第3話 模擬戦
無事に本邸に着いたようだ。途中で何軒か家があり、玄弥はその内の一軒に住んでいるらしい。周りは林に囲まれており、立派な塀があるため中は見えないようになっている。中に入るための門も警備している人がいて、なかなか厳重だ。
「おう、帰ったぞ。開けてくれ」
「おかえりなさい。お待ちしてました。ご当主が『着いたら顔を見せるように』とのことでした」
「わかった。ここら辺はうちの土地だから真白さんはそのままで大丈夫だ」
車を二人で降り、警備員にお辞儀をして中に入っていく。広い庭園と池が端にあり、真ん中に大きな建物と、幾つかの建物がある。なにやら忙しく移動している人や、訓練をしている声も聞こえる。
周りを眺めながら正面の建物へと進んでいく。すると、なにやら嫌な気配を感じた。
「真白、木刀!」
すぐに真白から木刀を受け取り、抜刀する動作で嫌な予感をした方向へと振り抜く。すると、一枚の札を切り裂いていた。その札は切り裂かれることを想定していたようで、そのまま向かってくる。
「チッ……」
身体強化を強め、追ってくる札に《霊力弾》と呼ばれる唯一の遠距離攻撃を打ち込んでようやく止まった。
「やれやれ、始まったようじゃのう」
「朔ぅー!楽しみに待っていたわよ!さて、勝負だ!今度こそ勝つ!!」
その場に現れたのは沙織だった。模擬戦をすると予想していたとはいえ、休む時間もないとは予想を外した。
「沙織姉さん、疲れてるし休ませてよ……!」
「はあ、当主から呼ばれてるんだがなあ……早く終わらせろよ」
その場から離れ、二人で戦闘を始める。少し離れたところに人が集まり始めていた。見学のためだろう。邪魔にはならないが、見られることに慣れていないので緊張する。
少しよそ見をしていると、沙織から霊符が飛んできた。先ほどよりも速度が速い。
「よそ見とは余裕ね!」
「最初から飛ばしすぎでしょ!」
躱しきれないものは木刀で切り裂き、素早く移動していく。処理しきれなかった霊符から炎があがり、肌に熱さを感じる。打って出ないとまずいと、更に飛んでくる霊符を見る。
「さて、いくわよ」
次の霊符は地面に接地すると共に、鋭い土の槍を伸ばした。沙織に近付こうとするが、見事に進路を邪魔するように槍が生えてくる。
「じゃあこちらもいくかね」
懐から霊符を取り出し、槍に投げながら駆け抜けていく。霊符を用いた技は苦手とはいえ、使えないわけではない。一部の霊符は力なく落ちていくが、槍に当たったものは小さな植物を生やして崩れ落ちていく。
チャンスを無駄にしまいと沙織に接近して木刀を振り抜くが、沙織が付けていた籠手に逸らされた。連続で諸手突きを放ち、持ち手の位置を変えてリーチを変えるが少し腕に掠める程度だった。
「今のは危なかったわ」
足元に霊符を使用され、距離を離される。急いで追いかけるが今度は先ほどの土の槍から金属の球が射出された。
「なっ!?」
間一髪で気付き、なんとか避けていく。風切音でなんとか気付けたが、霊力は感じなかった。一部を木刀で防ぎ、ちらりと飛んできた方に目を向けると、崩れた土の槍の内部に霊符の一部のようなものが見えた。二枚を重ねて投げ、時間差で発動するようにしていたのだろうか。
「つっ……!」
頬を一発の球が掠めた。これくらいなら問題がないが、垂れてきたものを舐めると血の味がした。
「ふふ、やっと当てたわよ」
「はあ……銃弾みたいじゃん……」
こちらから切り込んでいこうとしたとき、沙織は上空に霊符を投げた。順番から考えると、恐らく水の霊符だろう。空間中の霊力の属性、五行の《気》を、次の属性の強化に用いている。
次々と産み出される水球を躱していく。木刀で殴ったところで、水は勢いが衰えることがないのが面倒くさい。地面に水が満たされる。
「うーん、そろそろかな……」
沙織には聞こえないような声で呟く。時間が限られているので、恐らく決めにかかってくるだろう。気もかなり水属性で満ちている。
沙織が地面に五枚の霊符を投げる。
「はっ!」
両手で持っていた木刀を片手に持ち替える。懐に手を突っ込み、沙織の術を発動する瞬間を見極める。
あと少しのはずだ。逃げ惑うように見せかけるために霊符から離れる。
「終わりよ」
術を発動するときに右腕に力を入れるのは沙織の癖だ。右腕に力を入れた瞬間を見逃さず、懐に入れた札に霊力を流し込む。
