第3話 復讐


 俺の眼前に立っているのは、仲林愛莉。

 2年前──いやこちらの世界では1ヶ月前に、俺を殺した女だ。


 整った綺麗な顔立ちに切れ長の細い瞳。純黒の長い髪は彼女の持つ雰囲気に良く合っている。

 すらっと伸びた手足はモデル並みだ。

 胸元が少し淋しいが、ミリヤと比べても遜色のない美人だろう。


 仲林を目の前にして、自分が冷や汗を流している事に気付く。

 魔法で消した筈の古傷が痛む。刺された腹の奥がな。

 俺は腹部に手を当てながら、顔を歪めて笑った。


「……俺はお前にもう一度会う事があれば必ず復讐すると決めていた」


 仲林は嘲笑うような表情のまま、俺を見ている。


「そう。私としては終わった筈の憎い相手が再び現れて夢でも見ている気分だわ」

「ちゃんと足はあるさ」

「いっそ幽霊の方がマシだわ。あなたの死を確信出来るもの」


 腸の煮えくり返る思いとはこの事だろうか。

 今すぐにでも殺してやりたい。俺に出来るかは置いておいて。

 せめてぶん殴ってやりたい。


 どうせこいつを法的に裁くのは無理だ。

 俺を殺した証拠がない。そもそも俺は生きている。

 だから俺が出来るのは、俺の心がスカっとするまでこいつをいたぶる事だけだ。

 例えそれで俺が犯罪者になろうとも。


 だが、こいつには聞かなきゃいけない事がある。全てはその後だ。


 俺は一度深呼吸をしてから、笑みを消した。


「お前に聞きたい事がある」

「でしょうね。私もよ」

「なら被害者の俺からだ」

「被害者、ね。まぁ良いわ。何かしら?」


 仲林が腕を組んで真顔に戻った。

 真剣に話を聞いてくれるみたいだ。


「聞きたい事は2つ。どうして俺を狙ったのか、そして俺の死体はどこへ消えたのか、だ」

「動機と前世とでも呼ぶべきあなたの体ね。まず答えやすい後者から教えましょうか」

「あぁ」


 仲林は組んだ腕の片方を上げ、あけすけと答えた。


「消えたわ」

「は……?」

「言葉の通りよ。あなたの息が途絶えると同時に肉体も衣服も、血痕さえ残さず全て消えたわ」

「……マジか」


 思い当たる節はある。

 俺が死んでから女神の前で意識を取り戻した時、服はそのままだったからな。


 これで完全に仲林に殺人罪を問うことは不可能になった。屋上に監視カメラの類いも無いしな。


「それで、何で俺を殺したんだ」


 俺がそう言った瞬間だった。

 "危機感知"スキルが発動した。


「……っ!!」


 バリンッ、という音がした後、瞬きの間も無く、俺の頬を鋭い刃のような風が掠めていった。

 薄皮が切れ、じわっと血が滲むのを感じる。


 器用な事をしてくれた彼女は右手を俺の方に向け、冷たい視線を向けている。

 美女の本気の殺意は怖いね。マジで。


「復讐よ。私はあなたを絶対に許さない」

「……俺、お前みたいな美人に記憶されるような人生歩んでないんだけど」

こちらの世界・・・・・・では、ね」

「……!」


 ──間違いない。仲林はあの異世界の人間だ。


 今の洗練された風魔法からして、相当の手練れだ。

 数日振りに危機感知スキルの役の立たなさを実感したぞ。


 仲林は不敵な笑みを浮かべて口を開いた。


「あなたとの問答で聞くまでもなく理解したわ。やはりあなた、あちらの世界へ行っていたのね」

「……おかげさんでな」

「ならもう良いわ。あなたの顔をこれ以上見たくない」

「! 逃げんのか?」


 俺の挑発に仲林は答え無かった。

 代わりに背を向けて冷たい視線だけを寄越した。


「殺しても死なない相手とやり合っても仕方ないもの。種は随分前から撒いてるし、後は芽吹くのを待つとするわ」

「……どういう意味だ?」

「さてね。学友としてあなたの成り行きをこっそりと見させて貰う事にするわ。じゃあね」

「待──」


 待て、その2文字を言い切る事も出来ないまま、仲林は音も無く俺の目の前から消えた。

 俺とは違う、完全な透化スキル──フルステルス。

 音も匂いも消し、世界から完全に姿をくらます上位スキルか……。

 確か感知スキルにも反応が無く、発見するには専用の道具が必要だった気がする。それも超高級な。


「良いなぁ……」


 仲林愛莉との再会で、俺が最初に抱いた感想は、そんな情けないものだった。


 絶対に復讐してやると言ったが、これじゃ俺には手も足も出せないような……。

 はぁ……ほんと嫌んなるね。あんな美人と何の因果があるのやら。

 不穏な発言もあったし気にはなるが、今考えても仕方ないか。


 一人屋上に取り残された俺はポリポリと頭を掻く。


「ま、とにもかくにも、次にあいつと会うのが楽しみだな」


 一見訳の分からない発言に聞こえるだろうが、これは理に叶った言葉だ。

 俺はどんな小さな事でも、俺自信の復讐を実行する。今回は俺の力じゃないけどな。

 この性格のせいであっちの世界では敵を多く作ったような気もするが、もう関係のない世界の話だ。

 

「……一時間目はサボるか」


 俺は風の吹きすさぶ屋上で横になった。

 目蓋を閉じると、あのお節介の顔が浮かぶ。


「反射魔法とかどんだけ心配性なんだミリヤ……」





 2年A組、仲林愛莉はいつもの鉄面皮で、既に一時間目の授業が始まっている教室のドアを開けた。


「……遅れてすみません」


 不機嫌を顔面に張り付けてはいるが、独特のカリスマ性を持つ愛莉はクラスでも人気者だ。


 そんな愛莉に一人のクラスメイトが声を掛ける。


「あ、愛莉ちゃんおはよー! わ、思い切ったイメチェンしたんだねー!」

「はい?」


 クラスメイトの言葉が一瞬理解出来なかった愛莉は、イメチェンと聞いてすぐに自身の髪に触れた。


「!?」


 気が付いてしまったのだ。自分の前髪が斜めにパッつんと切り揃えられている事に。


「やっぱ愛莉ちゃんくらいになると何でも似合うよね。本当に凄いよ~」

「な……な……」


 愛莉は自分の容姿に自信を持っている。

 髪の毛に至っては祖母から受け継いだ大切なものだ。

 今まで一度も染めた事はないし、祖母と同じ髪型から変えた事もない。


 それが、いつの間にか無理矢理に変わってしまいる。

 まるで、風の刃にでも切られたかのごとく。


 理由はすぐに思い付いた。


(あの男だ。折方出流……!!)


 愛莉が放った風刃は、何か障壁のようなものをかち割った音を伴って出流の頬を薄く切った。


 ただの防御魔法だと考えていた。

 本気で首を落としにいったのに、少しはやるようになったなと思っていたが、大間違いだったのだ。


(あれは反射魔法……!それもわたしの風刃を跳ね返せる程の……!!)


 気付いた時にはもう遅い。

 愛莉の前髪が直るのに2ヶ月は掛かるだろう。


 大事な祖母の形見とでも呼ぶべき自分の髪を傷付けられた愛莉は怒りに震える。


「こ……こ……こ……」

「愛莉ちゃん?」

 

 クラスメイトや、授業を進める教師を無視して愛莉は叫ぶ。


「殺してやるぅぅぅーーーーー!!!」

『えぇ!?』


 その日1日、クラスメイトが愛莉に話し掛ける事は無かった。

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