第11話 囚われの姫・後編


「……俺、生きて帰れるかなぁ」


 王国を出て早6時間。

 深夜の内にレイシアが連れ去られたとの連絡があり、俺はミリヤを置いて帝国へ向かった。


 王国を出る時のミリヤの殺意に満ちた表情は実に怖かったね。

 あれは激怒する一歩手前くらいだと俺は読んでいる。

 あいつ、本気で怒ったら平気で俺の事ぶん殴って来そうだし、帰って来たらホットケーキでも作ってやるか。


 そんな風に帰った後の事を考えていた俺だが、帝国の国境を抜けると果たして生きて帰れるかと心配になってきた。


 帝国の中は分かりやすく言えば要塞といった雰囲気だ。


 レイシアは帝国を攻めるとか言ってたけど、帝国の領土で防戦を決められたら勝ち目あるのか?

 

「ハハ、レイシアほっといて帰っても良いかな……」


 これは国からの依頼じゃない。

 放棄しても俺達が罰せられる事はないだろう。


 どのみちあいつが連れ去られた時点で、王国は帝国へ攻め入るに決まってる。

 あれ……?そうなるといよいよ俺があいつを救う意味がないような……。


『──おい、聞いたか』


「!」


 帝国に侵入した時点で透化スキルを使っていた俺は、息を殺して城の前に居る門番達の話に耳を傾けた。


『王国の姫君、捕虜として扱うのが決まったってな』

『みたいだね。丁重にもてなすだろうねぇ』

『帝国はな。だが向こうは恐ろしいぞ。姫君ごと戦争の最中に始末するらしいからな。そこまでして王家の血を他国へ渡したくないみたいだな』

『うわ、酷い話だ。姫君はその話を?』

『知ってる。俺も護衛中に本人から聞いたからな』

『……立派なお姫様だね』

『敵国の姫とは言え尊敬は出来るな』


 俺は息の限界が来たので、すぐに近くの茂みに身を潜めた。


「ぷはぁ……!」


 何だ今の話……!

 レイシアの奴、昨日はそんな事言って無かったろうが!


 あいつが国じゃなく個人の冒険者を頼ってきた理由が分かったぞ。

 国からの要請に出来るなんて嘘っぱちだ!

 ハナから王国はレイシアを見捨てるつもりだなんて……。


「……これを放って帰ったらミリヤは何て言うかな……」


 ……たぶん、怒りはしない。

 あいつにとっては俺の命が最優先。

 

 だけど……。


「あいつの悲しむ顔は見たくねぇな……」


 ミリヤの為に、そう自分に言い聞かせて、震える足で立ち上がった──。





『敵襲ーーー!!非戦闘員以外は城内の警備に回れーーー!!!』


 門番の話を聞いてから約2時間後。

 現在俺は帝国の城内を駆け回っていた。


「死ぬっ!!やべぇミスった!!」


 まさか透化スキルが感知魔法に引っ掛かるなんて知らなくて、俺は堂々と城内へと侵入した。

 するとけたたましいサイレン音が鳴り響き、俺は帝国の兵士と鬼ごっこをしている、


 あのクソ女神め……何が"お役立ちスキルセット"だよ!やっぱり全然使えねぇ!!


