻き乱さないで下さい。もう私達には関係のない話です」


 冷たく言い放つミリヤ。

 俺を想っての事だ……。


 ──だけど、まだだ。


「まだ聞かなきゃいけない事がある。リィシアを殺すのはそれからだ」

「……決意が変わっていないのなら許可しましょう」

「ありがとな、ミリヤ」

「……ふんっ、です」


 拗ねるようにそっぽを向いたミリヤから離れ、再びリィシアと相対する。


「最後に聞かせてくれ。……お前も殺されたのか?」


 こちらの世界に来たという事は、リィシアも女神と会っているという事だ。


 女神と会うのに共通するきっかけは恐らく死。


「えぇ、死んだわよ。自分からね」

「!」

「この血を他国へ渡してはいけない。それが私達一族の掟だから。女神様に出会えたのは幸運としか言いようが無いわ」


 俺と歳も変わらないのに、凄い奴だ。


 ……本当に不思議な因果だ。


 異世界で出会ったお姫様に好かれて、その孫に俺は一度殺された。

 ──そう考えて気付く。


「……俺はお前に殺されたからあちらの世界に行って、レイシアと出会った。だけどお前は俺のせいでこちらへ来る事となった──おかしい、因果関係が無茶苦茶だ……」

「女神様の気まぐれでしょ」


 あのクソ女神ならやりかねないテキトーさだ。

 だけど腑に落ちない。

 

 俺達の死の因果は複雑に絡み合っている。

 あの女神の手によって。


 一体何故──


「マスター、考察は後と言ったのはマスターです」

「!」

「彼女にはマスターを殺した報いを受けて貰います」

「好きにしなさい」


 ……悩んでいないと言えば嘘になる。


 だけど、それでも、芹那の命には替えられない。

 無関係の俺の大事な人間に手を出したリィシアを許す訳にはいかない。

 それに、解呪するにはリィシアの死は絶対だ。


「……俺はお前を許す事は出来ない。俺を殺した事はもういい。だけど芹那は無関係だった」

「えぇ、だけど無関係だった国の人々も大勢死んだわ。私達の怒りはこんなものじゃない……!」

「俺達が分かり合う事は出来なさそうだな」

「残念ながらね」


 ごめん、レイシア。

 俺はお前の大事な孫に手を掛ける。


 許してくれとは言わない。


 何で……何でこんな事になっちまったんだろうな。


 たらればを言えばキリがない。

 あの時あぁしていれば、こうしていれば。

 後悔しても懺悔を言っても、全部取り返しがつかない。


 ただ、俺はお前がそうしたように、最後まで希望を持つよ。

 最後まで、リィシアの命に責任を持つよ。


 それがお前に何もしてやれなかった、俺の罪だ。


「ミリヤ」

「……はい」


 俺はミリヤから短剣を受け取り、リィシアに近付いた。


「俺はお前ともっと違う出会い方をしたかった」


 ミリヤがそう言ったように。

 俺達からしても、彼女は大事な存在足り得たのだから。


「こんな……憎しみ合うような結末にしてしまったのは俺の責任だ」

「早くして頂戴。英雄の手に掛かるならお婆様への良い土産話になる」

「……分かった。なぁリィシア──」


 俺は彼女の体を抱き締めた。

 そして、いつかあいつがそうしたようにそっと耳元で囁いた。


「──クソ女神によろしくな」


 俺は深く、スッとリィシアの心臓に刃を通した。

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