第5話 話し合い
「朔、直接会うのは初めてだな。楽しみにしておったぞ」
「こちらこそお会いできて光栄です。皆様お元気そうでなによりです。そしていつも贈り物をありがとうございます」
目の前には何度かビデオ通話で話したことがある開成と、沙織の両親である成雅と沙英がニコニコとして立っていた。
「最近は沙織がずっとソワソワしていてね、よほど朔くんと会えるのを楽しみにしていたようだよ」
「ちょっと父さん!」
「だって本当のことじゃない?」
「母さんも!戦えるのが楽しみだっただけなんだから!」
少し顔を赤くして反論する。
「さっきは沙織に模擬戦で沙織に勝ったみたいじゃないか。朔くんも強くなったものだ」
「一門の同年代の中だと良い勝負する人も少ないものね。さて、朔くんもみんなで座りましょう」
案内された椅子に座るとお土産を渡し、しばらく雑談に耽っていた。成雅は医者をやりながら退魔師はかなり大変なようで、やっと休みが取れたとぼやいていた。
「そうだ、朔の新居についてだがな、退魔師試験まではここで過ごすと良い。その後の引越しについては成雅、説明を頼めるか?」
「はい、父上」
そうして説明を受けた。簡単に言うと、退魔師は試験合格後に既存の事務所に入るか、事務所を立ち上げるかの二択が多い。警察や自衛隊といった例外はあるが、高校生なら事務所に所属するか、立ち上げる選択肢しかないようだ。
「どちらにする?」
どちらもメリット、デメリットがある。既存の事務所に入る場合、仕事には困らないが融通が効かないこともある。立ち上げる場合、自由にやれる分仕事がなかなか来ないことが多い。
「真白の扱いってどうなりますか?」
「多分普通の事務所だと力をあてにされると思う。側から見れば朔くんって従魔使いって分類になるからね」
「やはりそうなりますか……」
側から見れば従魔がメイン戦力と見られるのは仕方がないが、効率が悪いとしてもできるだけ頼るのは最低限にしたいのだ。自分のわがままで戦力を放置するというのも迷惑をかけてしまう。かといって、真白は『朔を守る』ことがメインなので良いように力を振るうのは違う。
「事務所立ち上げって確か、最低二人必要ですよね?人脈なんて皆無なんですが……」
言ってて悲しくなってくるが事実だ。友人は蓮や陽毬がいるが、二人とも退魔師免許は取らないらしい。
「ああ、立ち上げるなら私が入るわよ。朔と真白と訓練し放題の環境なんて最高じゃない!」
「うええ……」
「なによ、その声!」
訓練は必要だが、『し放題』と言われると流石に怖い。でも、事務所立ち上げを手伝ってくれるのはありがたい。
「では、事務所立ち上げにします。沙織姉さんもよろしくね」
「任せなさい!」
「事情的にそうなるよね。うちは政府と直接取引してて形態が違うし、手伝えなくて申し訳ない」
「いえいえ!沙織さんに手伝っていただけるだけでもありがたいです」
「それで事務所なんだけどね、高校近くに花山院家所有の建物があるんだ。そこの一階を事務所にして、二階に二世帯分の住居があるから片方に住むのはどう?」
「なにからなにまでありがとうございます。真白も大丈夫なんですよね?」
花山院家が所有しているなら、家の中で自由に過ごしても文句は出ないはずだ。あとはキッチンなどだが、最低限あれば問題ない。
「うん、設備はちゃんとしてるし地下には訓練設備もあるから使いやすいと思う。広さも充分なはずだ」
「台所がちゃんとしてるなら問題ないのう」
「もう片方の住居には私が住めば良いの?」
「うん、沙織さえ良ければ。お手伝いは朝倉さんをそのままつけるから、問題なく過ごせるはずだ」
流石お嬢様だ。あまり実感はなかったがお手伝いさんがいるらしい。頷いているので問題ないようだ。自分は一人暮らしはしたことがないが、料理や洗濯といった家事は手伝っていたので最低限は大丈夫だろう。
「それに、事務所も最初の方の仕事はちょくちょく回すよ。手伝ってほしい仕事は山ほどあるから……」