「待てぇーーー!!」

「うぉぉぉおお!!」


 およそ騎士とは程遠い無様な姿だが、こうなったら仕方ない。

 とことん醜く姫様を救ってやる。


「喰らえ、スキル"付与"プラス"念話"!!」

「な、なんだ!?急に雑音が!?」

「やかましいぞ!?何をした!?耳が聞こえん!!」


 付与スキルは性能を落として他人へと俺のスキルを与えるものだ。

 念話を付与すると、まともな会話は出来ず、ただただ大音量の雑音を傍受してそれが頭に響く。


 はた迷惑な効果だが、敵相手にこれは結構効く。

 平衡感覚を失う奴だっているくらいにな。


「……今だ!」


 俺は"策敵"スキルを使う。

 透化系のスキルを使われると策敵が出来ない微妙なスキルだ。

 今までのスキルみたいに距離に制限はないが、動物まで策敵してしまうせいで、大量の情報が頭に流れてかなりきつい。


 だが、範囲を城内だけにすれば──


「見付けた!!」


 ズキン、と痛む後頭部を抑えながら、俺はレイシアの居る部屋へと向かった。


 そこには警備の人間はおらず、ドアを開けるとニンマリと笑うお姫様が居るだけだった。


「本当に生きてここまで来るとかやるわね」

「……ぜぇ……はぁ……死ぬかと思った……」

「ふふ、なんて無様な騎士様かしら。及第点ギリギリのレベルよ」

「……」


 おかしそうに笑うレイシアを睨んではみるが、軽口に付き合う気にはなれなかった。


「……お前、死ぬ気だったのか?」

「……!」


 俺の言葉に、レイシアは表情を曇らせた。

 そして自嘲するように笑う。


「……お父様にね、国の為に自分に出来ることをしろって言われたわ」

「! お前はそれで良いのか……!?」

「良い。そう言えたらどれだけ楽だったでしょうね」

「レイシア……」


 レイシアは窓の外を眺めて呟く。


「私ね、国の皆が大好きよ。皆の為になら死んでも良い。だけどそれと同じくらい自分も大好きなの。笑っちゃうよね……次期王女がこんな自己中でさ」

「笑わねぇよ」


 彼女は俺を見て少しだけ驚いた顔をした。


 笑えない。本当に。

 国の為に生を全う出来ない王女という存在を、許容出来るのがそれ程おかしいだろうか。


「お前、次期王女なんだろ。こんな所で死んじゃ駄目だろ」

「私の代わりはいるもの。お父様は女の王よりは男の王の方が欲しかったでしょうし、丁度良いのよ」

「……」

「イズル、あなたの考えている事は分かるわ。だったら私の救出とはどういう事か?でしょ」

「あぁ」


 確かに疑問だった。

 だけど答えはもう出ている。


「……俺にお前を拐えって事か」

「さすがミリヤの主人ね」


 レイシアは俺を本当に謎の騎士にするつもりだったのだ。

 自分を死んだ事にしても良いし、とにかく行方不明にして欲しいって事だ。


「これからどうやって生きていくつもりだ?」

「そうねぇ、悠々自適に田舎で暮らしても良いんだけど──あ、私があなたのパーティーに入るっていうのはどう!?」

「……」


 そんな未来も悪くない。

 そう思う自分が居なかったと言えば嘘になる。


 だけどそれじゃレイシアはやられっぱなしだ。


 やられたら、やり返してやりたいじゃないか。自分が好きならなおさらに。


「お前は俺が責任を持って王国に返す」

「……あなた、最悪なこと考えてるでしょ」

「あぁ、ついでに帝国にはしばらく大人しくしてて貰おうか」


 俺はそう言ってレイシアに近付いた。

 ベッドに座る彼女を抱き抱える為だ。


「きゃっ!」

「静かにしてろ。舌かむぞ」

