第10話 囚われの姫・前編


 ──これはまだあの異世界に居た頃の話だ。


 俺は冒険者としてそれなりに板に付いて来た時に、薄汚い帽子を被った女の子と出会った。


「うわ、良いなぁ」

「ん?」


 王国の下町、吹き溜まりとまでは言わないが、荒くれ達の集まりといった露天で、俺を指差す背丈の変わらない女の子。

 見た目は下町の住人らしく小汚ないが、何故か異様に高貴な雰囲気を感じさせた。


 ──何か怪しい奴だな。


 俺は思ったね。あ、こいつは面倒な事を引き寄せるかもって。

 冒険者としてこの手の勘は信じる事にしている。


 俺は隣に居た奴隷──ミリヤに念話で指示を出す。


(おい、逃げるぞ)

(良いのですか?マスターの串焼きに興味を示しているだけのようですが)

(良いんだよ。こいつは関わっちゃいかんタイプの人間だ)

(はぁ……まぁマスターがそう言うなら)

(んじゃ、3,2,1で走るぞ。3,2,い──)


「いーち!そうはいきません!!」

「ぶはぁっ!」


 俺達が走り出そうとした瞬間、謎の少女は俺の前で両手を広げて行方を阻んだ。


 平たい胸元にぶつかって鼻が痛い。


「……クッション性皆無……!」

「あぁ!?んだとこんにゃろう!?」

「おっと」


 失敬失敬。

 はぁ……これ、関わんなきゃいけないやつ?


「マスター、諦めた方がよろしいかと。それと、発言には気を付けて下さい」

「なして?」

「この方は──」

「あ、バカミリヤ!!」

「むぐっ」


 謎の少女は何かを言おうとしたミリヤの口元を慌てて塞いだ。


 なんだ?気になるじゃないか。


(教えろ。ミリヤ)

(アクセプト。この方は王位継承権第一位レイシア様ですよ)


「ぶぅーーっ!!!」

「バカミリヤ!!何で言っちゃうの!?」

「マスターのご命令でしたので」

「もう!!」


 ななな、王位継承権第一位のお姫様だと!?

 おい待て、なんでそんな人間がこの町に?

 と言うか、何でミリヤと知り合い?

 それに、何で念話の内容を理解してんの……!?


「私は盗聴スキル持ちだからね、気を付けた方が良いよイズルさん」

「……心まで読めるとか反則じゃね?」

「勿論、盗聴スキルにそこまでの効果は無いよ。ミリヤが言っちゃったから言うけど私は王家の血筋だからね」

「?」


 王家の血筋だからって何だよ?

 俺の疑問を読み取ったミリヤが欲しかった答えを教えてくれた。


「カヤバナ王家の人間にはスキルを成長させる力があります。彼らに掛かればただの跳躍スキルですら浮遊魔法のように使えるでしょう」

「マジの反則じゃねぇか」

「へへへ~それ程でも~」


 しかしまぁ、良くもそんな人間が一人こんな所をうろちょろしてるな。

 スキルの成長うんぬんは置いといてこの人、王位継承権第一って事は本物のお姫様じゃねぇか。

 こんな汚い町に居ていい人じゃないだろ。


「あんた、一人でこんな所居て良いのか?」

「マスター、言葉遣い」

「あ。えと、居て良いんですか?」

「気を遣わなくて良いよ。そうだなぁ、良し。ミリヤは諦めてるけど、あなたには強制するわ。ため口で友達のように接しなさい」

「……姫様」

「ミリヤが私の言う事聞かないからいけないのよ。あなたの主人には友達になって貰うわ!」

「俺は別に良いけど……」


 結構気さくな奴だな。

 それに友達……!なんて甘美な響きだろう……!

 俺、この人好き!


「ミリヤ、この人何で泣きそうな顔してるの?」

「ぜひ心を読んであげて下さい。おすすめはしませんが」

「何かこっちが悲しくなりそうだから良いわ……」


 おい。やっぱり結構失礼な奴だな。




 

