第4話 事後処理

 木製の廊下を真白、玄弥、沙織と共に歩いていく。これから会う当主はビデオ通話で何度か話したことがある。優しそうなおじいさんで、誕生日にはプレゼントを贈ってくれていた。


「そういえば最後のなんだったの?」


「ああ、あれね。土の槍出したとき霊符で崩したの覚えてる?」


「うん、大分発動できるようになってたよね。って、もしかして……」


 思い当たったようだ。口元をつい上げてしまう。ずっと苦手だった霊符も、発動くらいならちゃんとできるようになっているのだ。


「そう、あれは後で発動させるための霊符だよ。最後の技の前に土の気を発生させて水の気を弱めたんだ。木の霊術が思ったより弱かったでしょ?」


「朔坊の工夫の勝ちだな。沙織は観察が足りねえぞ。ちゃんと観察しろ」


「むー!今回こそ勝てると思ったのに!」


「朔も成長しておるのじゃ。まだ速度も上げられるからの」


 その言葉に玄弥と沙織は驚いた顔をする。二年前よりも速いが、全速力ではない程度に調整した。見学者もいたので、手札はあまりは見せたくなかったのだ。


「刀術の奥義は使っていなかったが、まだ速度上がるのか……」


「私もあれが全力じゃないにしても籠手じゃ逸らせないかも……やっぱり結界かしら……」


 刀術の奥義は全部で七種類ある。当然だが免許を持っていないため、今はあまり使う機会がない。練習はしているが対人で使うものでもないため、お披露目することがなかなかなかった。


「今日の模擬戦より速い妖怪はいるでしょ?多分籠手だけだと怪我しちゃうと思う」


 そもそも遠距離戦の方が得意なのに、近距離特化と言ってもいい戦い方をする人の攻撃を籠手で受けようとするのはどうかしていると思う。式神や地面に埋めて使うような霊符が無かった分本気は出せていないだろうが、あの戦い方は良くない。


「そうだね。結界は咄嗟に使えないから練習しないと……そうだ、父さんと母さんもいるから久しぶりに会えるよ!」


 それは聞いていない。花山院家が経営している病院の院長をしており、退魔師も兼業しているのでかなり忙しいと聞いていた。当主の開成は大学と、その附属高校の理事長をしている。二人が入学するのはその附属高校だ。


「ちょ、そんなの聞いてないんだけど……?」


「大丈夫!楽しみにしてたから!」


 沙織と同じく二年ぶりくらいだが、かなり緊張するのだ。かなり良い人なのは間違いないが、心の準備ができていない。


「よーし、朔坊着いたぞ。俺はちょいと用事あるから外すから沙織、あとは頼んだ」


「あれ、心細い弟子を置き去りにするんですか!」


「はーい!失礼しまーす」


 そう言ってノックをして扉の中に入っていった。




「さて、あれの後処理をしないとなあ」


 廊下を大股で歩いていく。折角朔に会えたのに、愚か者のせいでゆっくりと話せない。二年ぶりなのだ。少しくらいゆっくりとさせてほしい。


「お、すまん」


 この館で働いている使用人とぶつかりそうになってしまった。不機嫌な雰囲気が漏れていたのか、少しびくりとしていた。少し頭が冷静になり、申し訳ない気分になる。


「まあ、破門ってところだな」


 問題をおこしたあいつは、これまでに何度か大きなやらかしをしている。親父からも破門にできるくらいの裁量権は与えられていた。報告書を出せば問題ないだろう。


「おつかれさん」


 あいつを閉じ込めておいた倉庫の前に着くと、見張りが数人立っていた。中に案内されると、ロープで拘束された男が目に入った。とりあえず結論だけ先に告げる。


「宮城琉司、お前を破門とする」


「はあっ!?なんでですか!俺は敷地内に侵入していた不審者を追い払おうとしただけです!」


「はあ……」


 下手くそな言い訳にため息をつくしかない。時間が勿体無いので手早く済ませようと決断する。


「とりあえず二つ言っておこう。一つ目は客人が来て、沙織と模擬戦する可能性が高いことは一週間前には伝えてあった。初めて見る奴が多いから慌てないようにな。それと二つ目。俺が見学してるだけの不審者なんているはずがないだろうが」


 他にもいろいろと突っ込みどころが多いが、それだけで口を噤んでしまう。そこで開き直って言い訳を始めた。


「そもそもあの男はなんだ!急に馴れ馴れしくしやがって!フラれたときに言ってた『自分より強い男』ってあの白いやつのことかよ!」


 また面倒な勘違いをしているが黙っておこう。確かに、沙織は自分より強い男と付き合いたいと告白を断っている。だが、弟扱いしている朔のことが頭から抜けている可能性もあるし、どこか意識しているのか判断がつかない。