「い、意外と力あるのね」

「ふっ、日課だからな」

「さすが完全週休3日」


 ん?あれ、そう考えると冒険者ってホワイトだな。

 元の世界にも冒険者があったら良かったのに。


 そんなくだらない事を考えながら、俺は懐から四角形の小包を取り出した。


「なにそれ?」

「爆弾って言ったら通じるか?」

「爆弾……?」

「魔力の要らない爆破魔法だよ」

「はい!?」


 正確には魔力を使うけどな。

 定番だろ?現代兵器を作るってのはさ。


 C4爆弾──改、とでも言おうか、


 白濁の粘土に包まれた、俺のスキルで作られた爆弾は、魔力を流すと起動する。そして流した魔力が消えたらどかんだ。


 錬金術スキルなんて夢のあるスキルで作ったものだが、いかんせんあの女神が用意したものだ。夢のないマイナス要素がある。


 まず一つ、作りたいものを正確にイメージする事。

 さらに錬金するのに必要なものがゲンナマという事。今回の場合日本円で1つ5万。

 最後に作ったものは1時間で消えてしまうという事。


 結構な金を掛けるのに、すぐに消え失せてしまうという、コスパ最悪のスキルだった。


 だが、用意するのが爆弾なら問題はない。

 あのスキルセットの中でもかなり実用性はある方だ。

 必要なのはイメージ力と大量の金だけだからな。


「レイシア、今からこの城を爆破する」

「しょ、正気!?」

「勿論。城を走り回りながら至るところに設置してやったぜ」


 効果的な配置などは分からないが、全18ヵ所に仕掛けた。

 威力は家屋一つなら用意に吹き飛ばせるものだ。城を崩壊させる事も可能だろう。


 ただし懸念点が一つ。


「……これ使うとミリヤに怒られるんだよな」

「そうなの?」

「無差別大量殺人──俺のメンタルがどれだけ保つかだな」

「……ごめんなさい」


 俺の腕の中で申し訳なさそうに縮こまるレイシア。

 巻き込んだ事に気を病んでいるのだろうか。

 こいつがそんな殊勝な奴には見え……る、かな。頑張れば。


「今さらだろ。それじゃそろそろ行くぞ」

「えぇ。お願い」

「よし」


 俺は窓を開け放ち、片足を掛けた。

 下を見ると、地面が遥か遠くに見える。


「……こ、こえぇ……」

「ちょっと!今のとこ結構カッコ良かったのに!」

「う、うっせ!お前のスキルを成長させるって力に期待して窓から逃げようとしたんだよ!」

「あなた、浮遊魔法持ってる訳じゃなかったのね」


 あいにく俺が持ってる魔法は、治癒と弱めの火魔法だけだ。

 適正がからっきしなんだよ。


「ほら、跳躍スキルを付与してやっから進化させてくれ」

「べ、便利ねあなた……」

「どこがだよ」


 不便過ぎるスキル達を工夫に工夫を重ねてんだよ。


「本来スキルの成長は膨大な時間が掛かるんだけど、私に掛かれば──」


 レイシアは全身に膨大な魔力を集めると、右手を前に突きだした。


 すると、俺達の目の前に半透明で円形の足場が浮かび上がった。


「ま、まさかここを跳躍していけと?」

「そのまさかよ!行きなさい!」

「嘘だろ!?」


 延々と続いているように見える空中の足場は、一歩踏み外すと地面へとまっ逆さまだ。


 俺はごくん、と生唾を飲む。


 震える足で踏み出すと、部屋のドアから怒声が聞こえてきた。


『ここから凄い魔力を感じるぞ!!レイシア姫、賊がそこに居るのですか!?』

「げ!」

「もう!イズルがへたれているから!!」

「あーもう分かったよ!!」


 行くしかない、か……!!


 俺はレイシアを抱えたまま紫色の足場に跳んだ。

 