「沙織姉さんが……ね」
「なっ!?」
沙織の霊符は問題なく発動した。しかし、こちらに届くような威力の木属性の霊術は発動しなかった。
戸惑う一瞬の隙に、全身に霊力を多めに流して沙織の元へ駆ける。こちらに気付く頃には首筋に木刀を当てていた。
「はい、俺の勝ち!三連勝だね」
「ぐぬぬ……!最後のあれなに!?絶対勝ったと思ったのに!」
沙織は近づいてきて、胸を叩く。よく見ると目線が下になっている。身長は追い抜いていたようだ。
「って、身長も負けたの!?あんなにちっちゃかったのに……!」
「いつまでもちっちゃいわけないでしょ!」
頭を抱える沙織につい突っ込みを入れる。戦闘狂で、賑やかな姉だ。二年ぶりで、《大氾濫》があっても変わらない姿に嬉しくなる。
「悪人よ、疾く去れ!臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!沙織さんから離れろ!」
感傷に浸っていると、どこからか叫び声のような男の声が聞こえてくる。そちらに目を向けると、一人の歳上らしき男が手刀で九字を切っていた。明らかにこちらを狙っているが、拙い技術なので木刀での迎撃で余裕だろう。
「なにあれ?」
「うーん、あんな人うちにいたっけ?」
沙織もよく知らないらしい。その間に飛んできた相手の霊術を木刀で横一文字に切って霧散させる。少し離れたところにいる玄弥を見ると、呆れた顔でこちらに合図している。
「あれは『適当にやれ』ってことか。ちょっと相手してくるね」
そう言って沙織から離れて男に向かおうとする。その間に男は紙を用いた《擬人式神》を用意していた。
沙織や玄弥、真白、他にも模擬戦を何度もしたことがあるが、身内ばかりだった。沙織と話している途中で遮られた不満はあるが、新しい人と戦うのは楽しみかもしれない。
「沙織姉さんの戦闘狂が移ったかな……?」
霊力を込め、まずは様子見と胴を狙って突きを放つ。そろそろ防御しないと受けてしまうのでは、という頃になっても男は式神の用意をしている。
「ぐがっ!!おえっ……」
「あれ?弱っ……」
「……弱い……だと!?」
そのまま吸い込まれるように男の鳩尾に当たった。地面に転がり、そのまま起き上がれずにいるようだ。怒りを向けてくるが、つい出てしまった言葉だ。襲いかかってきたのだから、それくらいは受け入れてほしい。
「すまん、真白に言われて気付いた。朔坊って俺たちしか相手にしてないからレベルがわからなかったか。そこの奴ら!これを拘束して離れの倉庫に入れておけ!」
「師匠……」
適当にやれ、というからそこそこ強い妖怪を相手するような気持ちで打って出たのだ。あれだとそんなに強くないだろう。
「かかか!痛快じゃったぞ!容赦ないのう!」
いや、あそこまで弱いと思わなかったのだ。人を鬼のように言わないでほしい。周りを見渡すと、見学していた人は目を逸らしていた。
「どうしたああなったんです?」
目を逸らされたことに少しショックを受けながらも、気になることを玄弥に聞いた。顎を撫でながら口を開いた。
「あー、あれは沙織にほの字だったんだ。沙織と仲良くする朔坊に嫉妬したんだな」
「ほの字?」
「えっ、通じないの……?」
玄弥がショックを受けたように愕然としている。どうやら惚れている、という意味のようだ。今では死語だということに相当なショックを受けている。
「そういえばあんなやついたわね。弱いやつに興味ないって言ってるのに……」
結構下らない理由だった。仲良くする異性が許せないって子供だろうか。沙織の方を向く。肩まである黒髪を結い、ぱっちりとした目に綺麗な鼻、薄い唇にきめ細かく白い肌をしている。確かに言われてみれば美人だ。
「なに?どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
戦闘狂と言いたくなるような性格で大分損しているような気がするが、怒られるので口には出さない。
「ふふ、面白いのう」
「はあ……そろそろ当主の元へ行くぞ」
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お読みいただきありがとうございます。次話は明日の十九時投稿予定です。
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