第6話 試験当日
とうとう退魔師免許の試験当日になった。この数日間は勉強をずっとしようとしていたが、沙織に連れ出されて訓練も多く行っていた。
現在、沙織と共に電車で試験会場に向かっている。日曜日のせいか、電車はガラガラで余裕を持って座ることができた。
「うう……緊張する……」
「妖怪相手には緊張しない癖になに言ってるのよ」
試験やテストという言葉は苦手なのだ。別に勉強が苦手だというわけではない。ただ、どこか不安が消えずに勉強が辞められない。合格できなかったら計画が全て台無しになってしまうのだ。
「確かに妖怪は緊張しないけどさあ……不安なんだよね……」
『悪い癖じゃな。試験という敵を倒すと考えれば良いと言っておるのに……』
真白には姿を消してもらっている。通信制の中学生だったときの定期試験や、高校の入学試験前も同じような状態で、真白にはかなり呆れられた。
「さて、そろそろ駅に着くわよ」
沙織に腕を引かれて電車を出る。周りの人も自分と同じように参考書を開いている人もいた。同年代くらいから歳上まで、意外と多くの人が試験を受けるようだ。
「このまま着いていけば迷いそうにないね」
「私も場所は覚えているわ」
一緒に歩いていると、結構視線を感じる。沙織を見ている人も結構多いように感じた。
「沙織姉さんって結構有名人?」
「花山院家だからそうかもね。でも、この注目は私の所為っていうよりも、朔の見た目も原因じゃないかなあ」
そういえばあまり気にしていなかったが、自分の髪や目、肌も他人とかなり違うことを思い出した。
「ああそうか、珍しいのか」
「かなり目立つわよ。尾行系の仕事は避けた方が良いかもしれないわね」
「そっか、最初から目立ってたら無理なのか」
退魔師も依頼によっては呪いをかけた人を探すといったこともある。その際は尾行することもあり得るのだ。呪いに関する依頼はなるべく受けないようにしなくてはならない。
「よし、着いたわよ」
目の前には『退魔師免許センター』と大きな看板を掲げた建物が建っていた。少し古い建物のようで、外装の塗料は少し剥げている部分もある。新設された資格なので新しいと思っていた。
「元からあった建物をそのまま使ってるのよ。新しく建てるのも時間かかるし」
「あー、それもそうか。それに師匠とか開成さんなら『そんなことに金を使うな』って言いそうだ」
「そうだね」
ふふふっと沙織は笑う。玄弥たちは見栄を張る必要のないことにはとことんお金を使わない人たちだ。その分、後進の育成や備品の充実にはかなりのお金をかけている。
「さあ、受付するわよ」
「うう……お腹が痛くなってきた……」
緊張が消えず、お腹がグルグルとしてきた。まだ開始までは時間はある。
「ちょっとトイレ行ってくる!」
「じゃあ待ってるわよ」
「ふう……」
『本当に弱いのう。妖怪は最初から余裕じゃったのに』
「もう慣れるのは諦めたよ」
周りに人がいないかどうか確認して真白と話す。そういえばそろそろ真白を実体化させても良いのだろうか。筆記試験では別室にいてもらうはずだ。
「そろそろ戻るか」
ハンカチで洗った手を拭き、沙織に合流しようと歩き出す。沙織が見えてくると、どうやら見知らぬ男に絡まれていた。手を掴まれているようで、殴り飛ばさないか不安になってくる。
『なにやら面倒事かのう』
「流石に試験前に馬鹿やるやつはいないと思いたい」
退魔師同士のトラブルは徹底的に調べられて処罰されることが多い。一般人と比べれば圧倒的な力を持っているが故に、その使いどころにもかなり厳しいのだ。そうでもしないと一般市民は安心できない。
「沙織姉さん、お待たせ」
「やっと帰ってきたわね。さあ行きましょう」
沙織はさっさと腕を振り解き、無視するように立ち去ろうとする。哀れにも感じるが、これ以上騒ぎになるのはやめた方が良いだろうと思ってのことだ。
「おい!俺を無視するな!」
後ろから聞こえてきた怒鳴り声に、正気か尋ねたくなった。原因は向こうからだろう。証人は周りに沢山いるし、上を見れば監視カメラもちゃんとある。行動の原理が違いすぎて理解できなかった。
