第7話 俺の最高の相棒


「ミリヤ、とりあえず治癒魔法だ」


 平岡を抱えたままのミリヤにそう言うと、首を横に振った。


「無駄ですよ。それは的確な治療ではありません」

「だったら──」


 どうすれば良い。その言葉を遮ってミリヤは言う。

 俺の聞きたくなかった言葉を、だ。


「マスター、彼女の命は諦めて下さい」


 心臓がドクン、と跳ねた。


 ミリヤが何を言っているのか、すぐには理解する事が出来なかった。

 俺はギリッ、と奥歯を噛み締めながらミリヤを睨む。


「……どういう意味だ」


 ミリヤは俺の真剣な様子からか、いつもの憎まれ口ではなく、淡々と事実を告げる。


「彼女は病気でも何でもありません。呪いです、それも極めて強力な。マスターも知っての通り、解呪を出来るのは聖女様だけです。……故に、こちらの世界では彼女を助けるのは不可能です」

「っ!」


 呪い──呪術を扱う者が持つ、厄介な能力だ。

 ミリヤの口振りと、平岡の状態から鑑みるに、確実に相手の命を奪い取るタイプのものだろう。


「……何ともならないのか……?」


 俺の口から出てきたのはすがるような言葉。


「はい。彼女の命はあともって3日程でしょう」

「……冗談だろ……」

「いいえ」


 ミリヤは意識を失っている平岡を抱えたまま、俺に一歩近付いた。


「マスター、改めて問います。どうして彼女にそこまで拘るんですか?友人を助けたいのは分かりますが、そこまで絶望する程のものではない筈です」


 視線を平岡に落としたミリヤは、まるで俺の心の内にある気持ちを引き出すようにたずねた。


「……絶望するだろ、そりゃ……。確かにあの異世界では人の死は軽かったよ。俺自身多くの命を奪いもした。だけど……未だに俺は人の死には慣れないんだよ。それが大事な人であるほど……」