「お忍びで下町探索ぅ??」


 俺は月単位で借りている宿屋に、先ほどの女の子──レイシアを連れてきた。

 理由はどうして俺達に絡もうとしてきたのかを探る為だ。


「そうよ。王宮住まいだと息が詰まるの」


 レイシアはそう言って羽織っていたコートと、帽子を脱ぎ始めた。


 中から露見したのは、この世界では珍しい黒髪と、寂しさを感じさせる胸元だ。薄着でも膨らみが見られない……。


 しかし何と言うか気品さが半端じゃない。


 いよいよ王国の姫君ってのが真実味を帯びてきたな。いや疑ってた訳じゃないけどさ。


「はぁ……まぁ良い、レイシアの事情は分かったけど、俺達に何の用?そういやミリヤと知り合いみたいだけど」

「ミリヤはねー昔王宮に仕えてたメイドだったんだよ!宮廷貴族って奴!だけどお家が取り壊しになっちゃってねぇ……」

「へぇ」


 ちらっと横目でミリヤを見たが、本人は特に表情を変えていない。


 ミリヤの過去について、俺は詳しくない。

 本人が喋ろうとしないし、詮索する必要もなかったしな。

 奴隷契約がある限り、こいつは俺を裏切れない。その確証さえあれば何も問題はない。


「それで?結局何の用何だよ。焼鳥ならあげたろ。まだ何か?」

「いやぁやっぱ焼鳥最高だね!ありがとイズル」

「そりゃどーも。んで?」

「あー……相談があるんだ……報酬は出ないけど……」

「焼鳥の礼くらいはしてくれよ」


 俺だって小腹が空いてたんだ。

 最近になってようやく懐に余裕が出て来たから可能なプチ贅沢だったのに。


 レイシアはどこか言いづらそうにしながらも、上目遣いで俺に近付いてきた。


「えとね……ミリヤの主人だと見込んでの相談なんだ」

「断る」

「まだ何も言ってないんだけど!?」

「だって絶対厄介な奴だろ。お姫様からの相談とか絶対やだ。報酬もないならなおさらだ」

「そこを何とか!!」


 俺が断固反対していると、珍しくミリヤが俺に頭を下げてきた。


「マスター、聞いてあげてくれませんか?彼女は恩人なんです」

「……お前がそう言うなら良いけど」

「ほんと!?やった!!ミリヤ大好き!!」

「はいはい、相変わらず困った姫様ですよ」


 ミリヤに抱き付いたレイシアは、跳び跳ねて喜んでいる。

 それをミリヤもどこか嬉しそうにしていた。


 微笑ましい光景だ。ここが胸糞悪い異世界じゃなければな。


「そんでマジで何の用何だよ。俺、こう見えても結構忙しいんだぞ」

「姫様、これは嘘です。マスターは完全週休3日で冒険者業をしています」

「お前!俺は休みの日には自己研鑽に時間を充ててるんだよ!!筋トレ、この世界の勉強、菓子の追及──な、大変だろ!?」

「……ま、まぁ怠惰に過ごしている訳じゃなさそうだけど……」


 当たり前だ。いつ金欠になるか分かったもんじゃないから、雑草の研究までしてるんだぞ。


 大体菓子の追及はミリヤの為なんだから、感謝して欲しいくらいだ。


 俺のそんな心の内を読んだのか、レイシアはそれ以上追及することなく話を進めた。


「イズル、あなたに依頼したいのは私の救出よ」

「え?救出?」

「そうよ」


 目の前に居る彼女をどこから救出すると言うのか。

 なに?哲学的な話??


 しかし、俺にはてんで分からない話だったが、ミリヤには心当たりがあるようだ。


「姫様、まさか──」

「えぇ、私は今夜拐われるわ」

「……帝国、ですか」

「せーかい。さすがミリヤ」

「……」


 苦虫を噛み潰したような顔をするミリヤ。

 どういう事だ?さっぱり分からんぞ。


「おい、俺にも分かるように言ってくれ」

「ごめんごめん。えっとね私ってほらお姫様じゃない?」


 自分で言うのか。いや間違いじゃないらしいけど。


「だからこの血を狙って結構狙われたりするのよね。それで今回因縁のある帝国の使者が私を拐うって予想してるわけ」

「え、そんないきなり?」

「帝国は例え戦争をしてでも私達の血が欲しいでしょうしね」

「それに今は丁度、休戦協定延長の会議に帝国の使者が来てますからね。宣戦布告にはぴったりかと」

「おとなしく休戦してろよ……」

「そうはいかないでしょうね。王国は力を伸ばし続けて帝国を追い越そうとしているわ。叩くならまだ私が幼い今でしょう」


 国同士の事情は知らないけど……それが何で私を救ってって話になる。

 俺はただの冒険者だぞ。


「あなたにお願いしたいのは拐れた私の救出。帝国に連れていかれた私を王国までエスコートして欲しいの」

「ま、待て、連れて行かれている途中じゃなくて、帝国まで着いてから救出するのか?」

「えぇ。彼らの顔に泥を塗るのよ。そして私達は彼らを攻める大義名分を手に入れて、今度こそ帝国を落とすわ」

「……それ、俺超危険じゃね?」

「帝国は難攻不落で有名だから頑張ってね!!」

「……」


 これ、断ったら駄目なの?

 

「ちなみに、これは王家からの正式な要請にも出来るわ。今は私の独断だけど、国のいざこざに巻き込まれるのと、謎の騎士として穏やかに過ごすのか、どちらがお好みかしら?」

「おいミリヤ、お前のせいだぞ」

「こ、ここまで腹黒度合いが増しているとは予想外で、すみません……」

「はぁ……」


 なぜこの姫様が俺を頼って来たのかは未だ不明だが、これは引き受けるしかないやつだ。

 最悪、俺は帝国とやらの縁者として消されるかも知れないしな……。


「……分かった。ただし、だ」

「何かしら?」


 俺はせめてもの抵抗をするべく、ミリヤの方を指差した。


「ミリヤを王宮で預かってくれ。丁重にもてなせよ。粗相があれば王国を潰すのは俺だ」

「なっ!マスター何を──」

「分かったわ。危険度が跳ね上がるけど良いのかしら?」

「むしろミリヤは邪魔だ。隠密作戦なら一人の方が都合が良い」

「じゃ、邪魔……!?」


 邪魔と言われたミリヤが顔をピクピクさせている。

 仕方ないだろ。付与スキルを使った透化は不完全なんだから。


 それに、お前にもしもの事があっては困る。

 モンスターの戦闘とは訳が違うんだ。


「あと王家としての報酬が用意出来ないならレイシア、あんた個人に要求する」

「ふふふ、良いわねあなた。結構好みよ」

「報酬の内容は全部が終わってから言うよ。なに、むちゃくちゃは言わねぇよ」

「良いでしょう。それじゃ今夜、私は王宮の寝室で囚われの姫となるわ。待っているわよ、騎士様♡」


 本当に厄介な事になってしまった……。

 ……あのクソ女神、俺の運のステータスをマイナスとかにしてないよな?

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