「あんたなんか微塵も興味ないし、あなたの事務所なんて入る気はないわ。実力もないのに偉そうにするやつって嫌いなのよね」
沙織も沙織で、なんでこんなにも刺々しい言葉を使うのか。大きなトラブルになれば保護者が呼ばれてしまうのだ。頭に血が昇っていそうなので、少しクールダウンしてほしい。
「将来の夫だぞ!同じ事務所で働いてなにが悪い!」
「えっ!?」
『沙織に婚約者でもおったのか?』
はっと口に手を当てる。沙織に婚約者ができたなんて聞いていなかった。
「はあ、違うわよ。何度も断って断って断って……うんざりしてたのよね……」
もし相手の男が手を出していれば命は無かったかもしれない、と思わせるくらいにはイライラしているようだった。なかなか見ない姿なので背筋が少し寒くなってくる。
「トラブルはおやめください!」
誰かが呼んだのか、係員が来たようだ。沙織の顔を見た途端にギョッとしたような顔をした。
「チッ、俺は諦めないからな!」
ほっとしたのも束の間、相手の男が捨て台詞を吐いて去っていく。もう沙織は気にしていないようで、そちらを気にしてすらいなかった。
「はあ……では受付を行いますのでこちらへ」
係員に案内されるがまま着いていく。人気のない個室で受付をしてくれるようだ。先ほどの男が気になるので沙織に小声で話しかける。
「さっきのは誰なの?」
「如月製薬って聞いたことある?そこの御曹司の如月隼人よ。うちは一族で病院と大学やっているから関係が深いのよね。向こうから何度も婚約しないかと誘われて迷惑なのよ……いつの間にか退魔師になろうとしてるし……」
いや、でもこれだけ相手にされなくても折れず、しかも同じ土俵に立つためなのか退魔師になろうとしている。ただの迷惑男かと思っていたが、なかなか度胸がある上に行動力もあった。心の中で少し評価を上げるのだった。
「花山院沙織様と久遠朔様ですね。最初は霊力測定になります。合格ラインであればその後筆記試験、採点で合格点であれば、実技試験という流れとなっております。なにか質問はありますか?」
「えっと、従魔がいるのですがどうすればいいですか?」
「もう従魔がいらっしゃるのですね。それでしたら霊力測定後に顕現していただき、別室にて待機となります。種族はわかりますか?」
そういえばちゃんと種族は確認していなかった。狐系であることは間違いないのだが、それ以上はあまり意識してこなかったのだ。というより、狐系は妖怪や神使にしても種類が多すぎるので、聞いてもわからないだろう。
「うーん、なんでしょう……」
「確かに真白さんの種族はわからないわね」
「まあ、妖怪等の種族はわかっていない部分が多いですからね。一応確認させていただいて良いですか?」
「はい。真白、出てきてもらっていい?」
『了解じゃ』
その言葉とともに真白が出てくる。係員は驚いたようで目を点にしている。なかなか反応しないあたり、混乱しているのだろう。
「やっぱり外の方が落ち着くのじゃ」
「あの、すみません」
「あっ、申し訳ありません。取り乱しました。非常に強力なのはわかりますが、確かに種類はわかりませんね……ありがとうございます」
「折角出たのに朔から離れるのは嫌じゃが……ここは大丈夫そうじゃの」
建物の北東の方を懐かしいものでも見るような目つきで見つめている。なにかあったのだろうか。過去ここで過ごしたという話も聞いていないので疑問に感じた。
「少し出歩いても良いかの?」
「俺は良いけど……」
ちらりと係員へと目を向ける。本来、免許取得後しか出してはいけないのだ。
「えっと……はい。敷地内であれば問題ありません。筆記試験ではカンニング対策で別室にいて欲しいのですが……」
「わかったのじゃ。朔、少ししたら戻るぞ」
そう言って真白はふらりと消えた。安全だと言っていたので大丈夫だろう。それに自分も強くなっているので何かが起こったとしても大丈夫なはずだ。
「なにがあるのかしら?」
「さあ。知り合いでもいるのかな?」
「では試験場へとご案内します」
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