そう言って少し遠い目をする。よほどやることがたくさんあるのだろう。玄弥も疲れている様子だったのは、恐らく仕事が多すぎるということもあるはずだ。二人の仕事を減らせて仕事ももらえるのならありがたい。
「難儀じゃのう……じゃが勝手に仕事を回して問題ないのか?」
「真白さん、僕たちからの依頼とか紹介ってことにすれば大丈夫。実力は十分にあるからね」
「問題ないなら良いのじゃ。朔からなにかあるか?」
「えーっと、家賃はどうすれば……?」
一番のネックはそこだ。両親からの遺産もあったが、高校の学費や退魔師の必需品を買えばかなり無くなってしまう。親戚は朔を引き取ろうとしなかった癖に、遺産だけはかなり持って行ったのだ。縁切りはしたのでもう関わりたくない。
「うーん、悩んだんだけどね。別荘に住んでいたとき、かなり妖怪を倒しただろう?あの辺りはかなり妖怪の被害が少なくてね。報酬を直接渡す、というのは法律やらで厳しいから家賃と相殺ってどうかな?」
「えっ!良いんですか?」
至れり尽くせりとはこのことだろう。真白が勝手にやったことなのでそれで良いのか疑問だが、成雅が良いと言うなら報酬を受け取りたい。
「当然だ、退魔師を派遣するにもお金がかなりかかるんだよ。それを解決してくれた朔くんには感謝している」
成雅は開成に目を向けると、開成も頷いていた。
「こんなところかな。じゃあ、試験まではゆっくりとすると良い。引っ越すときはうちで送るから安心して」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
そう言って長い話は終わった。外に出て長い廊下を歩いていくと日は傾いており、真っ赤に染まる庭が目に入った。少し遠くからは訓練している人たちの声が聞こえ、朝とは全く違う場所に来たことに少しの寂しさを覚えた。ただ、その分この先への期待が膨らんでいる。
「九尾のやつの尻尾を捉えたいなあ……」
「九本もあるんじゃぞ?一本くらいならいくら騙すのが上手くても見つかるじゃろ」
確かにそうだと、真白と二人で笑いあった。すると、後ろから声が聞こえてくる。
「あっ、いたいた。二人が使う部屋に案内するわね。そのスーツケースとか置いてきなさい」
「沙織、ありがとう。夕飯はいつ頃なの?」
「十八時半くらいからよ」
時計を見ると、あと一時間ほどだった。しばらく時間があるので、どうしようかと思案する。
「朔、我は食前に昼のカレーを食べたいんじゃが……」
「そういえば食べられなかったね。部屋に着いたらキッチンに行こう。夕飯もちゃんと食べるんだよ」
「当然じゃ」
どこか呆れた顔の沙織に部屋を案内してもらい、そのままキッチンへと向かった。話をすると白飯は余分にあるようなので、目が回るように忙しく動き回るキッチンの端を使って真白にカレーを出した。
「じゃあ俺たちは外に出てるから、真白はゆっくり食べてね」
「了解じゃ、あまり遠くに行くでないぞ」
真白にカレーを出し、沙織と共にそのまま外に出た。軽く家の中を案内してもらうと、まだ食事には早かったため庭が見える縁側に腰をかけた。先ほどより暗くなってきた空は、心細くなるような不気味な色をしている。
「沙織姉さん、事務所の件は助かったよ」
「別に気にしないでいいわよ。私だってその方が楽しめる気がするもの」
こちらに顔を向けた。いつもの戦闘時のような好戦的な笑みではなく、優しげな笑みを浮かべている。
「ま、訓練にもたくさん付き合ってもらうわよ!さて、そろそろ食事の時間ね」
うへえ、と声をあげて沙織の後を着いていく。試験さえ終われば新しい生活はすぐそこだ。九尾を追い詰めたいのは変わらないが、退魔師になるのをどこか楽しみにしている自分に気付いた。
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お読みいただきありがとうございます。次話は明日の十九時投稿予定です。
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