「大事な人……ですか」

「平岡は──芹那は、俺の初恋なんだ」

「……!」


 そりゃそうだろう。

 こんなに美人な幼馴染み、好きになるなって方が無理だ。

 俺も同じなんだ。出会った時から好きだった。


 別に特別なエピソードなんてない。

 でも芹那とのあれやこれやは全部、すぐにでも思い出せる。


 ちっちゃい頃からお互いに近い所に居た。

 友達の居ない俺に至っては芹那だけが唯一俺の話を聞いてくれる存在だった。

 そういや思春期を迎えて、幼馴染みという関係が妙にこそばくて名字呼びに変えた事もあったな。

 それでも芹那は変わらず俺を出流君と呼んで、俺と変わらない距離感で居続けてくれた。


 ──なぁ芹那、俺もう思春期は終わったんだぜ。

 お前よりも2歳分、歳を取ったからな。


 だから、次にお前と話す時は昔みたいに名前で呼びたいな。


「……マスター」


 慰めるような声色で俺を呼ぶミリヤ。


 あぁ……そうか、俺は今泣いているのか……。


「……」


 ミリヤは痛々しい俺を見ていられなくなったのか、薄紫の前髪で表情を隠した。


「……方法が、無いわけじゃありません」

「!」


 俺はミリヤの言葉を聞いて彼女の肩を強く掴んだ。


「教えてくれ!!」

「……」


 余程言いたくないのか、ミリヤはすぐには口にしない。

 だが、俺の請い願うような声に折れてくれたのか、呟くように言った。


「……考え得る限り2つです。1つは術者を殺す事。マスターに術者の心当たりがあるならば、ですが」

「術者……」


 一人の女の顔が浮かんだ。


 あいつは昨日言っていた。種は随分前に撒いたと。


「まさか……!」

「! 分かるのですか?」

「あぁ。だけど……」


 あいつにはフルステルスがある。逃げに徹されたら見付けるのは困難だ。

 そこまで芹那が保つ可能性は低いだろう。


「……駄目だ。ミリヤ、2つ目を教えてくれ」

「……解呪出来る者を連れて来るのです。あの世界から」

「い、いや聖女を連れて来られるなら苦労しねぇって!不可能過ぎじゃ──」

「いえ」


 ミリヤは俺の言葉を遮って言う。


「マスターなら可能性があります。マスターは異世界を渡る事が可能な人間です。マスターが異世界に渡った時と同じ状況を作れるならばあるいは……」

「同じ状況って……」


 俺が世界を渡ったのは2度。

 1つはつい先日クソ女神から転移の魔法で強制排除された時。

 そして、仲林愛莉に殺された時だ。


「……俺が死ねば、もしかして……」

「……本気で言っているのですか?」

「本気だ」


 これは何の確証も無い話だ。

 ミリヤの憶測でしかない無謀な話だ。


 だが、今から仲林を見付けるよりは可能性がある。


「ミリヤ、あの時と同じ状況を作れればワンチャンあるんだな?」

「あ、あくまでも可能性の話です!不敬ですが、あの女神様がマスターをもう一度異世界へ招くとは考えにくいです!」

「お前も不敬とか思うんだな」

「マスター!!」

「……悪い」


 茶化すように言った俺を本気で怒るミリヤ。


 だけど俺の腹はもう決まってしまった。

 後はミリヤを説得するだけだ。


「あの時と同じ状況を作るって事は、学校の屋上に移動するのと……あと自殺じゃ駄目だ。俺は誰かに殺される必要がある」

「……そんな都合良く人殺しに加担する人間が居るとでも?」

「ここに居るじゃねぇか」


 俺が人差し指でミリヤを指すと、彼女は強く俺を睨んだ。


「私にマスターを殺せと?」

「お前、俺がそう言うと分かってたから黙ってたし、さっきもすぐに姿を見せなかったんだろ」

「……分かっているならそのふざけた提案を撤回して下さい」

「ミリヤ──」

「!」


 俺はミリヤの首もとに手を当てる。

 そして隷属の首輪を可視化させた。


「"命令"だ。俺を殺せ」

「っ……お、お断りします……!」


 ミリヤが俺から顔を背けるのと同時に、隷属の首輪が淡く光る。


「……ぐっ……!!」


 ミリヤの首を締め付けるように、首輪が軋んだ音を立て始めた。

 いくら呼吸をしなくても耐えられるミリヤでもかなり苦しい筈だ。

 段々とミリヤの首筋に薄く血管が浮き出している。


「早く命令を受け入れなきゃお前が死ぬぞ」

「……わ、私が死ねば……彼女は助かりません……よ……!」

「そんときゃ自殺するだけだ。お前がやろうがやらまいが俺が死ぬのは変わらない。どうせなら確率が高い方が良いだろ?」

「よ……よくも私……の前でっ……自ら死ぬなんて……!絶対許しません……!!」

「はぁ……よく耐えるね、お前。さすが超人」


 首筋は既に一回りも小さくなっている。

 抵抗を止めないせいで、今にも首の骨が折れても無い程にミリヤを締め続ける。


「うぐっ……!!か、考えを改めるつもりは無いんですねっ……!?」

「あぁ」

「だったら──」


 ミリヤはバックステップで俺から距離を取り、手に魔力を込めた。