「ふぅ……!!」


 一歩、さらに一歩と踏み出していく。


 後ろを見ると、城の兵士は痺れを切らしたのか、レイシアの部屋へ突入していた。


『な、あれは!?』

『レイシア姫が誘拐されているぞ!?』


 誘拐したのはお前らだろ、そんな風に言い返す余裕もない。


 と言うかこれ、追っ手がスキルの足場を使ったらまずいんじゃ……。


 だがそんな心配は要らなかった。


「い、イズル!急いで!足場消えちゃうよ!」

「なにぃ!?」


 なんと後ろの足場はとっくに消滅しており、目の前の足場も薄く消えかかっていた。


「うぉーーー!!!」

「ぷっ!ほんと締まらない騎士様だこと!!」


 レイシアは命懸けだと言うのに、何故か楽しそうに笑っている。

 少し視線を下げると、いつの間にか俺の首に手を回し、頬を赤く染めていた。


「ねぇイズル」

「な、なんだよ!」

「これからも私の事を守る騎士になってよ」

「こ、断る!!」

「それを断るわ」

「はぁ!?」


 俺は空中の足場を駆けながら、帝国の国境を目指す。

 ぎゅーっと首に回した腕に力を入れるレイシアを抱えて。


「別に仕えてって訳じゃないわ。私がまたこうして困ったら助けてって事」

「そ、それは──」

「ミリヤなら助けてあげて欲しいって言うと思うわよ」

「……」


 あいつを引き合いに出すのはずるい。

 ほんと、こいつ腹黒いわ。


「はぁ……なら仕方ない、か」

「そうよ、仕方ないの。諦めなさい」

「言っておくけどきちんと報酬は用意して貰うからな!」

「任せなさい。いっそ私をあげましょうか?」

「へっ、その貧相な胸部が育ったら考えてやんよ」

「こ、こんにゃろう!!」

「お、おい暴れんな!? ──おわ!?」

「へ!?うそ!?」


 レイシアが腕の中で暴れたせいで、俺は足場を踏み外してしまった。


「まじかぁぁあ──ん?」

「え?」


 が、バランスを崩し転げたものの、俺達が地面へ叩きつけられる事はなかった。


 いつの間にか、俺達は帝国の国境辺りまで走り抜けていたのだ。それも地面一歩手前まで。


「た、助かった……」


 俺はぐったりと、誰も居ない平野に寝転んだ。


 異世界独特の匂いがする風が吹き込む。

 妙に眠気を誘う、甘ったるい香りの風だ。


「あなた凄いわ!本当に私を助けちゃった!!」

「……こんなのもう二度とごめんだわ。はぁ……」


 俺が横になっていると、レイシアが空を隠すように俺を覗き込んできた。


「ありがとね、イズル」

「どういたしまして。でも大変なのはこれからだぞ」

「……そうね」

「お前は──」


 俺が言おうとした言葉は突如響いた地響きが掻き消した。

 ──爆弾が起動したのだ。


「物凄い威力ね」

「……ちょっと離れててくれ」

「……うん」


 沢山の人を殺した。

 その事実に腹の奥が気持ち悪くなった。


 レイシアを王国に返す為には、帝国に致命的なダメージを与えなければいけなかった。


 仕方ない。そう、仕方ないんだと、自分に言い聞かせた。


「はぁ……いい加減慣れないとな……」

「良いじゃない。人の死に臆病な方が私は好きよ」

「臆病ね……俺は本気でやると決めたら誰だろうと容赦しないけどね」

「それが意外だわ。あなた、やってる事と精神がまるで噛み合ってない」

「……そうしなきゃいけないからこんな世界嫌いなんだ」


 おれはさっきの言葉を続ける為に体を起こした。


「お前、これから俺がどうするつもりか分かってるか?」

「えぇ。『帝国の要塞を吹き飛ばした姫君のご帰還だぞーー!!まさかそんな王国最強の姫様に逆らったりしないよね?ね!?』でしょ?」


 一字一句心を読むな。ったく。


「分かってるならさっさと帰るぞ。ミリヤも待ってるし」

「そうね。でも少しだけ待って頂戴」

「ん?」


 レイシアは俺の顎に手を添えた。


「ふふ、目付きは悪いけどやはり気に入ったわ」

「え……?」


 口角を上げて、女王様の風格で見下ろすレイシア。

 

「さっき私をあげると言ったけど、あれねたぶん無理なの。まだ決まってないけど公爵家から婿が来るでしょうし」

「いや、別に全然気にしないで良いよ?」

「無礼な奴ね、ほんっと……」


 俺のそんなあっけらかんとした物言いに、レイシアは一瞬顔を引きつらせる。

 だが、すぐに意地の悪い笑みへと戻した。


「あなた、報酬は決めているの?全然心を読めないけど」

「まぁうっすらとはね?」


 ミリヤ用に大量のお菓子とかにしようかなぁくらいだけど。

 どうやらはっきりとした思念じゃないと読めないらしい。


 俺のそんな曖昧な答えにレイシアは「うっすらならそれは却下するわ」と言った。


「代わりに飛びきりの報酬をあげる」

「なに?言っとくけどお前のキスとか要らないよ?お子ちゃまキスなんてお呼びじゃ──」

「黙りなさい」

「!?」


 俺の予想は当たっていた。しかし、外れてもいた。

 その……キスはキスだったんだけど、いわゆる大人のキスという奴だった。


「おおお、お前!?」

「ふふ、これなら満足かしら?」


 妖艶に笑うレイシアは、自身も顔を真っ赤にしていた。

 そして、そのまま俺に抱き付いて、耳元で囁いた。


「ファーストキスよ」

「ふぁ!?」

 

 心臓がドクドクとうるさい。

 俺だって初めてなのだ。ほんと勘弁してくれ。


 レイシアが抱き付いたまま、俺に体重を預けると、突風が吹いた。


「──」


 そのせいで俺はレイシアがなんて言ったのかは分からなかったけど、彼女が泣きそうな程に笑顔だったのを覚えている。


 ──これが俺とレイシアの出会い。


 このおよそ一年後、俺は現代へと戻る事となった。

 それまでに、聡明で腹黒で心優しいお姫様は、帝国の要塞をたった一人で崩壊させた"最悪の英雄"を味方とした歴代最高の王女となった。


 レイシアは気付いているだろうか、俺にそんな異名を付けさせたの、未だに根に持ってるって事に。

 

 次会うことがあれば串焼きの一つでも奢って貰わないとな。





 出流に抱き付いたレイシアの心臓は、はち切れんばかりに脈打っていた。


 それでもレイシアには言いたい事があった。

 本人には聞こえていなかったが、それでも言葉にしたい想いがあった。


 だから、レイシアはこう言った。


「ありがとう、大好きよ。私の英雄──」

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