「お前がどう思おうが、この決定は覆らない。同門は名乗るなよ。退魔師としての活動は続けようが自由だ」


「故郷を取り戻すにはどうすれば良いんですか!協力してくれるって!」


 二年前に《大氾濫》があって半年した頃、沖縄の本島が大量の妖怪や悪霊によって占拠された。その生き残りだったのだ。当時十八歳だった彼は、沖縄を取り戻すために頑張りたいと言うので育てていた。しかし、どこかおかしくなってしまったようだ。


「お前が努力をちゃんとしてたらな。一年くらい前から怠けてるだろ」


 最近は伸び悩んでいる、というよりも自分の取り巻きを増やしているような行動だった。過ぎた同情は人を変えるのだろうか。


「なんでも『自分なら赦される』なんて調子乗りすぎだ。可哀想なだけで偉くなったつもりか、小僧」


 軽く威圧を込めて睨む。本気で努力して強くなるようなら協力したのは本音だ。推定の難度が高いため後回しにされているが、彼が先頭に立てるようになれば人を集めるくらいはしただろう。


「親父になに吹き込まれたか知らんがな。沙織を手に入れて勢力拡大しようなんぞ、あの狸に誘導されたか?」


「いや、俺は本気で……!」


 こいつの父親は『沖縄を取り戻す会』の会長をしている。最初は好感の持てる人物だったが、現在は過激な案をよく出しており、自分のことしか考えてないような人間だ。その癖に政治活動は上手いのが面倒だった。


「本気だろうがなんだろうが、そもそも客人相手にトラブルを起こすのが論外だ。地道に努力していれば良かったのにな」


 朔だって故郷を失っているのだ。それに、大切な人や故郷を失ったことで退魔師を目指す人は多い。ただ、沖縄という故郷はスケールが大きい分同情する人が多いだけだ。その中で親子共になにかが狂ったのだろう。


「さて、お話ももう終わりだ。私物をまとめたら出ていけよ」


「も、申し訳ありませんでした!心を入れ替えて頑張るので破門だけはなんとか……!」


 後ろで喚く人物を無視して倉庫を立ち去る。見張っていた人物にちゃんと出ていくのを見届けるように言いつけ、池の近くに腰をかける。タバコに火をつけ肺に煙を入れる。


「ふう……」


「あら、サボりですか?」


「ちげーよ、香奈。これから書類仕事だから息抜きだ。お前こそ大学サボりか?」


「なんだ、つまらないですね。大学は分析結果出るまで暇なので行かなくていいんですよ」


 鹿島誠一の娘の鹿島香奈だ。タバコの煙を吸わせないように、と付けたばかりの火を消す。

 誠一も退魔師で、その子供の香奈の霊力は高くとも性格が向いていなかった。現在は大学院で霊力について研究しており、特定の個人を霊力の波長で探すことができないか模索しているようだ。


「そういえば今日お客さん来てるんじゃ?ここにいて良いんですか?」


「まあ、朔坊だからな。今は親父と兄貴たちでお話中のはずだ」


「あら、朔さんですか。一度ご挨拶したいですね。なんでそんなときに書類仕事を?」


「宮城って覚えてるか?あいつがやらかして破門にしたんだ。各所に通達やら必要なんだよ」


「あいつか……」


 そういって顔を歪める。誠一とその妻、明日香は、沖縄に際に住民を避難させるために沖縄まで出向いたのだ。その際に奥地まで救援に行き、そのまま行方不明になってしまった。助けた人物の一人の宮城がトラブルばかり起こしていると知ったとき、めちゃくちゃ怒っていたのを思い出す。


「で、実験結果は良さそうなのか?」


「うーん、微妙ですね。明らかに遠くから追ってくる妖怪や悪霊がいますし、個人を識別するなにかはあると思うんですが……」


「確かにな。俺も妖怪退治するついでに、できる限りデータは提供しよう」


「ありがとうございます。実験の案が浮かびやすくなるので助かります」


「さて、俺はそろそろ行くよ。無理しないようにな」


「玄弥さんも無理しないでください。疲れているように見えますよ。今度料理しに行きますね」


「おかんか。まあ、楽しみにしとくわ」


 軽く手を振って歩き出す。少しは心が軽くなった。




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お読みいただきありがとうございます。次話は明日の十九時投稿予定です。

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