「今ここで彼女を──」


 平岡を自らの手で殺す、そう言おうとしたミリヤは苦しそうに顔を歪める。


 ミリヤはいつだって俺の為に動く。


 口は悪いし、態度だって横柄だ。

 それでも必ず最後は俺のメリットになるようにしてくれる、従順な相棒だ。


 なぁミリヤ。

 お前に俺がどう行動出来るか分かるように、俺にだってお前のやりそうな事は分かるんだよ──。


「"フルバニシング"」 

「なっ……!?」


 右腕をミリヤに向け、開いた手のひらを一気に閉じる。

 あの女神がくれた役に立たないスキルじゃない、俺が異世界で出来たたった一人の友人から受け継いだユニークスキル。


 対象から、自身の望むものを奪うスキルだ。

 それは相手の装備でも、魔力でも、命でさえも奪える強力無比な能力。

 例え相手がどれ程強くても関係ない。


 まぁ本来の持ち主じゃないせいで、日に二回も使えば動けなくなる。反動がでかすぎて実戦ではほとんど使えなかった。


 ただしこれでも呪いだけは祓えない。

 解呪は唯一聖女だけが可能ってのが世界の理だ。


「……ミリヤ……!」

「……っ!」


 俺が今回奪う対象にしたのは平岡だ。

 こうでもしないと俺はミリヤに勝てない。


 平岡の体が一瞬でミリヤから俺の腕の中へ移動する。


「……どうし……て……!!」

「……」


 ミリヤは苦しさからか、膝をついた。

 そして体中の酸素を吐き出すように叫ぶ。


 見下ろすミリヤの瞳からは涙が溢れていた。


「……私にっ……マスターを殺せる筈ないでしょう……!?私はマスターの奴隷ですっ……私が、私がどんな気持ちでここまで来たと……!!」

「……」


 ミリヤは両手を地面につきながら俺を見上げている。


「……あなたが死ぬ時はっ……かはっ……それは私も死ぬ時ですっ……!あなたを殺すくらいなら……私はこのまま死を選びます……!!」

「……」

「……そしてマスター……あなたが自殺出来ないように……私はあなたに呪いを掛けてあげますよ……!」

「……?」


 今度ばかりはミリヤの言葉の真意が分からなかった。

 俺の表情からそれを読み取ったのか、ミリヤはニヤリと笑った。

 まるで一本取ってやったとでも言わんばかりに。

 

「私は……マスター……あなたが大好きです、愛しています……!」

「……!」

「ず……ずっと傍に置いて下さい……!一生あなたにお仕えしたいです……!世界を渡っても付いてくって知ってるでしょう……!!」


 頬を染め、涙を流しながら、自身の胸の内を吐露するミリヤ。

 

 ……ずるい、だろ……今それを言うのは……!

 

「……マスター……マスターはこう言う私を裏切れますか……!?」

「……もう良い」

「良くありません……!私は、あなたを死なせない為なら──」


 俺は小さく一言、「撤回する」と呟いた。


「! かはっ……はぁ……はぁ……」


 すると、首筋は縮小を止め、元の大きさに戻っていく。


 ミリヤは首もとをさすりながら、俺を睨むとすぐに立ち上がった。

 そして、俺の方へと駆け寄り、その勢いのまま右腕を突き出してきた。

 彼女の右腕は俺の頬を捉える──。


「ぃってぇなぁ!!」

「はぁ……はぁ……!」


 こ、こいつ、グーだったぞ!

 仮にも主人相手に!

 衝撃で芹那が地面に落ちてしまった。ごめん芹那。


 ミリヤは勢い衰える事なく、倒れ込んだ俺に跨がってきた。

 更に胸ぐらを掴んで顔面を近付ける。


「もう二度と私をあんな気持ちにさせないで下さい!!!」

「……悪かったよ」

「二度と私の前で死を選ばないと約束して下さい!!」

「……お前が提案したんじゃねぇか。他に方法がないしさ……」

「術者に心当たりがあるなら可能性はあります!勝手に駄目だと決め付けたのはマスターです!」

「い、いや無理なんだって!相手はフルステルス持ち……で……」


 俺は至近距離でミリヤの瞳を見ながら、全身に稲妻が走るような衝撃に襲われた。


「あ……あるぞ……!ミリヤ、フルステルス持ちでもお前なら一度魔力の接触があれば逆探知可能だな!?」

「か、可能ですが、私はこの世界の人間とほとんど接触がありません」

「いや、大丈夫だ……!!」


 俺は嬉しさのあまりミリヤの体を無意識の内に抱き締めてしまった。


「ありがとうミリヤ!!お前はやっぱり最高の従者だよ!!一生傍に居てくれ!!」

「ななな!!?」


 ミリヤが何やら顔を真っ赤にしているが、そんなもの今はどうでも良い!


「いける、いけるぞ!!ははは!ミリヤ大好きだーー!!!」

「あわわわ、勘弁して下さいぃぃ~!!!」


 ──芹那、何とかなるかもしれんぞ。俺の最高の相棒に感謝しろよ!!


 ……何故かその相棒はぐったりとしているけどな。

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