第1話 よろしくお願いしますね、マスター
異世界転生という名の地獄から舞い戻って来た俺の名前は
物語に出てくるきらびやかな勇者としての冒険の日々や、ハーレムの毎日なんて送る事の出来なかった不運な男である。
強力なスキルや武器も持たされず、放り出された異世界から帰還を果たした俺は現在、転生前の生活に戻っている。
高校2年生の9月1日。
驚くべき事に俺が転生して1ヶ月しか経過していなかった。
そう、つまり──
「……夏休みが吹っ飛んだのか」
「マスター、もう少しシャキッと歩けないのですか?」
猫背で学校へ向かう俺を諌めるのはミリヤ。
あの異世界で俺が雇っていた奴隷だ。
透き通る薄紫色の髪を腰まで伸ばし、同じく紫の瞳は到底日本人には見えないだろう。
スタイルも抜群で、ミリヤを購入した時は、もの凄い料金をふんだくられたものだ。
さて、そんな言うまでもなく目を引く美人であるミリヤがここに居る理由だが、何やら主人である俺から離れたくなかったからと言う。
言葉だけを聞けば愛らしいのだが、こいつには何か裏がありそうで怖いんだよなぁ……。
あの異世界でも事あるごとに俺に苦言を呈し、主人を主人と思わない発言、行動の目立つ奴だったからな。
まぁそれで悪い結果になった事はないのだけども。
「お前さぁ……もうちょっと主人である俺に優しく出来ないの?俺の事嫌いなの?」
「嫌いですよ?奴隷を奴隷らしく扱わない主人なんて」
「……相変わらずの憎まれ口だな」
何だよ奴隷を奴隷らしくって!
十分奴隷扱いしてんだろ!モンスターとの戦闘では前衛に立たせて俺は後ろからチマチマ攻撃するだけだったりな!
はぁ……なんかもう良いや。とにかく俺とミリヤはこんな関係だ。
主人と奴隷という確たる主従関係だけが俺達の絆。
ミリヤが何を考えているかだなんて、それこそ考えるだけ無駄である。
それに、俺には考えるべき事が他に沢山ある。
「なぁミリヤ、お前これからどうすんの?昨日うちでも言ったけど国籍を持たないお前がここで暮らすのは色々大変じゃないか?」
ちなみに、こちらの世界で1ヶ月間も行方をくらましていた俺だが、両親は『おぉ、家出も終わりか?』みたいな感じだった。……のほほんとした人達なんだ。
心配していたのは妹くらいだったな。
それにいきなり連れてきたミリヤにも驚く事なく、『すっげぇ美人の彼女連れてきたな!?いくら積んだんだ!?』なんて言ってきたくらいだ。
ハハハ、日本円で換算したらいくらだったんでしょうね。
俺が脳内で暗算を始めようとすると、ミリヤはパタッと立ち止まり微笑を浮かべた。
「ご心配には及びませんよ」
「?」
俺の疑問に答えるべく、ミリヤはパチンと指を鳴らした。
すると、ミリヤの全身が淡く輝き出した。
「お、お前これ──」
「はい、マスターの通う学舎の制服です」
「まさか……!?」
魔力で作り出した制服に身を包んだミリヤは目を細めて笑う。
「私、ミリヤは今日からこちらの学校にやって来た転校生です。同級生としてこれからよろしくお願いしますね、マスター」
「う、嘘だろ!?手続きは!?」
「書類の改竄なんて私に掛かれば簡単な事です。魔法の発達してないこの世界で私に出来ない事はありません」
「さいですか……」
俺はもう知らん。頭が痛くなってきた。
俺が更に背を丸めてうなだれていると、ミリヤが少し雰囲気を真剣なものにしてたずねてきた。
「それよりもマスター、昨日のお話を本当に実行なさるのですか?」
歩きながら俺は短く返事をした。
「あぁ。せっかく帰って来れたんだ、思う存分やってやる」
「……復讐、ですか」
「こっちの世界の物語ではよく出てくるぞ?チートスキルを手にして底辺から成り上がるってのは」
「マスターにはチートスキルなんて無いですが」
「……本当に残念な事にね」
軽口を言い合ってはいるが、俺は本気でやるつもりだ。
学校ではカースト最底辺のインキャ、それが俺だ。
友達はおらず、美人の恋人も居ない。基本ぼっち君である。
それ故に1ヶ月も行方知れずでも問題が起こらなかった。悲しすぎる。
「ちなみにですがマスターの復讐したい相手を聞いても?」
「そりゃもうクラスの奴ら全員さ。それに俺を見下す教師と5月に嘘告してきた3年の先輩。あと小学校の時いじめてきた野村。それと──」
「もう結構です。マスターはどこでも敵ばかり作っていたのですね。期待通りです」
「期待の使い方間違ってない?」
ミリヤは「はぁ……」とため息を吐いた。
だが、次の瞬間パシッと俺の手を取った。
その手は骨が少し軋むくらい強く握り締めている。
振り向いたミリヤの顔は、誤魔化す事を許さないと言っていた。
「マスターを殺した人間の名前を言えと言ってるんです……!」
「……」
俺は異世界転生を果たした人間だ。そう、転生だ。
俺があの異世界へ向かう事となったきっかけは死だった。
ミリヤから視線を逸らして告げる。
「……言わないよ。お前、それ聞いたらどうするつもり?」
「言わなきゃ分かりませんか?」
「分かるから言わないんだよ」
「……」
ミリヤはキッ、と俺を睨み付けて押し黙る。
そんな怖い顔したって駄目だよ。
お前には絶対言えない。
お前は絶対そいつを殺しに行くから。
この世界で人を殺める事は決して許される事じゃない。
お前を犯罪者にしたくないんだよ──ミリヤ。
嫌悪や侮蔑、軽蔑──挙げればキリがない程俺を主人と思わない感情を見せるミリヤ。
それでも一つだけ、たった一つだけお前が俺に抱いている感情で嬉しいものがある。
──それは絶対の忠誠心。
「ミリヤ、命令だ」
「! ……はい」
命令──奴隷が破る事の出来ないものだ。
それを破れば隷属の首輪が奴隷の首をはねる。
すぐに締まり切る事はないが、命令に背いている間に味わう窒息感はそら苦しいものらしい。
だから決して破るなよ、ミリヤ──。
「もしお前が犯人に辿り着いても決して殺すな。復讐は俺の手でやり遂げる」
「……マスターに本当に出来るのですか?」
「俺、そんな甘ちゃんに見える?」
「はい。あちらの世界でも──」
「言わんで良い。大体お前がやり過ぎなだけだから。誰でも彼でも抹殺抹殺って」
「当然です。マスターの敵は私の敵です」
「ジャ○アンかよ」
「何ですかそれ?」
ぷっ、あっちの世界ではこういうネタを言うと不思議な顔をされたが、こっちに帰って来たらミリヤの方が異端だ。
散々バカにされた事もあったからな。
俺は今ミリヤへの復讐を果たした訳だ。目標一つ達成。
「……うざい顔してますね」
「あ、ニヤニヤしてた?て言うかそろそろ手痛いから離してくれよ。学校に急がないと」
「……はい」
そう返事をしたのに、ミリヤが俺の右手を離す事はなかった。
背中に怨みがましい視線を向けるミリヤを連れ、体感時間にして実に2年振りに俺は校門を抜けた。
視界の端に俺を殺したあの女を捉えながら──。
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